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【書籍化決定】妻ではなく他人ですわ  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!


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108.意外な知恵者がいそうね

 予想外に、フォルト兄様は国境付近に大人しく留まった。身構えていた分だけ、拍子抜けしてしまう。いえ、何か気に入ったものを見つけたならいいのよ。部下や敵に八つ当たりする人でもないから、その点は心配しなかった。真っすぐ帰ってきたら三日程度、と踏んでいたの。もう十日近く経つのに音沙汰がなかった。


 明るい執務室で、新しく公爵領として賜る直轄地の情報を確認していく。領地の気候、特産品、現時点での問題点を洗い出す必要があった。良い点は後で確認しても問題ないわ。手を打つ必要がある点は、先に把握しないと悪化する。手遅れになって動くのは下の下だった。


 温暖な気候、交通の要所でアディソン領が近い。農作物の収穫高は平均より上だけれど……内陸で運搬に手間がかかるわ。いっそ、海の近くの土地を分けてもらって交通の要所にしようかしら。あれこれと考えるのは楽しかった。


 あぶぅ、可愛い声が聞こえて書類処理の手を止める。広げていた地図をそのままに、立ち上がってベビーベッドに近づいた。月齢を重ねるにつれて、一緒にいる時間を増やしている。ジルヴィアには、より良い環境を与えたかった。


 父親はルヴィ兄様が引き受けてくれるし、もしマルグリットが子を産んだらジルヴィアは引き取ればいい。実母の私がクラウスと結婚するから、両親が揃う家庭を用意できるわ。にこにこと笑う我が子の頬を指で撫でた。


「あっ、あうぅ」


 訴える仕草で手を伸ばす娘を、優しく抱き上げた。首も据わってだいぶ重くなったわ。可愛い我が子は甘いいい香りがして、肌艶もいい。膨らんだ指はぷくぷくと弾力があり、意外に力が強かった。私の銀髪を握り、ご機嫌で揺らし始める。


 ノックの音がして、入室を許可した。ここまで来れる人物は限られる。そのうちの一人が、扉を開けて入室した。丁寧に頭を下げるところが、エック兄様らしいわ。


「続報が入りました」


 手にした書類を目線の高さに掲げるエック兄様に頷き、執務机の地図を畳んだ。さっと半分に折って、場所を空ける。エック兄様の手を離れた書類は、報告書だった。言葉通り、先日の続きね。


「エック兄様、ジルヴィアをお願い」


「僕でいいなら……どうぞ、姫君」


 大きな目をぱちくりと瞬かせ、ジルヴィアは素直に移動した。机の上で腕が離れた途端、ジルヴィアが泣き出す。慌ててあやすエック兄様だけれど、泣き止む様子はなかった。仕方ないわねと笑って、再び私が抱く。涙で頬を濡らしたジルヴィアは、へらりと顔を笑み崩した。


「悪い子ね、そんなことするとエック()()()が泣くわよ?」


「この僕が()()ですか、なんだか複雑な心境です」


 ぼやくお兄様に椅子を勧め、ジルヴィアをベッドに戻した。書類を扱うときは、近くにペンやインクなど危険なものが多い。万が一、抱っこした腕から落ちたら? そう思うと、恐ろしくて抱いたまま作業する気になれなかった。母性の一つかしら? 今度、ガブリエラ様に聞いてみましょう。


 ベッドは慣れているから問題ないのか、ジルヴィアはお気に入りの人形に嚙みついた。ボタンなど、呑み込んで困る部材はついていない。人の形を模しているが、表情も服もないのっぺりした綿袋だった。こうして何かを噛みたがるのは、歯が生える前兆かも。


 フォルト兄様は、現地でデーンズの騎士団長と手合わせをした。その際、弟子入りを志願されて受け入れた? 何をしているのよ。大人しく国境に留まったのは、弟子を鍛えるのに夢中と解釈してよさそうね。


 ぱらりと捲れば、デーンズ王国のクレーベ公爵に関する記述が並んだ。彼は民衆を上手に誘導して、塔を破壊させたみたい。神殿を敵に回す危険を嫌がったのか、もしかしたら母君が知恵者なのかも。すぐに玉座に就かず、貴族議会を開催する辺りも……補佐する誰かがいる。


「面白い報告ね」


「ええ、元王妹殿下は優秀だったそうですよ。その方が跡を継いでいたら、面倒だったでしょう」


 エック兄様がそこまで褒めるなんて、興味が湧いてきたわ。

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