150.民族衣装の乱入者あり
夜会に参加した貴族の一部は、今回の騒動を正確に把握するでしょう。大半の貴族は様々な憶測を、面白おかしく広めるはず。その噂自体が罪になると理解せずに。罰せられる者が出てから後悔しても遅い。教えてあげるほど親切になれないわ。
「……エック兄様、いい加減に顔を上げてください」
キスの邪魔をしたと項垂れるエック兄様へ、二度目の声をかける。さすがにこれ以上落ち込んでいると、私が怒るわよ。声に滲ませた苛立ちは、エック兄様にも伝わったみたい。隣のコルネリアは祈るように両手を組んで、交互に私とクラウスを見ていた。彼女はご機嫌ね。
「せっかく騒動を起こしたのですもの。きちんと対応してくださることが最大のお礼になりますわ」
「もちろんです。コルネリアやトリアの献身を無駄にする気はありませんよ」
ようやく調子が出てきたようね。宰相の顔に戻ったエック兄様は、隣のコルネリアの髪を撫でた。仲が良くて幸いね。政略結婚だったけれど、恋愛関係になった事例よ。ルヴィ兄様も同じように、マルグリットに本気の恋をしてくれるかしら?
「先ほど連絡があり……」
エック兄様が報告しかけた。その声を遮るように、夜会の大広間が騒がしくなる。人のどよめきが広がり、気になって立ち上がった。
「トリアはここか?」
「……フォルト、兄様?」
ノックもなしに扉を開け、私を呼び捨てにする。他に思いつかないし、顔は間違いなく末兄だった。でも、その装いは……?
青と緑を混ぜた色の服は、上から下まですとんと布が真っすぐだ。腰の下あたりで黒い帯を巻いていた。長く細い布の中央に穴を開けて被り、腰を縛っただけに見える。袖はなく、代わりに下に着用した軍服が覗いていた。
騎士服に被った形かしら? 隣に立つアデリナも着飾っていた。獣の毛皮で作った帽子を被り、肩を覆う短い上着のような毛皮を着用している。髪も三つ編みだった。驚いて見つめる私に、アデリナは照れた様子で笑う。
「アデリナ、着飾ったのね。とても似合うわ」
エック兄様は咄嗟にコルネリアを後ろに庇い、クラウスは半歩前に立っている。どちらも婚約者を守ろうとする姿勢が素晴らしいわ。フォルト兄様はこてりと首を傾げた。
「何かあったのか?」
私達の様子から、騒動の気配を感じたらしい。こういう野生の勘が馬鹿にならないのよ。互いに今までの状況がわからないため、双方が首を傾げる形になった。ちなみに、アデリナの毛皮はタラバンテの民族衣装らしい。フォルト兄様も同様ね。
「フォルト兄様、アデリナ。こちらに腰掛けて」
空いているソファーを勧め、改めて全員が着座した。まず、こちら側の騒動を説明する。憤慨して「叩き切る」と怒鳴るフォルト兄様の姿に、苦笑いが浮かんだ。アデリナは絶句したあと「馬鹿なのか?」と呟く。
強者に立ち向かう弱者は称賛されるが、一般的に弱者とされる女性を襲う男性が理解できないようね。これは稀に出てくる害虫と教え、アデリナは素直に頷いた。害虫なら駆除するべきだと力説していたので、同意する。
ここで、先ほどエック兄様が口に出しかけた「先ほど入った報告」が判明する。フォルト兄様が国境を通過してこちらに向かっている情報だったの。話す前に、フォルト兄様が到着したのね。納得しながら、今度はフォルト兄様の状況を聞いた。
アデリナの実家に顔を出し、イエンチュ王国に逃げ込んだ「死体泥棒」を発見したこと。後から副官のハイノ達が犯人を連れてくること。埋葬された死体も回収の手配をしたこと。
得意げに胸を張るフォルト兄様を褒め、アデリナを労った。一気に話が進みすぎて、怖いくらいね。アデリナが語る実家での日常は楽しそうで、興味がそそられる。と思いきや、ハイノ達が腹痛を起こした話で現実を知った。イエンチュ王国は私には危険すぎる。
「いつか一緒に行こう!」
「考えておくわ」
社交辞令の通じなそうなアデリナに、微妙な濁し方をした。熟考してから断る決断、一択ね。




