第109話「よみがえる石」
超龍はユアを口に入れた後、首を伸ばしたまま倒れてしまった。
海へ戻れるほどの体力は残っていないようだ。
「超龍―――!!!」
ディンフルは超龍の巨大な口を無理矢理こじ開けようとした。
しかし口はしっかりと閉まっており、入る隙間も見当たらなかった。
「貴様ぁ!! ユアを出せぇ!!」
ディンフルは怒りと焦りで我を忘れ、ついに大剣を再び取り出し、硬い口元を斬りつけた。
そんな彼に怖れながらも、フィトラグス、オプダット、チェリテットも、超龍の口を開けようとした。
もちろん彼らの力でも開かず、巨大な首が動いただけで三人は吹き飛ばされてしまった。
ディンフルは再び、力任せに超龍の口を開けようとし始めた。
だが、今度は超龍の尖った口で壁に押し付けられてしまう。
「ぐぅ……!」
超龍はかすかに口を開くと、その中を光らせ始めた。光線を吐くつもりだ。
遠くから受けても白魔法のバリアを粉砕した攻撃だ。至近距離では戦闘力に長けたディンフルでもひとたまりも無い。
「私はどうなっても良い。だが、ユアは、返せ……!」
◇
ユアは暗闇の世界にいた。
飲み込まれる直前、超龍が口を開けたところまでは理解出来た。
その後の記憶が無く、何が起きたかすらわからなかった。
「私、死んじゃったの……?」
せっかく超龍を倒し、皆と喜びをわかち合っていたのに一気に奈落へ突き落されるユア。
もう、自分は戻れないと思っていた。
「これからだったのに……。ディン様たちとハッピーエンドを迎えて、大学のために勉強して、なりたい仕事を探して、就職して、本当の人生が始まると思ってたのに……。あっ! まだイマストVもプレイ出来てない……」
自身のこれからを夢見た後で、ユアはイマストVをまだ遊んでいないことに気が付いた。
よく考えたら、ゲームのキャラクターたちに会って話は出来たが肝心のゲームはまだ見ることすら出来ていない。彼らとの触れ合いでネタバレはいくつか見てしまったが、ゲームの中で皆がどのように振る舞うかを楽しみにしていた。
しかし、彼らとも二度と会えないだろう。
痛みも感じなければ、臭いも無い。
ここが超龍の体内ならば独特の臭いがありそうだが、それすら無いのだ。
何の音も聞こえない。
光も見えない。
きっと、超龍の体の奥深くに来てしまったのだ。
「もっと、みんなと一緒にいたかったな……。リアリティアから逃げるんじゃなくて、遊ぶつもりで。だって、もうイマストVの戦いも終わったんだし、自由に遊びに来てもいいよね」
言い終えたユアは「自由に……?」と、自分の言葉の一部を反覆し始めた。
よく考えると、ユアは空想世界へ行ける力を持っていながら、遊びに行けていなかった。
いつもキャラクターはそれぞれの戦いに忙しかったため、ユアの相手をしている暇がなかった。
なので、彼女はいつも戦闘を見守ったり守られる側だった。
しかし、今回のイマストVは異質だった。
まず、憧れのディンフルと出会うところから違った。
今までは空想作品の舞台となる世界に直行出来たが、今回はフィーヴェ以外の世界に降り立った。
彼に会うまでは想定内だったが、見知らぬ世界で共に店や施設の手伝いをしたり、ディンフルと敵対する者たちと一緒に旅に出たりと、これまでに無いパターンだった。
途中、嫌われたり責められたりすることがあったが、最終的には皆と心が通じ合えた。
そして、リアリティアから攻略本を持って行くと六人とも喜んでくれた。
「やっと恩返しが出来た」と、ユアは達成感を味わったばかりだ。
思い出したユアは無性にディンフルたちに会いたくなった。
「ここで終わるなんてありえない。本当にこれからなのに……。みんなのところへ、帰りたい!」
声に出したその願いは、闇の中で響くだけだった。
◇
フィーヴェの地上。
超龍の頭部に押さえつけられるディンフルを救おうと、フィトラグス、オプダット、チェリテットが必死にどかそうとしていた。
あまりにも巨体で三人掛かりでも歯が立たず、ソールネムの魔法も効かなかった。
その時、見守っていたティミレッジが持つ革袋が突然光り始めた。
「な、何?」
うろたえながら袋の中を覗く。
手帳サイズの小さなノートが光り輝いていた。
「それって、虹印?!」
隣で見ていたソールネムが驚愕していた。
光の正体は、ユアたちが旅の道中で集め始めた虹印帳。
そこに貼られていた、菓子界、水界、炎界、緑界、四枚の印がまばゆく光を発していた。
そして、ディンフルの胸ポケットに入っていた惣菜界の虹印も光り出し、衝撃で超龍をはねのけてしまった。
壁に押さえつけられていたディンフルはやっと動けるようになった。
やがて五つの光は虹印帳とポケットを飛び出し、超龍の口の中へ入って行った。
◇
超龍の体内。
上から光が照らされた。
「な、何……?」
五つあった光は一つにまとまり、ユアのボトムスのポケットに入って行った。
取り出して見ると、欠片と化した魔封玉が入っていた。虹印の光はそれに注がれていた。
「な、何で、魔封玉に?」
虹印の光を浴びた魔封玉は一旦ユアの手から離れると、空中で少しずつ元の丸い形へ戻った。
「復活した?! この光は一体……?」
再び丸みを帯びた石を取ろうとユアが手を伸ばすと、石の向こう側に六つ目の光が現れた。
それはやって来た五つとは違い、少しずつ上下に伸びると手と足を形成し始めた。
手足が出来ると、最後は顔が作られた。
出来上がった顔にユアは心当たりがあった。
「エンヴィム……?」
今から五年前、自身を庇って命を落としたエンヴィムの姿がそこにあった。
彼は微笑むと、復活したばかりの魔封玉の下に自分の手を添えてユアへ差し出した。
「また、私にくれるの?」
そう聞いたところで魔封玉が光り出し、外から超龍の断末魔が聞こえて来た。
◇
闇がどんどん晴れて行き、ユアは外へ出られた。
超龍は跡形もなく消えてしまっていた。
「ユア!」
「ユアちゃん!」
手前にフィトラグス、オプダット、チェリテットがおり、遠くからティミレッジとソールネムが駆けて来た。
ユアは何が起きたのか、何故外に出られたのかわからず、自分を心配する五人をぼーっと見ていた。
急に後ろから肩を掴まれ、強制的に振り向かされた。
五人よりさらに心配しているディンフルがいた。
「ユア……、無事か?!」
「な、何が起こったか、わからなくて……」
曖昧に答えると、ディンフルはいきなりユアを抱きしめた。
「お前が出て来てくれただけで、充分だ……!」
超龍の光線から彼を守った時と同じく、ディンフルから安堵の感情を強く感じた。
当初のユアならハグだけで気を失っていたかもしれないが、今は彼と同じように安心していた。
ユアはこの時、気付かなかった。
先ほど現れたエンヴィムの幻影と、復活した魔封玉が手中から消えていることを。




