105.久しぶりの戦いだ ***SIDEフォルクハルト
走らせる愛馬は、久しぶりの遠乗りにご機嫌だった。揺れる背の上で、何度も声を掛けて鬣を撫でる。足の速い愛馬の後ろを、ハイノ率いる一団が追った。父上を一人置いてきたが、最低限の砦の守りは確保できている。すぐに義母上も到着なさるだろう。
「遅れた者は獲物なしだ。走れ走れ!」
頑張れのつもりで発破をかけたら、ハイノに睨まれた。これは後で叱られそうだ。そうなったところで、いつものこと。気にする俺ではない。窮屈な宮殿を出るなり、国境の砦に缶詰めだぞ? 不満も鬱憤も溜まっている。
トリアを迎えるために通った時は楽しかった砦も、駐留するとなれば退屈だった。義母上が稽古をつけてくれたので、多少は気も紛れたが。その砦を出て、デーンズ王国との国境へ向かう。アディソン領を横切れるので、山脈を越えずに済んだ。途中で野営も挟み、久しぶりの野外環境に心躍る。
やっぱり堅苦しい元帥閣下は面倒だ。この際だから、面倒見のいいハイノに押し付けるか。野営の食事用に猪を仕留めた俺は、捌きながら相談する。
「常々、阿呆だとは思っていましたが、ここまでとは……」
声だけでなく表情や仕草まで使って「呆れた」と伝えてくる。これが義母上相手なら不敬だぞ? まあ、あの女傑相手にこんな態度取らないだろうがな。
「元帥を私に押し付ける話、ヴィクトーリア姫様の許可が取れたらお聞きします」
「それは無理だろ」
「そういうことです」
まったくわからん。トリアの許可など取れるはずがない。しっかり勤めろと口にしたのは、可愛い妹だ。そもそも元帥とは、嫌われる職業なのか? 捌いた猪で作った鍋を囲み、ハイノが席を離れた隙に部下に尋ねる。
「なあ、俺の代わりに元帥になりたくないか?」
「無理です、ごめんなさい」
泣いて謝られた。やっぱり嫌われる職業だったか。それを務めてこそ、トリアが認めてくれるなら……もう少し頑張ろう。戦の采配を振るえるのは楽しいし、終わったら妹のそばにいられるよう頼めばいい。難しいことはわからんが、そういう話だな。うんうんと頷いて、俺は話を終わらせた。
早朝、二度目の野営地を片付ける騎士や兵士を集め、ハイノが口火を切った。
「いいですか? 今回は戦いません。小競り合い程度は認めますが、全面的な対決は避けてください。これは麗しのヴィクトーリア姫様のご命令です。すぐにデーンズ王国側から、降伏の白旗が上がります」
「……理解できん」
「姫様のご命令ですよ」
重ねて言われれば、聞こえなかった振りもできない。しぶしぶ頷いた。エック兄もそうだが、トリアは頭が良すぎて俺には理解できない。だが頭上で決まった戦の内容は、守らないと嫌われる。ここは承知していた。
小競り合い程度は認める。つまり、俺と敵国の将軍の一騎打ちは構わないのだろう。大勢が死ぬ状況をトリアは嫌った。今回もそのための処置だろうと思う。ならば俺が相手を殺さずに戦う分には、俺も死なないし、相手も死なない。まったく問題ないではないか!
「……姫様、私には荷が重いです」
ぼそぼそと呟くハイノの尻を叩き、馬に乗せる。自らも愛馬に跨り、その首筋をぽんぽんと手のひらで叩いた。
「悪いが、もう少し頑張ってくれ。美味い林檎を用意するからな」
ぶるると首を揺らして了承を伝える愛馬は、そのまま歩き始めた。徐々に速度を上げる馬上で振り返れば、立派な帝国軍が広がっている。この光景が好きだった。彼らが傷つかないよう、先頭を切って戦う。俺の後ろで誰も死なせない、その覚悟は揺るがなかった。
「勝ち戦だ! 遅れるな」
「「おう」」
後ろから聞こえる声が勝鬨のようで、気分が上がる。トリアに最高の報告を上げ、褒めてもらおう。きっと義母上や父上、兄上方も満足してくれるはずだ。右手から差し込む朝日を浴びながら、草原を一気に抜けた。




