142.育ての母の温もり
支配階級の女性は、常に身綺麗でなければならない。疑われる状況に立つことは負けを意味した。女性はどうしても、男性より腕力や持久力の面で劣る。これは個人差もあるけれど、性別の差だから悔しくはなかった。
ただ、それを利用したら丸め込めると考える輩は、一定数存在した。女王であったり、皇女であったり。手籠めにすれば、泣き寝入りして大量の財産や高い地位と一緒に転がり込んでくる。そんな皮算用をするのよ。
ガブリエラ様は外から嫁がれた皇妃だけれど、例外ではない。皇妃と愛人関係になれば、実家や己の立身出世に役立つと考える者がいた。ガブリエラ様は強いわ。もしお父様と結婚していなかったら、イエンチュ王国の女王に就いたでしょう。
イエンチュ王国は強さがすべてだから、過去にも女王の記録が残っている。けれど、ここまでの強さを手に入れる女性は少なかった。一般的に、王侯貴族の夫人や令嬢はか弱いのよ。戦う術を持たないだけでなく、体力もなかった。
代わりに理論武装し、他者の嘘や偽りを見抜いて出し抜く。そういった方向へ特化することが多い。私がそれなりに戦えるのは、ガブリエラ様のお陰だった。いずれ必要になる身を守る術を、あの方は惜しみなく与えたの。
皇族女性である限り、守られて生きてくことを選んでも……いつか危険に晒される、と。騎士が周囲を固めても、兄や夫が必死で守っても、一人きりになった途端に終わる。それが嫌なら戦え! 今思うと、少し乱暴な理屈ね。でも私は応じた。
戦える技術を持てば、心に余裕ができる。追い詰められた状況になろうと、回避したり抜け出る方法を考えたりできるの。男に壁際に押しやられたら、貴族女性は何もできない。重いドレスに手足を拘束されたも同然で、大きく膨らんだドレスが動きを邪魔する。あの姿で走ることも出来ないでしょう。
ベッドの上でガブリエラ様の手に甘え、私は体の力を抜いた。危険が迫っていると、義母が警告するなら戦うわ。私にはそれだけの技と覚悟がある。手を血に染めても、後悔はしないでしょうね。
「ところでな、クラウスを本気で愛しているか?」
「……はい」
突然の質問は、ガブリエラ様らしい。いつも前後の繋がりなく、核心を突く人だから。他に聞いている人もいない私室で、私は素直に頷いた。恥ずかしいけれど、本心だから偽る気はないわ。
「ならば、既成事実を作るのはどうだ?」
「は、い??」
何を言われたのか、頭が理解を拒否する。既成事実? って、つまり……アレよね。
「何を想像したのか知らんが」
わざと言葉を切って、ガブリエラ様はにやりと笑った。やっと薄暗闇に目が慣れてきたわ。私の赤くなった顔はさすがにわからないと思う。でも見えているように振る舞うガブリエラ様は、さすが皇妃として君臨した人だわ。反射的に頬を隠そうとした手を、ゆっくり握りこんだ。
「人前で口づけくらい、構わんのではないか?」
そちら? 先ほどの意味ありげな言い方は、揶揄ったのね?!
「もうっ! 知りません」
ベッドの上掛けを引っ張り、自分から潜り込んだ。中に隠れたことで、ガブリエラ様の手が離れてしまう。少しだけ……寂しいと思った。
「悪かった、そなたを揶揄ったのではないぞ? だが、愛し合っている姿を見せることで……牽制は可能だ」
愛し合う婚約者がいると示せば、手が出しにくい。もし既成事実を作ったとしても、無理やりだったと主張できた。
「それ以前に、私は子を産んでいますもの」
顔を覗かせて可愛くない言い方をすれば、ガブリエラ様の手が優しく額に触れた。覆う形で目元を隠される。
「子を産んでいようと、そなたは未婚の娘だ。そして私の可愛い一人娘でもある」
何か答えようとして、何も言えずに目を閉じた。まつ毛の動きで、ガブリエラ様に伝わると信じて。
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_( _*´ ꒳ `*)_新作公開!!
【わたくしは何も存じません】
やり直し、群像劇、冤罪による処刑から始まる物語……なのに、独立後はほのぼの!
主人公ガブリエルのハッピーエンド確定です。
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