120.最強の武人との闘いを希う ***SIDEアデリナ
「イエンチュ、第三の部族タラバンテのアデリナと申す」
通された部屋で待つこと少し、すぐにガブリエラ様が現れた。第二の部族オルティスの長の姉君で、イエンチュ王国最強の女性と名高い人だ。すらりとした手足は長く、鍛えた体幹は揺るがない。歩く所作の一つにさえ、強さが感じ取れた。隙がない。
丁寧に挨拶をして、にやりと笑った。女性らしくない野蛮な所作と言われるが、これがあたしだ。どんなに飾ったって、所詮は蛮族タラバンテの血を受け継ぐ女なのだから。卑下する必要も意味もなかった。蛮族だからこそ強さにひれ伏す。
「ふむ、遠路ご苦労であった。イエンチュ第二の部族オルティス、族長の姉ガブリエラじゃ。リヒター帝国の皇妃も退いたばかり……さて、何用でここまで参られた?」
「夫を求め、この地に参った。圧倒的な力と繊細な技を持つ強い男だ。この地にいると聞いた」
言い切りで話すのは、互いの誤解を減らすためだ。多くの部族が集まったイエンチュ王国では、誤解や勘違いから争いが絶えない。短く話して、意図を汲み取れるようにするのは護身術の一つだった。まあ、勘違いが生じれば、戦って解決すればよい。強さこそすべてだ。
「……おっと?」
不思議そうな聞き返しが行われ、互いに目を見て動きが止まる。先に動いたのはガブリエラ様だった。男でも女でも強い者は、それだけで尊敬の対象となる。彼女はすべての部族を支配下に置いた、最強の女傑なのだ。敬意をもって接するのは、若年者として当然だろう。
「もしや、義息子のフォルトか? あやつならば、戦いに出向いた。そなたが向かうなら……いや、呼びつけたほうが早いか」
ガブリエラ様は「アデリナ」と名を呼ばない。まだ私を認めていないという意味だった。ならば、フォルトという夫候補と戦う前に、認められておきたい。
「なにとぞ、お手合わせをお願いできませぬか」
部族の長老に習った作法に従い、利き足を一歩引いて右手のひらで心臓を庇う。この姿勢は上位者に敬意を示しながらも、挑戦する権利を願うと教わった。王位継承を争う権利を持つ者は、長老や親から作法を学ぶのだ。
「ほぅ。古き作法をよく学んでおる。よかろう、戦えば互いによく理解する。フォルトを呼ぶのは、満足してからでも遅くはあるまい」
自分でも顔が緩むのが分かった。表情に出しすぎだと父によく叱られたが、あの女傑があたしに戦う権利をくれた。いま喜ばずして、いつ喜ぶというのか!
「感謝申し上げる!」
「ふふっ、久しぶりに本気が出せそうだ」
にやりと笑うガブリエラ様は、恐ろしくも美しく。背筋がぞくぞくした。歴代最強の女王になるはずだった方が、あたしに本気を出す? なんたる栄誉! この戦いで命果てても後悔しない。全力を出し切ろうと決めた。
ガブリエラ様に案内されたのは、砦の奥にある訓練場だった。見物人が多いが、これはどこでも同じだ。イエンチュ王国内でも、強者の手合わせや決闘があれば人が集まる。
「得意な得物で構わん」
ガブリエラ様は強者ゆえの余裕で、あたしに三叉槍の使用を許した。攻撃距離が遠く、また戦いづらい武器だ。近づけなければ勝てるし、目の前に飛び出されたら蹴りも自信がある。あたしは勝利を確信して槍を握った。やや短めに握るのは、いつもの癖だ。
「そなた、その握りは……ベンハミンの指導を受けたか?」
師匠の名を言い当てられ、どきりとする。ベンハミンは槍の名手だが、三叉槍は使わない。バレないと思った己の油断を引き締めた。
「師匠です。では、参る!」
「いつでも構わぬ」
湾曲した刃を持つ二本の剣を手に、ガブリエラ様が構える。右手を下に、左手を上に。まるで円を描くような構えだった。中央ががら空きに見えるが、どこから攻撃されても受け流せる自信の表れだろう。双刀はイエンチュでも使い手が少なく、滅多に戦えない相手だった。
最高の戦いをお見せしよう。せめて失望されないように! 握った腕の力を緩め、深呼吸する。完全に吐き切ったタイミングで、一気に距離を詰めた。




