第114話「平穏」
超龍が倒され、空間移動することも無くなったため、他の世界の平穏も守られたのであった。
ユアとディンフルが出会った世界・ミラーレでは、今日も忙しく弁当を売っていた。
しかしこの日は、いつも優秀なキイが失敗し、凹んでいた。
「まさか、俺が作った惣菜にクレームが入るなんて……」
「おばさんたちも悪いのよ。忙しいのを理由に味見をしなかったんだから」
惣菜作りを任されたキイが砂糖と塩を間違えてしまったのだ。
指摘をしたのは常連客で、珍しくミスをした彼へ怒るどころか「熱でもあるのか?」と心配してくれた。
幸い買ったのはその者だけで、早めに気付けたので大事には至らなかったが、真面目なキイはすっかり落ち込んでいた。
彼のミスはなかなか無いので副店長のまりねも笑って許してくれた。
「大丈夫だよ、キイ君! 砂糖と塩を間違えるの、私もしょっちゅうあるから!」
「フォローになってないぞ……」
看板娘のとびらも励ますが、効果は期待出来ない。
「ん? たまに“甘いな”、“辛いな”って声があるんだけど、あんたのせいだったの?!」
「ごめんなさ~い!」
まりねが睨み、墓穴を掘ったとびらが慌てて謝った。
「味が変なのは飲食業には命取りだぞ……。まぁ、常連さんにもなれば、“また、とびらがやらかした”って思ってくれるが。今回もとびらのせいにしておこう」
「何ぃ?!」
怒るとびらを見て、キイは笑った。
今のやり取りで元気を取り戻したようだ。
◇
菓子界。
あれ以来、菓子界には時々魔物が現れたが、スナックら勇者のお陰で人々は守られていた。
キャンディーナ姫の親衛隊・キャンディアンもしっかりと活動していた。
「皆様、今日もお疲れさま。どう? 魔物は一匹残らず退治出来そうですの?」
菓子界の城の玉座に腰掛けたキャンディーナがキャンディアンとスナックへ尋ねた。
代表してスナックが答えた。
「この調子で行けば、大丈夫です」
「期待しておりますわ。万が一、前のような大きいものが現れた際は異世界にご連絡下さいな。そして、赤髪の王子様をお呼び下さい」
彼女が言う「赤髪の王子」とはフィトラグスのことだ。
叱られて以来、すっかり彼を気に入っていた。
「キャンディーナ様!」さくらんぼが突然叫んだ。
「我々」と、ぶどう。
「今後のために!」と、いちご。
「新しい」と、みかん。
「戦法を」と、キウイ。
「生み出しました!」と、りんご。
「新しい戦法?」
「それは……」と、パイン。
「水飴砲です!」と、バナナ。
「角砂糖砲とは違って、水飴で相手の動きを止める戦法です。試しに、今日の魔物で使ってみましたが大成功でした」最後に隊長のメロンが説明した。
「素晴らしい! でも、くれぐれも無理はなさらないで下さいね。あなた方には、わたくしと菓子界の未来が掛かっているのですから」
「ご安心を。ここにいる全員は、キャンディーナ様の元から離れません」
キャンディーナが勇者と親衛隊を気遣うと、スナックが代表で返事をした。
姫はさりげなくだが礼を言った。
「いつも、ありがとう」
◇
水界。
今日は次期水王選挙の結果発表日。
見事、水の精霊・アンディーンが勝ち取り、友人のカエルが自分のことのように喜んだ。
「おめでとう! アンディーンなら、なれると思ってたぜ!」
「ありがとう。これから忙しくなるわね」
「大丈夫だよ。オイラがついているんだから!」
友人のカエルは、アンディーンが選ばれた暁には彼女の秘書になる約束をしていた。
二人は遠くに見える、水が溢れ出るピラミッドを見つめていた。
そこは、カエルからボヤージュ・リーヴルとアンディーンの水晶を取り戻すために、ユアたちが冒険したところだ。
今では水が戻り、ピラミッドも潤っていた。
「これからは水晶を失くさないようにしろよ。水界の命の源なんだから。水王になるんなら尚更」
「奪った人が言うセリフかしら? ピラミッドの中でも失くして」
アンディーンにいたずらっぽく指摘され、カエルはギクッとなった。
彼はアンディーンとケンカした後、腹いせに水晶を盗んだ。その後、返そうとするが、ピラミッド内で紛失してしまった。
ユアたちに見つけてもらって事なきを得たが、カエルは今でもその時のことを悔やんでいた。
「あの時は本当にごめん……。これからは守るよ! 水王に何かあったら、それこそ水界が危ないからな」
「私たち、一度ケンカして良かったかもね。腹を割って本音を打ち明け合うことって、なかなか無いから」
カエルもアンディーンも、楽しそうに笑った。
しばらく仲違いすることは無さそうだ。
◇
緑界。
ミドリと、腕の中の赤子・ミントは目を丸くしていた。
何故なら、二人の家族・リーフは幅2メートルほどの大剣を持っていたからだ。
「ど、どうしたの、その武器……?」
唖然としながらミドリが尋ねた。
「決まってるだろ! いつ、どんな大きさの敵が出てもいいように、でかいサイズの武器を作ってもらったんだ! もちろん、巨大虫も含む!」
「いやいや、いくら何でも大きすぎない……? 縦に長いならわかるけど、幅が二メートルだと扱いにくいんじゃない?」
「毎日使って慣らしていく! ミントを保護してくれた英雄さんだって、同じようなのを使ってたじゃないか!」
「そこまで幅広くなかったけど……。それに、巨大虫は五〇〇年ほどに一度って言われてるのよ。次に出る時、私たちは生きていないじゃない」
ミドリの意見にリーフは目を見開いた。
肝心なことを思い出したようだ。
「いいよ……。武器は頑丈に作られてるから、次の五〇〇年後にも残ってるさ……」
リーフは不甲斐なく、頭を垂れて落ち込んだ。
ミドリが近づくと、腕の中のミントが手を伸ばしてリーフの頭をポンポンと叩いた。
「ミント……慰めてくれるのか?」
リーフが悲し気に娘の顔を見ると、ミントはキャッキャッと笑い出した。
「大きくなったミントが子供を生んで、その子供がまた子供を生んで、それを繰り返して行ったら私たちの子孫が使ってくれるわ」
「俺たちの子孫か……。孫の顔を見るためにも、頑張らないとな!」
あっという間に立ち直ったリーフを見て、ミドリは微笑んだ。
腕の中のミントはさらに嬉しそうに笑う。
これは、生贄として名乗り出たユアと、巨大虫を倒したディンフルがこの世界に来ていなければ絶対に見られなかった光景である。
◇
数日後、フィーヴェのとある病院。
病室にディンフルが花束を持って入った。
「ディンフル?!」
入院患者の男性・フォールトと、その娘・エラが驚きの声を上げた。
フォールトはかつて、ディンフルとウィムーダを受け入れた村の村長だ。
ディンフルはエラに花束を渡すと、まっすぐフォールトへ向かった。
「調子はどうだ?」
「え?! あ、まぁ……」
言葉が出なかった。
彼は村民たちにウィムーダへの殺害と、ディンフルの家を燃やすよう指示した張本人だからだ。
ディンフルに恨まれ続けてもおかしくないはずなのに、わざわざ花を持って見舞いに来てくれた。この行為が信じられず、うろたえてしまう。
「な、何で、見舞いに来た? 私は、君たちに恨まれて当然なんだぞ……」
「君たち?」
ディンフルはフォールトの台詞の一部を強調しながら繰り返した。
「ウィムーダからも恨まれていると思っているのか? 彼女はそちらを恨んでいない。むしろ、感謝していた」
「え……?」
「村に受け入れてくれたことが、あいつにとって大きかったからだ。だから、“村民に指示を出したのも何か事情があった”と、一つも疑わなかった」
「ウィムーダが、そんなことを……」
フォールトは自分の体に掛けていたシーツに顔を当て、涙声で悔やんだ。
「すまない……。そんな優しい子なのに、裏切って……!」
「お父さん。謝る相手はウィムーダだけ?」
花を少量ずつ分けていたエラから指摘され、フォールトは顔を上げた。彼には謝るべき相手がもう一人いた。
シーツを離すとその場で両手をつき、こちらへ頭を深く下げた。
「ディンフル……。本当に、申し訳なかった!」
「もう良い」
ディンフルがたった一言発すると、フォールトの目から涙が止まり、驚いた顔で相手を見た。
自身が追い詰め、魔王にまでなり、世界を支配しようとしたディファートが穏やかな顔でこちらを見ていた。
「そちらも村民に責められ、娘を人質に取られた心労で正気でいられなかったのだろう。まだ許す気にはなれぬが、謝罪は受け入れよう」
意外な反応にフォールトとエラはさらに驚愕した。以前のディンフルなら、恨みつらみから声を荒げたに違いない。
しかし今は、フィーヴェ最大権力国家の国王という強い味方とユアたち仲間もいる。フォールトが下した指示で大切なものを失ったが、得たものもあった。
「心から自省するのであれば、尚更これからも生き続けろ」
ディンフルの言葉に、フォールトは再び大粒の涙を流し大きく頷いた。
村長親子が頭を下げている間、ディンフルの視線の先に半透明の女性の姿が見えた。
彼の夢に出て来た、濃いピンク色の三つ編みを片方に下げた者だ。
(これで良かったのだな、ウィムーダ?)
ディンフルが心で問いかけると、ウィムーダの幻影は愛想よく微笑みながら頷いた。




