161.ジルヴィアを抱いてみて
からりと晴れた青空を見上げ、昨夜の暗い夜空は何だったのかと苦笑した。星や月が見えない真っ暗な空は、不安を掻き立てる。ところが朝になって晴れれば、気持ちも明るくなった。
「晴れてよかったですね、お嬢様」
「そうね、エリーゼの祈りが届いたかしら? 髪は横に流して頂戴。髪に小花を絡めたいの」
エリーゼが手早く髪を梳いた。さらりと流れる髪に椿油で艶を出し、小さな青紫の花を咲かせる蔦を絡める。髪飾りよりこちらのほうがいいわ。ドレスをシンプルにしたから、こういった遊びが映える。水色のターコイズの首飾りをつけ、耳には何もつけない。
代わりに指輪を選んだ。昼間の集まりを屋外で行う場合、きらきらと光る宝石は倦厭されるの。光を反射して眩しいという現実的な理由と、光る宝石は夜のほうが美しいと考える慣習のせいね。銀をレース細工のように仕立てた幅のある指輪を、左右の指に通した。三つでセットになっている。
鏡の前で確認し、唇は薄いピンクで仕上げた。濃い色を塗ると紅が浮いてしまうのよ。確認して微笑む。鏡の中から銀髪のお人形が微笑み返した。
「完璧だわ。いつもありがとう」
「いいえ、お嬢様を飾るのは私の喜びでございます」
本当にずっとお嬢様と呼ぶ気なのね。これも結婚してローヴァイン公爵夫人になれば、変わるといいけれど。ガブリエラ様も準備が終わる頃ね。ジルヴィアはアンナに任せた。飾り物を増やすと、口に入れたり転んでケガをしたりするから、布で華やかさを出すよう指示したの。
「大変お待たせいたしました。皇女殿下のお支度が整いましてございます」
ジルヴィアの世話をするため、アンナも同席する。私のサポートは侍女エリーゼになるわ。頷いて中庭へ出た。本来は皇族以外の立ち入りを禁止している場所よ。庭師が手入れをする時ですら、騎士の監視がつくほど厳重に管理されてきた。
婚約者とはいえ、マルグリットとコルネリアが入るのは慣例を破る行為なの。婚約者はあくまでも「婚約しただけの他人」と定義できる。まあ、もう結婚まで秒読みなので問題ないと押し切ったわ。頭の固い年寄りが一部騒いだみたいね。エック兄様が言い負かしたはずよ。
中の宮に接する庭は、四方を建物に囲まれている。兄妹が四人でよかったわ。もう一人増えていたら、面が足りなくなるでしょう? 以前にルヴィ兄様とそんな話をしたこと思い出し、口元が緩んでしまう。天幕が張られた庭は、いつもと違う装いだった。
低木ばかりで見晴らしのいい庭の中央に張った天幕は、壁に当たる部分へ薄絹が揺れる。私の肩ほどの幅の絹が連なる壁は、風通しがよいのに音や視線を遮る工夫だった。くぐって中へ入れば、すでにマルグリットが到着している。
挨拶をした私は、ジルヴィアを腕に抱く。マルグリットの隣に腰掛け、ジルヴィアとの時間を作った。赤子と触れ合ったことがないので、と前置きしたマルグリットは指を伸ばす。目が覚めているジルヴィアは、小さな手をぶんぶんと勢いよく振った。
近づいた指を、反射的に掴む。きゅっと力を入れる指や爪の小ささに、マルグリットの表情が変化した。淑女然とした微笑みではなく、柔らかく緩んでいく。掴まれた指をジルヴィアの小さな手ごと、逆の左手で包んだ。
「こんなに力が強いのね。可愛いわ、本当に……天使のよう」
神々は使いとして天使を遣わす。そう表記された聖典の単語を口にしたマルグリットは、初対面のジルヴィアを愛おしそうに見つめた。
「抱いてみる?」
「壊れてしまいそうで、怖いですが」
「大丈夫よ。腕をこうして……」
抱き方を伝えながら、ジルヴィアを渡した。下が芝なので、アンナが膝をついて控える。万が一の準備も万全なのよ。そう伝えて安心させ、マルグリットの腕に収めた。
「……なんて綺麗な子かしら。柔らかくて温かくて、幸せな気持ちになるわ」
マルグリットはいい母親になれそうね。




