99.臥竜の尾を踏んだ愚か者
わずか二日で招集された上級会議は、錚々たる顔ぶれが揃う。主要街道を維持管理する伯爵家にも声を掛けたため、夜会で使用する広間が用意された。並んだテーブルと椅子は埋まっている。
「デーンズ王国から宣戦布告があった。我らは臆して引くことを知らぬ」
この言い回しは、リヒター帝国初代皇帝と同じね。ルヴィ兄様の発言に、誰もが無言で頷いた。前皇帝のお父様はアディソン領の管理、ガブリエラ様も一緒よ。フォルト兄様は山城に移動し、デーンズ王国の攻勢に備えていた。
淡々とした口調でエック兄様が引き継ぎ、各家の役割を伝えた。国境を守る公爵家や辺境伯家は、他国の動きを監視する。そのうえで、兵力の四割ほどを首都へ派遣することが決まった。現時点ではフォルト兄様の配下である帝国軍以上の戦力を、デーンズ王国側に配置する予定はない。
正直、過剰戦力なのよ。兵一人当たりの練度が違いすぎるわ。アディソン王国騎士団長モーリスが、フォルト兄様の足元にも及ばないのと同じね。他国の兵が数人がかりで、帝国軍の兵士一人と戦う形になるでしょう。増援は必要なさそう。
「神殿はデーンズ王国を支持しません」
各地の神殿から情報が集められ、叔父様が指揮を執る。これは事実上の破門宣告に近かった。一方的な開戦は信者である民を苦しめる。神殿が人々の救済と慈愛を謳う以上、デーンズ王国を支持するはずがないの。神殿は自国の動きを中央に集め、その内容次第で神殿騎士が動く。
事前に各国に通達しておけば、神々を敵に回してデーンズ王国の味方をする国は出ないでしょう。ただの脅しではなく、攻め込まれる危険を察した他国は動かないはずよ。こういう通達は、早めに出さなくては意味が薄れてしまう。
アルホフ王国へ情報を流す役は、意外な人物が請け負ってくれた。アルホフ王国に支店を持つ大商会で、王宮への納品も行っている。手を挙げた見返りに、リヒター帝国首都への本店設置を希望された。エック兄様が考えたのはわずかな時間だけ、すぐに許可が出される。
帝国の首都に本店を持つことは、一種のステイタスだった。商人にとっては夢だったのかも。アルホフ王国が挙兵する必要はないの。ただ、彼らが騒がしくなることでデーンズ王国への牽制になるわ。心当たりがあるから、攻め込まれる心配をするはず。
進んでいく会議の途中で、クラウスが思わぬ発言をした。
「デーンズ王国内にて、謀反の兆しがあります。クレーベ公爵家が王家打倒を掲げ、数日中に動くでしょう」
証拠書類として提出された数枚に、お兄様達が目を通す。以前に準備した仕掛けが、ようやく動き出すみたい。ルヴィ兄様も頑張った甲斐があったわ。誑かすのが得意なルヴィ兄様が、唆した甘い罠に飛び込んだ公爵にはご褒美を用意しましょうか。
もしデーンズ王を倒した暁には、自治権を認めてもいい。付け加えたのはエック兄様よ。確かに我が国の兵士が傷つかずに済むなら、そのくらい安いわね。いずれ統合するとしても、急ぐ必要はなかった。
「異論や質問があれば、早い段階で出すように」
ルヴィ兄様が締めくくり、上級会議は解散となった。誰が何の役割を果たすか、どのくらいの備蓄や兵力の供出が必要か。貴族が知りたかったのは、その辺りでしょう。情報漏れの心配より、共有しなかったことで起こる不都合のほうが怖かった。
知らずに味方の邪魔をすることほど、愚かな失敗はないから。




