109.場に溶け込むクラウスは有能ね
クレーベ公爵とのやり取りは、すべて叔父様やエック兄様に任せた。私が出ていくのはおかしいもの。デーンズ王国は基本的に、男尊女卑の傾向が強い。王妹だったクレーベ前公爵夫人が、優秀なのに王位に就けなかったのも、その影響だった。生まれた順番で兄が王になったのではなく、男だから選ばれただけ。
リヒター帝国は皇位継承権に男女の差はほぼないわ。ルヴィ兄様から順番にあてがわれ、私が四番目だったのは末妹だったからよ。五番目に叔父様がいたのは、年齢や傍流に当たるから。でもすぐに皇位継承権を放棄して、神殿に入った。そういったルールは各王国にもあるけれど、ほとんどが男性優位なの。
戦いに明け暮れ、他国と国境を争う時代ならわかる。軍の頂点に立つ元帥を従える王は、自らも剣をとる男性を選ぶことが多い。このリヒター帝国でさえ、戦時中は姉を押しのけて弟が皇帝になった事例があった。姉君が儚い感じの美女だったようだから、周囲が心配したのでしょうね。
何にしろ、デーンズのクレーベ前公爵夫人には同情するわ。記録を読む限り、どう考えても首を落とされた兄王より優秀だった。彼女が女王として立っていたら、もっと苦戦したでしょう。その悔しさを息子に託し、見事、王位を奪ったのだから大した女性だわ。
デーンズ前国王の首は、フォルト兄様が検分したらしい。間違いないと太鼓判を押した報告書は、しっかり副官の署名が入っていた。ハイノが確認したなら、間違いないでしょうね。クレーベ公爵がいつまで王でいられるか、その鍵を握るのは母君かしら?
執務室の窓を開けて、外の風を呼び込む。朝から夢中になって書類を処理していたから、気づいたら午後のお茶を楽しむ時間だった。ノックの音がして、そのリズムで相手を知る。
「どうぞ」
「失礼します。トリア様、お茶の時間ですが……私に付き合っていただけますか?」
「あら、断る理由はないわ。でも小さな姫君も誘ってくださる?」
「もちろんです」
軽い言葉遊びをして、応接用のソファーへ向かう。だが、クラウスが止めた。首を横に振り、窓の外を示す。窓際に戻って外を確認すれば、中庭の一角に天幕が張られていた。
「あちらで、皇帝陛下、宰相閣下、大神官殿がお待ちです」
「まあ! 叔父様もいらしたのね」
表情が自然と笑みに変わる。クラウスが差し伸べる腕をとり、乳母のアンナを呼んだ。準備ができたら、お茶会へジルヴィアを連れてくるよう命じる。了承したアンナに頷き、クラウスと歩き出した。
果樹の多い中庭は低木ばかりが並ぶ。防犯面の見通せる環境であり、家族の間に垣根を作らない意味も込められていた。全員は揃わないが、叔父様がいるのは珍しい。
「寄らせてもらったよ、トリア」
「歓迎しますわ、叔父様」
お兄様達の前には、すでに茶菓子が並んでいた。半分ほど手を付けているのは、何か話し合いでもしていたのかしらね。探るような視線を向けたら、ルヴィ兄様がわかりやすく目を逸らした。それを睨みつけるのは、エック兄様だ。
「エック兄様、ルヴィ兄様を責めないで。正直なのも美徳よ」
「正直に顔に出す皇帝など、足を引っ張る阿呆です」
きっぱりと言い切られ、参ったなと苦笑いするルヴィ兄様が肩を落とす。
「婚約式の相談をしていました。トリア様が忙しそうでしたので、先に男性だけで細かな部分を詰めたのです。報告を聞いていただけますか?」
クラウスはとりなすように状況説明を始める。穏やかな口調と、知りたかった内容に頷く。用意された椅子に腰かけると、クラウスが隣に落ち着いた。説明された内容は、婚約式の時期の検討と儀式の内容に関する確認……それで叔父様が神殿から出てきたのね? 納得したわ。




