145.義姉上には敵わない ***SIDEウルリヒ
いつものことだが、義姉上の行動は突拍子もない。祈祷の時間に俺が動けないのを知りながら訪ねてきて、兄上を蹴飛ばしたのだ。ベッドから転げ落ちた兄上は咄嗟に手をつき、立ち上がって逃げようとした。嘘をついた負い目だろう。
演技は任せろと請け合ったのは、誰だった? 呆れ半分、諦め半分。そもそも義姉上を騙そうと思ったのが間違いだった。味方に引き込んでおくべき人だ。奥の宮にいたら相談していたんだが……過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
「義姉上、神殿内は俺の領域だ」
「承知している。だが、大神官ともあろう者が嘘はいかんぞ。それも皇族への嘘は許されぬ」
「兄上もまだ皇族だが?」
器用に片方の眉尻をあげて、何を言い出したのかと叱責する構えの義姉上に、両手を挙げて降参を表明した。
「申し訳ない」
「素直でよろしい」
簡単に事情を説明していく。トリアを狙う羽虫を処理するためだったこと、エッケハルトには連絡済みであること。両方を聞いて、義姉上は溜め息をついた。
「そなたに悪意がないことも、我が子らを思っての行動であることも理解している。それでも、家族内での嘘は禁止だ。よいな?」
「……はい」
逆らえるはずがない。この人がいなければ、どこぞの貴族に抱き込まれて兄と対峙する羽目に陥っていただろう。過去の恩は、今も胸にある。
「別件だが、フォルトの嫁が見つかった」
「あの、フォルトに?」
「ふむ。連絡が途切れているようだな。トリアを狙う羽虫より先に、配下の立て直しを優先しろ」
痛い言葉だ。このところ、手が足りないと感じていた。優秀な者から他国や貴族の監視に向かわせた。手元に残っているのは、使いにくい者ばかり。察しが悪いうえ、些細なミスが多かった。配置を白紙にして、もう一度組み直す必要がある。
自覚していたが目を逸らした部分を指摘され、俺は苦笑いを浮かべた。理屈ではなく、まるで本能のように弱点を見つける。義姉上のこれは、一種の才能だろう。
フォルトの嫁と称される女性に関する話を聞き、代わりに不正を発見した貴族の情報を渡す。互いに満足のいく取り引きを終え、義姉上は思わぬ提案をしてきた。
同盟関係の国や下した国を除けば、厄介な立場にある国は二つだけ。アルホフ王国は敵対しないが、味方でもない。扱いが難しいため、神殿側から手を回したほうがいい。王家を倒したクレーベ公爵が支配するデーンズ王国は放置するように、と。
「デーンズ王国のほうが危険では?」
「エックが、何やら仕掛けをしたらしい。発動する時期はわからんが、その後に神殿の介入が望ましいようだ。詳しくはエックに聞け」
トリアも知っていると思うぞ。そう付け加えられ、考え込んだ。エッケハルトの賢さに善悪の基準はない。自分達にとって好ましい結果をもたらすか否か、そこを重要視してきた。トリアも似たところがあるが、彼女のほうが選ぶ策は苛烈だ。
「トリアが動く準備をしている。それと……マインラートの件もバレていると思ったほうがいいぞ」
「叱られる前に顔を出すとしよう」
怒らせると怖いのは、トリアも義姉上も同じだ。皇族の女性は基本的に強い。弱ければ排除されるからだ。事実、子を産む役目を果たした側妃達は、安全な離宮へ逃げることを選んだ。政に関与せず、権力も行使しない。代わりに義務から解放される。
己の強さを自覚するからこそ、トリアは無茶をする。嫌な予感がした。あの子は自分を犠牲にすることを厭わない性格だ。また無理をするかもしれないな。疲れが出たのか、熱を出して寝込んだばかりだ。体が弱っている状況で、もし襲撃されたら!
組み敷けば女は大人しく従うと考える、愚かな貴族に心当たりがあった。クラウスがいるが、忠告は無駄にならないだろう。今日中に面会を申し込もうと決め、義姉上を神殿から追い出した。準備があるからで、怖かったわけではない。




