110.最強のお嫁さん候補らしいわ
戦という災いが起きたので、最短でも半年は間を置く必要がある。これは神殿のルールなので、勝手に短くできないわ。承諾して頷いた。叔父様が暦表を広げて、最短日と一番近い祝福日を指さす。祝福日はいくつかあるけれど、基本的には九柱の神々にまつわるお祝いだった。
厄日を避けて最短日を選ぶか、祝福日まで待つか。迷う必要はないわ。だって間が五日だけなんだもの。女神の祝福日を選んで、確定させた。これ以上、我が国土で問題が起きなければ延期はない。各国への通達も含め、エック兄様が予定表に日付を逆算で書き込んだ。
婚約式が祝福日で、その半月前から儀式は始まる。貴族なら数日で済むのだけれど、地位が高くなるほど儀式は複雑になった。その分、大金を寄進しているのだから当然かもしれない。
「国内で問題が起きなければいいのよね?」
思わず確認したのは、どこまでが帝国に含まれるか判断する必要があるから。ブリュート領とアディソン領は含まれるし、デーンズ王国はクレーベ公爵が新しい王になって独立を保つ。アルホフ王国も同じね。友好国であるプロイス王国、イエンチュ王国、シュナイト王国も、独立しているわ。
「ブリュートはすでに制圧して管理下にあります。疫病や暴動は起こしません」
起きないのではなく、起こさない。エック兄様は「アディソン領もすぐに手配します」と付け加えた。リヒター帝国には、前身であるリヒテンシュタット帝国の技術や歴史が受け継がれている。その中に、属国の管理方法があった。
帝国が衰退して王国が立ち上がった最近ではなく、帝国が始まってすぐの頃の話よ。属国から奪うものと残すもの、与えるものが理由付きで説明されていた。皮に書かれた内容だから残っていたけれど、紙だったら朽ちていた可能性もある。
「神殿にある資料も写しておこう」
叔父様が優雅にお菓子を摘まんで、口を挟む。頼もしい発言に頷いた。神殿は紙で残したけれど、一般的な紙と違う材料を使うから読めるのね。定期的に神官が写しを作って、内容を複数残しているのも賢い方法だわ。
「半年以内にフォルトの嫁が見つかるといいな」
ルヴィ兄様が眉根を寄せる。そこで思い出した!
「クラウス、紹介していただける女性はどなた?」
「皇太后陛下と同じ、イエンチュ王国の部族長の娘です。実力主義で夫を選んだ結果、国内の主要部族の男を叩きのめしてしまったとか」
私は額を押さえて溜め息を吐いた。強烈な方なのね。つまり「自分より弱い男に嫁ぐ気はない」というやつね。一般的にはそこで強い男が現れて終わるのに、誰も勝てずに負けてしまった、と。
「そんなに強い方、フォルト兄様は大丈夫かしら?」
「皇太后陛下に憧れているそうで、二つ返事でこちらに向かっています」
え? ああ、そう。もう向かっているならお迎えしないとダメね。クラウスの手配が早いのか、イエンチュ王国の方々がせっかちなのか。両方でしょう。
「首都に到着したらお迎えしなくては……」
「おそらく途中で曲がって、アディソン領との国境の砦に向かうかと」
フォルト兄様はその先にあるデーンズ王国との国境よ? 帝国を通ったほうが近道なのにどうして。首を傾げて尋ねたところ、クラウスが苦笑いを浮かべた。
「母上に挨拶、か」
ルヴィ兄様が溜め息を吐く。大きく頷くクラウス、何かを察した顔でお茶を飲む叔父様。動揺した私はお菓子を二つも摘まんで口に放り込んだ。溶けるタイプのギモーブでよかったわ。エック兄様は喜ばしいと手を打って喜んだ。
「あの方が決めてくだされば、フォルトの婚約式も同時にできますね」
残った四人はそれぞれ別の考えながら、表面上は何も言わず頷き合う。あのフォルト兄様が素直にお見合いするかしら。ガブリエラ様がいれば平気? でも戦って負ける危険もあるわ。戦闘部族が集まって国の形をとったイエンチュの最強が女性だなんて、想像できない。
戦いに関することで、フォルト兄様を心配することになるとは思わなかったわ。




