103.表立って言えない理由があるのよ
表宮にある宰相の執務室を訪ねた。もちろんクラウスのエスコート付きよ。家族になると決定した人だから、エック兄様は何も言わなかった。ルヴィ兄様には余計な発言をしないよう、釘を刺して置いてきた。
あとは、ザックス侯爵家にも口止めが必要ね。うっかり人前で、ルヴィ兄様の手伝いで泊まり込んだなんて言われたら、事件だもの。根回しはクラウスに頼むことにした。
「トリア、ローヴァイン卿、何かありましたか?」
相変わらず丁寧な口調のエック兄様に、先ほど提案された”祝い事”を話す。
戦いが始まれば、どうしたって国民に被害が出るわ。帝国が強くても、兵士の実力が高くても、全員が無傷で戻れる保証はないの。当然、フォルト兄様も含めてね。だから戦わないで勝つ方法があれば、それを使わない理由はない。たとえ卑怯な手だとしても。
「だから、クレーベ公爵を支持しましょう」
「……トリアの案なら、構いませんが」
ほかに理由があるのでは? 探るようなエック兄様に笑顔で畳みかける。
「戦わず、デーンズ王国を落とすために打った手ですもの。使わないのは惜しいわ。それにクレーベ公爵も動いているそうよ」
「では以前決めた通り、クレーベ公爵に自治権を与える策を遂行しましょう」
「ええ、それでお願い。戦いを回避したら、すぐに婚約式に入れるわ」
無言でエック兄様が私の顔を見つめる。穴が開くほど、と表現できるほど。じっと見つめてから、言葉を選んで口を開いた。
「婚約式のため、ですか?」
「私とクラウス、ルヴィ兄様とマルグリット、エック兄様も……でしょう?」
ライフアイゼン公爵令嬢は、正確には現当主の孫に当たる。まだ隠居していないけれど、事実上、次の公爵の娘として令嬢と称されてきた。政略ではなく恋愛で繋がるエック兄様達も、はやく婚約したいはずだわ。
鉄壁の防御で笑顔を貼り付け、穏やかな声で返す。探る視線にも揺るがない私へ、エック兄様は両手を上げた。肩の高さで手のひらを見せ、降参だと呟く。
「負けを認めますから、教えてください。トリアは何を焦っているのか」
「ルヴィ兄様よ」
クラウスが意味ありげに唇へ指で触れる。察しのいいエック兄様は、それで理解したみたい。やれやれと首を横に振った。
「わかりました。急がせましょうか」
私の我が儘の形をとって、押し通して頂戴。ルヴィ兄様達が疑われるのは困るの。そう訴えたら、わかっていますと頷くエック兄様は、ため息を吐いた。
「弟妹が我慢できているのに、兄上がやらかすなんて」
「エック兄様?」
唇に人差し指を立てて、秘密よと示す。意味ありげな言葉が誰かに聞かれたらどうするの? 私の仕草に、エック兄様の表情が引き締まった。
情報を扱って世論を操るのは、どこの王侯貴族も当たり前に学んでいる。敵味方関係なく間諜を送り込むのも、日常の一つだった。把握して泳がせる獲物もいるけれど、互いに暗号や隠語を使って悟らせないよう振る舞う。うっかり、が足を引っ張る世界だもの。
「失礼、書類処理に関しては一任してくれて構いません。日程調整は任せます」
「承知したわ」
立て直したエック兄様に了承を伝え、クラウスへ腕を差し出す。恭しく絡めた彼と歩き出し、扉のところで足を止めた。
「フォルト兄様のお相手、見つからないかしら? せっかくだから四人一緒に婚約式をしたいわ」
「……検討しておきます」
フォルト兄様を上手に転がせる女性は、なかなか見つからないようね。難航している様子のエック兄様へ会釈し、私達は廊下に出た。
「クラウスに心当たりはない? 家柄や財産は不要よ」
「出身を一切不問にするとお約束いただけるのであれば、二人ほど」
心当たりがあるの!? すごいわ、紹介して頂戴ね。




