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13/07/22(3) 横浜中華街:我が愛する妹よおおおおおおおおおおおおおおおおお!

「麻婆豆腐と担々麺、一つずつください~」


 旭さんは着席すると、即座に注文した。


「ここの麻婆豆腐と担々麺は絶品なんです~。小町さんにも是非是非食べて欲しいです~」


「それは楽しみ」


 ──料理が運ばれて来た。


「二人で半分こして食べましょう~。私が取り分けますね~」


 一緒の料理を二人で分けて食べるっていいな。

 しかも女の子に取り分けてもらえる日が来るなんて。

 ああ……。


 いやいや感慨に耽ってる場合じゃない、冷めてしまう。

 さあ食べよう。

 

 ──ん?


「美味しい!」


「でしょう~?」


「何これ。やばい。御飯が進む。箸が止まらない」


「うんうん~。観音さんも初めて来た日は次々とおかわりしてました~」


 あの小食の姉貴が?

 俺の記憶でも、姉貴がおかわりしたのなんて……先日喧嘩して仲直りしたときのカレーくらいしか思い浮かばないぞ?

 でも、この味なら納得できる。


「おかわりよそいましょうか~?」


 旭さんが問いかけてくる。

 だがその手は、既に伸ばされていた。

 その視線の先には、いつの間にか空になっていた俺の茶碗。


「……お願いします」


 なんだか決まり悪い。

 そう思いつつも、茶碗を掲げる様に差し出した。   


                     ※※※



 食べた食べた。

 あー、美味しかった。

 お茶が口の中の油を流してくれて、実にすっきり。


 しかし心の中では引っ掛かっていることがある。


「姉貴や弥生さんもここに来るんでしょ? 出くわさないかな?」


「んー、弥生さんについては絶対に大丈夫ですよ~」


「どうして?」


「この店はおかわり自由。それゆえ弥生さんは、一人でこの店に食べに来る事を観音さんから禁じられてます~。私か観音さんのいるときだけです~」


「ぶっ!」


 そこまで監視されてるのかよ!

 姉貴も容赦ない……というか全く信用してないな。


「元々はシノさんが弥生さんを連れてくるのが基本パターンだったんですけどね~」


「はあ……で、姉貴の方は?」


 俺の側は既にばれていることを知っている。

 でも旭さんはどうなんだろう?

 ここは一旦知らない振りで通して置こう。

 もし知らなければ教えるとしても、どう切り出すかは悩みどころだし。


「もう今更です~」


 旭さんがバッグから紙袋を取り出し、差し出してきた。

 受け取ると、なんだかふわふわ。

 プチプチでくるまれているっぽい。


「小町さん、開けて下さい~」


 袋から取り出し、プチプチを外す……あっ!


 ああああああああああああああああああああああああ!


「我が愛する妹よおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 現れたのは、あの日姉貴が持って行ってしまったフィギュア。

 その中でも一番大事にしていたぷりぷりきわきわ。

 更にその中でも最愛の、ツインテールな黄色い魔法少女。

 ああっ! 頬を擦り寄せてしまうっ!


「小町さん~、そういうのは私の見えないところでやっていただけませんか~?」


 あ……しまった。


 旭さんは完全に白い目。

 顔に思い切り「死ねばいいのに」って書いてある。

 握りしめた手がぷるぷる震えてる。

 やばい、マジ怖い。


「ごめんなさい。でもこれって?」


 旭さんが握りしめた手を解いた。

 テーブル挟んでなかったら確実にぶん殴られていた。


「金曜日に『小町にお前から渡してくれ』と頼まれました~。懲らしめるだけのつもりが返しそびれてしまったそうです~」


 それで自分の手からは渡しづらいから旭さんに頼んだのか。

 なるほど、姉貴らしい。


「なるほど、でも何故旭さんに?……あっ」


 旭さんはいかにもな苦笑い。


「つまりはそういうことです~」


「そうか、実はさ……」


 こちら側の事情も旭さんに話す。


「そうですか~、最初からばれてたわけですね~」


「うん」


「ま、どうでもいいです~。もう隠す必要はありませんから~」


「『もう』って?」


「さあ? 何でしょうね~」


 旭さんがニヤリと笑う。


「すんごい気になるんだけど」


「観音さんがこれまで知らない振りしてくれたってのがヒントですよ~。それ以上は私も言いません~」


 よくわかんない。

 でも、いいや。

 姉貴から余計な茶々を入れられなかったおかげで、旭さんの事をよく知る事ができたし、意識せず自然に仲良くなれたと思うし。


「残りのフィギュアも全部預かってますけど量がありますので~。もうバレちゃってるわけですから、今度小町さんの家に持っていきますね~」


 それって旭さんが俺の家に遊びに来てくれるってこと?

 そう思ったら旭さんがちろっと目線を投げてきた。


「なんか変なこと考えてる様ですけど、私が行くのは観音さんのいる時ですからね~?」


「違う違う、うちに来てくれるだけで嬉しいなって。姉貴いてもいなくても、そんなのどうでもいいから」


 姉貴の休日はマッシュに始まりマッシュに終わる。

 だから本当にいてもいなくてもどうでもいい。

 むしろそんな姉貴の姿を旭さんに見せてしまっていいのか。

 そっちの方が不安だ。


 実に寂しい姉貴の週末だが……これからは変わるのかな?


「さて~。出ましょうか~」


「うん」


「今日はまだまだ歩きますよ~。この周辺は、他にも見所が一杯です~」


                 ※※※


 店を出た後は中華街を来たときとは別道でぐるりと。

 横羽線のガードをくぐって元町商店街。

 タイル貼りの歩道を歩きつつ、お洒落な店舗を眺めながら歩く。

 商店街を抜けると港の見えるが丘公園が見えた。


「この辺りはデートのお約束コースということで~」


 大通りにあたる。

 信号を渡り、再び横羽線のガードをくぐる。


「右手に広がるのが山下公園です~」


 人形の家、マリンタワー、氷川丸と、旭さんが指さしていく。


「観光名所って、近くてもあんまり来ないものです~」


 見ればわかる。

 中華街を出てからの旭さんは、スマホとずっと睨めっこ。

 案内役を務めながらも、実際には一緒に観光している気分なのだろう。


 旭さんがスマホをバッグに仕舞った。


「ここからが再び私達の生活エリアです~──」


 左手を指さす。


「こちらがホテルニューグラ○ド。ナポリタン発祥の店で、観音さんが横浜に来るまではちょくちょく来てました~。当然お味もよろしいです~」


「姉貴来るまで?」


「バイキングですから~、観音さんって小食ですから~。元々この店へ積極的に行きたがってたのはシノさんですし~」


「納得」


 少し先に進み、旭さんが左を指さす。


「この少し向こうの通りに『味奈○庵』というお蕎麦屋さんがありまして~。味もいけますし、無料で富士山盛という超大盛を出してくれます~。当然この店も私か観音さん抜きの以下略,ついでにシノさん以下略です~」


 御飯おかわりし放題に、バイキングに、超大盛。

 そりゃ、みつきさんもデブるわけだ。

 というか、シノさん……あなたって人は。


 ──さらに歩き続ける。


 全身から汗が噴き出してきた。

 無理もない。

 考えてみたら、もう四〇分以上歩き通しだ。


「旭さん」


「はい~」


「少し疲れてきたかも」


「だらしなさすぎです~。私や観音さんは、もっと仕事で歩いてますよ~」


 確かに旭さんは平然とした顔。


「お願いです。少し休ませて下さい……」


 ついつい敬語になってしまう。

 だって休みたいんだもの!


「仕方ないですね~。山下公園で休みましょうか~。ここから入れば丁度コンビニなんですよ~」


「ありがとう……」


 礼を言う。

 その途端、旭さんがニヤリとした。 


「実は最初からそのつもりだったんですけどね~。ちょっと意地悪しちゃいました~」


 続いてぺろりと舌を出す。


「へ?」


「小町さんが私達の事『さぼってばかり』とか言うからですよ~。なので、わざと休まず連れ回しました~」


 旭さんは笑ってる。

 本気で怒ってはいない……と思う。

 だけど、ちょっと無神経な一言だったかも。


「ごめんなさい」


「わかってくださればそれで~。私もやりすぎちゃったかも、ごめんなさいです~」


「ううん」


「足の裏は大丈夫ですか~? まめとか靴擦れとか皮がむけたりとか~」


「うん、それは大丈夫。疲れただけ」


「では、もう一頑張りしてください~。ベンチとお茶は目の前です~」


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