152.噂の上に噂を重ねる
皇族たるもの、注目されるのは当たり前だわ。微笑みを浮かべて、堂々と広間の中央へ向かった。孫娘と談笑するライフアイゼン公爵が、優雅に一礼する。会釈で応じて、少し先のテーブルへ向かった。カナッペなど見た目の美しい軽食が並ぶ。
夜会でがっつくのははしたないとされるが、軽く摘まむ程度は構わない。アデリナは料理の山に目をやり「もったいない」と呟いた。残すと思っているのね? 半分は当たりで、半分は外れね。
「アデリナ、気になる食べ物はあるかしら?」
「トリアは何を食べるのだ?」
「これは好きよ」
ブラックペッパーの入ったクリームチーズとサーモンを載せたカナッペを示す。すぐに侍従が皿に載せた。他にも魚卵を使った一口サイズの料理と、蒸し焼きにした牛のローストを選んだ。サラダも載せて、彩りを整えた皿はクラウスが受け取る。
アデリナも同じ内容の皿を用意させ、嬉しそうに手にした。フォルト兄様は欲望に素直だった。
「その肉を山盛り……もっとたくさんだ」
取り分けの小皿では満足できず、隣のやや大きな皿に積ませた。サラダは別添えで、やっぱり大盛りにされる。落とさないよう注意しながら侍従が両手で運ぶ様子から、肉の重量は相当だろう。苦笑して、近くの休憩スペースに腰を下ろした。
「アデリナ、これを食え。うまいぞ」
お人形である私と同じ物を食べたいアデリナだったが、目の前に出された肉に釣られたらしい。ぱくりと口に入れた。濃厚なソースが唇に残り、ぺろりと舐めて目を見開く。
「うまいな」
「だろ? 折角だからたくさん食べろ、ほら」
これって、フォルト兄様流の求婚なのかしらね。餌付けする勢いで、料理を口に運ぶ。その間にも、侍従に指示して鶏肉のソテーやスコーンを運ばせた。すでに軽食の域を越えている。二人の食べる勢いに、ふふっと笑みが漏れた。
「美味しい? アデリナ」
「ん、ああ! すごい美味い」
幸せそうに頷くアデリナは、意外なほどカトラリーの扱いが上手だった。何でも、ガブリエラ様に憧れてから練習したとか。同じ集落に詳しい者がおらず、馬に乗って隣の隣の集落まで習いに行った。得意げに話す彼女を褒めておいた。憧れだけで、そこまで情熱を傾けるのは素直に称賛に値する。
ご機嫌で食べ続ける二人だったが、アデリナが呟いた。
「この料理も冷めたら捨てるのか?」
「いいえ。温め直して使用人が頂くわ。それでも余るので、孤児院などへ寄付するの」
他国は知らないが、リヒター帝国では法で定められている。夜会を催した際に料理を提供するならば、必ず使い切ること。残った料理は使用人や領民で分け合うこと。領地ならば領民を呼んで持ち帰らせるが、首都ではそうもいかない。
領民という括りを取り払って、孤児院や教会の施設に寄付するのが習わしだった。恵まれない生活を送る人々は、早朝、教会へ施しを求めにくる。その際に渡すのだと説明したところ、アデリナの表情が明るくなった。慈愛や気遣いの感覚は、あとから身に付かない。
「そうか、我が国から輸出された肉が粗末にされるのかと心配になった」
「そんなことをしたら、神々に嫌われてしまうわ」
イエンチュ王国は部族が自由に生きているように見えるが、信仰する神々は同じだ。放牧や酪農を庇護する神も存在していた。風と狩猟を愛する神の名を口にして、アデリナが小さく祈りを捧げる。
白ワインを傾けながら、クラウスとカナッペを口にした。周囲の声は大きく、紳士淑女の集まりとは思えない雑言も飛び交う。口元に微笑みを湛えたまま、クラウスはそのたびに視線を向けた。相手を特定しているようね。
皇族を軽んじる帝国貴族の洗い出しも順調だし、ここで一つ……婚約式へ向けて噂を立てて上げましょう。白ワインのグラスをテーブルへ置き、手招きした。
「クラウス」
「はい、トリア様……っ!」
愛称で答えた彼の首に腕を回し、唇を重ねる。かちゃんと甲高い音がした。視線を向けることなく、私は角度を変えて貪る。固まったクラウスも、途中から背に腕を回してきた。時間をかけて離れ、濡れた唇を舐める舌は、見せつけるように動く。
「悪い方ですね。見せつけるおつもりですか?」
「そうよ、あなたは私のものだから」
これで、今日の夜会の噂も話題も……私達二人が独占ね。




