114.事情は理解しましたが、罰と説教は別です
万が一起きて泣き出したら聞こえるよう、扉を開けっ放しにした。本当はお父様の体面を考えるなら、扉を閉めるべきなの。先代皇帝が叱られる場面なんて、使用人に見せるものじゃないわ。でもお父様の面子より、被害者のジルヴィアが優先よ。
お父様はしょんぼりと肩を落として俯き、威厳の欠片も感じられなかった。叔父様も一通り話して落ち着いたのか、声が穏やかになっている。叔父様の肩を叩いて交代を告げた。正面に腰掛けた私に、お父様が小声で「すまん」と呟く。どうやら最低限の反省は終わっているようね。
「お父様、なぜ砦を出たのですか?」
「……あの砦での、わしの役割が終わったからだ」
フォルト兄様が国境の砦を出れば、副官として仕切っていたハイノも同行する。以前、砦を取り仕切っていた者達は入れ替わりで首都に戻った。お父様が物資の管理と書類処理を、戦うことに関してはガブリエラ様が担当する。きちんと役割分担されていた。
「ですが、ガブリエラ様は砦に残られた。どうしてです?」
文武両面で考えるなら、二人が一緒に戻る。それと同時に、新しい指揮官を派遣する必要があった。その申請がないのに、どうしてお父様だけが戻ったのか。
「妃が……怖い客が来るから、先に戻れと」
ぼそぼそと口の中で話すから、聞き取りづらいわ。拗ねているのかしら? 唇がやや尖っていた。反省が足りないみたいね。
「お父様、私の顔を見て話してください。あなたのなさったことは、皇太女の誘拐ですわ。付け加えるなら、暗殺未遂や皇位継承権への強制関与、反逆罪まで含みます」
大げさに伝えると、目を見開いて顔を上げる。絶対に違うと断言する声は、先代皇帝らしい響きが戻っていた。
「違うと仰るなら、きちんと話してくださいね」
「わかった」
深い深呼吸をして、お父様は堂々と説明を始める。こうなると頭が回るだけに、言い回しで誤魔化されないよう注意する必要があるわ。微妙なニュアンスで感じ取れる意味が変化するの。煙に巻く、なんて表現がぴったりだった。
「妃の実家から使者が来たのが始まりだ。各部族の男を倒した女性が、彼女に面会を申し入れた。だがガブリエラは別の意味に受け取ったようだ。決闘の申し入れである、と。そのため足手纏いになるわしは、先に帰るよう言われた。嫌がったところ、殴られて馬車に放り込まれたのだ」
先代皇帝を殴って馬車に放り込む先代皇妃……あり得るわね。この夫婦ならおかしくない。同じように思ったのか、クラウス以外は頷いた。ある程度知っていたようで、クラウスは目を逸らす。皇家の裏事情が駄々洩れだったみたい。
「目が覚めた時には、護衛付きの馬車は道のりを半分ほど過ぎていた」
一日かかる距離を半分、かなり強く殴られたのね。
「なぜ先触れがなかったの?」
「先触れは出したぞ」
お父様は「来なかったのか?」と首を傾げた。ここで嘘を言う必要はないし、この顔は本気で驚いている。としたら、使者はどこへ消えたのかしら?
「騎士ですか?」
「いや、馬に乗れる侍従が一人だ」
国内だから、問題ない。そう考えて御者台にいた侍従の一人を走らせた。馬を貸した騎士が御者台に移動し、その後は問題なく到着したという。ところが出迎えがないため、悪戯心が生まれた。こっそり入って、驚かせてやろう。その程度の感覚で中の宮の庭を抜けて、私の執務室へ入った。
私に会うつもりだったが、留守なうえ書類が風に舞ってしまった。怒られると思い、中で書類を拾い始めたところ、物音に気付いたアンナと遭遇。焦って護身用の薬を嗅がせた。ところが……ジルヴィアを見つける。可愛い孫と過ごしたくて、つい連れ出した。
「考えなしにも……程がありますわ」
「すまん、本当に悪かった。途中で騒ぎが大きくなったことに気づき、焦って客間に逃げ込んだ」
でしょうね……と相槌を打ちそうになり、ぐっと呑み込んだ。
「事情は分かりましたが、罰と説教はこれからですわ。よろしくて? お父様」
首を振って嫌だと示すお父様を、叔父様が慣れた手つきで拘束していく。神職者とは思えない手際の良さですね。




