141.面会と危険の兆候
このまま数日休むことになり、溜まる書類の心配をしてしまう。見舞いに来たエック兄様が「兄上にやらせればいいでしょう」と書類を運び出させた。
「ルヴィ兄様も書類があるのに……」
「もともと、トリアが嫁いでからは兄上の仕事でしたよ。引き受けすぎです。マルグリット嬢も心配していました」
「申し訳ないわ」
「それと、僕の婚約者であるコルネリアも。トリアの大ファンですからね」
あれこれ聞かれて大変だったと言いながらも、エック兄様の表情は明るい。コルネリア嬢はエック兄様が無理しそうなのを察して、止めに来たのだと思うわ。とても愛らしい女性で、どうしたら自分が可愛く見えるかよく知っている人よ。私のファンという言葉に嘘はないと思うけれど、本命はエック兄様。
顔を合わせて気持ちを解し、抜け道を教えたかったのでしょうね。ライフアイゼン公爵の孫娘だもの。両親に不幸があり、本家の養女になったけれど。賢いし立ち回りもうまい。大公妃になっても十分やっていける子よ。
「コルネリアによろしく伝えて。お見舞いはいらないけれど、近いうちにお茶会をしようと思っているの」
「ええ、もちろんです。彼女も喜びます」
お人形のような愛らしさを武器にするコルネリアは、裏ではかなりの策略家よ。エック兄様も知っていて、そのギャップに惚れているんだもの。厄介よね。でも皇族の配偶者になる人は、先祖を辿っても変わり者ばかり。そんな変わり者に惚れるのだから、私達もどうかと思うけれど。
そこで、クラウスとのキスを思い出す。無意識に唇に手を当てていたようで、エック兄様の視線で気づき、慌てて手を引っ込めた。
「叔父上から面会の要望がありました」
「大神官様が快癒の祈りをくださるのかしら?」
ふふっと笑う。ガブリエラ様が乗り込んで嘘がバレたので、言い訳にいらっしゃるのね。訪問の許可を出して、エック兄様を見送った。少し疲れたわ。寝込むって体力を使うのね。寝てばかりで楽だと思っていたのに。
エリーゼに勧められるまま、ベッドに横になる。日が暮れた後、ルヴィ兄様が見舞いに来る予定だった。窓の外の日差しを見れば、あと二刻は眠れそう。視線を外へ向けたからか、エリーゼがカーテンを閉めた。日差しを遮る分厚いカーテンが、室内を暗くする。
「お休みください」
「ルヴィ兄様がいらしたら、起こして頂戴」
エリーゼの承諾の返事を聞きながら、目を閉じた。心地よい眠りはすぐに訪れ、ふっと意識が浮上する。すっきりしていた。目を開こうとして、誰かの気配を感じる。衣擦れの音? 何か聞こえた。気になって薄く目を開くも、室内が暗くてよく見えない。
エリーゼがいない状態で、カーテンが引かれたまま。訪問者ではないから、ルヴィ兄様は違う。エック兄様も仕事があるから戻ったはず……。
「すまん、起こしたか」
聞き慣れた声に、強張った体から力が抜ける。
「ガブリエラ様……」
今度はきちんと目を開き、ゆっくりと身を起こした。枕やクッションを背に当てて座れば、ガブリエラ様がベッドの端に腰を下ろす。ぎしっと軋む音が聞こえた。
「マインラートの話は聞いたか?」
「はい、叔父様が言い訳に見えられるようですわ。面会の希望がありました」
「……あまり叱ってやるな。そなたの敵を減らそうと考えたのだ」
口元に笑みを浮かべた。暗い中でも見えているのか、ガブリエラ様の手が髪に触れる。眠るため解いていた髪を乱しながら、ゆっくりと頭を撫でられた。久しぶりだわ。実母はこうして撫でてくれた記憶がないから、私の母親の記憶は、すべてガブリエラ様だ。
「クラウスを呼び寄せ、常に隣に置け。それ以外の時も、信頼できる者を必ず控えさせよ。狙われているのは、理解できるであろう?」
「……未婚の皇族女性だから、ですわね?」
「ああ、そなたを幸運への近道と考える阿呆どもがいる」
排除するまで待て? それくらいなら罠にかけて、この手で処分しますわ。




