表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】妻ではなく他人ですわ  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

149/206

148.私もクラウスも役者は無理ね

 クラウスと離れ、騎士を一人連れて大広間へ戻った。こういった夜会に使われる広間は、一階に作られることが多い。貴族の屋敷は他人が入れる一階と、家族が過ごす二階、使用人などが使う屋根裏に分かれる。ただし、厨房や洗濯場など水場は半地下が主流だった。


 貴族の屋敷は大きく荘厳に見せるため、半地下を作って高さを出すのだ。その考え方のお陰で屋根裏も広かった。玄関で七段の階段を登り、屋敷に入る。当然、部屋のテラスは庭より高く作られた。客間や夜会の広間から見る庭は、やや見下ろす形になる。


 大広間で数人の貴族から挨拶を受け、ワイングラスを手に取った。口をつけて、手に持ったまま歩き出す。グラスの中で白ワインがゆらゆらと光を弾いた。テラスへ向かい、護衛の騎士に入り口で待つよう伝える。ちらりと振り返れば、クラウスは別の貴族に(つか)まっていた。


 話し込む婚約者に苦笑いを浮かべ、私はテラスへ出る。


「ここでいいわ」


 護衛の騎士に、入り口で待つよう伝えた。


 周辺のテラスには、恋人同士や夫婦で休憩する人々がいる。窓に付随する形で円形に張り出したテラスの間には、視線を遮る低木が植えられていた。人を隠す高さではないが、手すりの内側を飾るベンチに座れば見えない。


 この低木は美しい椿の花が咲く。宮殿でも同じ椿が植えられているから、気持ちが安らいだ。やや肌寒いが、上着を羽織るほどでもない。手にしたグラスを傾けた。一口、二口……半分以下に減ったところで、装飾が施された手すりへ置いた。


 お酒が入ると心地よい寒さだ。ベンチの冷たさも火照りを冷ましてくれる。


「っ!」


 斜め後ろから伸びた腕に、口を塞がれた。薬品の臭いがする布に、息を止める。一、二、三、ゆっくりと十まで数えて、手が離された。まだ息が続くけれど……貴族令嬢ならこの程度で効果があるのかしら? か弱いご令嬢と縁がないから、平均値がわからないわ。


 動かずに手すりに凭れる私は、ベンチで眠ってしまったように見えるだろう。久しぶりだから記憶が曖昧なのだけれど、先ほどの薬品は眠り薬の系統だったはず。間違っていたら……仕方ないから叩きのめして捕まえるしかないわね。


 目を閉じて待つ私を、誰かが抱き上げた。その瞬間、私は目を開く。驚いた顔をする若い男は見覚えがあった。帝国貴族に加わってまだ三世代ほどの伯爵令息だ。にっこり笑って、大きく息を吸った。


「きゃあぁああああ!」


 鍛えた肺の成果を遺憾なく発揮する。正面から叫ばれた男がおろおろし、逃げようと手すりに手を掛けた。乗り越えようとした男を突き飛ばす。顔から転がり落ちた男が悲鳴を上げた。


 彼が入ってきたのは、椿のある側面から。逃げようとしたのはテラスの中央部分、その下は景観と防犯の意味で薔薇が植えられていた。何度も訪れたライフアイゼン公爵邸だからこそ、細かな部分まで記憶している。


 転がり落ちた先で薔薇に顔を突っ込んだのだろう。大輪の花をつける薔薇は、防犯に最適な鋭く大きな(とげ)を誇る。硬い棘は容赦なく皮膚を引き裂くはず。


「っ! 皇妹殿下?!」


 飛び込んだのは一番近くの護衛だった。事前に作戦を話してある。彼も共犯者だけれど……。


「曲者よ、抜剣を許可します」


 守るためとはいえ、主の許可がなければ刃を見せるわけにいかない。許可を得た騎士は一礼して、ひらりと手すりを乗り越えた。


「トリア様、ご無事ですか」


「クラウス、怖かったわ」


 二人とも役者にはなれないわね。セリフが棒読みだもの。それでも指摘する愚か者はいないでしょう。察しのいい者は口を噤むし、愚か者は噂に興じて自滅するだけ。


「僅かとはいえ、お側を離れるのではなかった。震えておられますね」


 さっと上着を脱いで、私の肩にかける。震えながら両手を胸の前に組んで抱き着いた私は、怯えているように見えるわ。実際は、あまりに棒読みなクラウスに笑って震えているのだけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ