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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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エピローグ

 何でも屋のオーナー兼、裏の仕事師でもあるギース・ムーンはその日の朝、半年前に失ったはずの右腕が疼くような嫌な感覚に襲われ、かなり不快な気分で目覚めた。そして……その不快な気分のまま道を歩いている。


 エバン・ドラゴが死んだ日以来、街を牛耳る勢力は完全に三つに分かれてしまっていた。

 最も大きな組織、『虎の会』のボスはタイガーだ。さらに、その右腕――実質的なナンバーワンとも噂されている――のジュドー。脇を固めているのがアイザック、カルメン、ゴステロといった、エメラルドシティでもよく知られた面々である。一時期は潰れかけ、崩壊しそうになっていた組織を見事に建て直し、今やエメラルドシティの約半分を支配している。


 そしてもう一つの組織『バーターファミリー』は……かつてゴメスの縄張りだった場所を、マスター&ブラスターと名乗る二人の男――一人と一匹と言った方が正確だが――が支配している。こちらのボスは見た目こそ不気味であるものの、マスターの優れた経営手腕によって、縄張りは目を見張るほどの発展を遂げていた。そのためか、手下の数は増え続けている。

 この二つが主な二大勢力だと言われているが、実はもう一つあるのだ。

 その三番目の勢力は……とても組織と呼べるようなものではない。なぜなら、構成員が十人ほどしかいないからだ。しかし、そのリーダーは、エメラルドシティでも屈指のキレ者ではないかと言われている。その男ジャン・ポール・ロッチナは、病のために大陸に引き上げたジャン・ドテオカに代わり彼の組織を引き継いだ。だが、すぐに組織を解散。新たに『マーティアル』という会社……のようなギャング組織を立ち上げた。そして二大組織はもちろんのこと、数人単位の組織と呼べないような集団とも提携し、徐々に勢力を拡大させている。

 ギースは今のところは、どこの組織にも属していない。一応、ロッチナとの個人的な付き合い、及びちょっとした提携はあるが、彼に使われているわけではない。基本的には腹を空かせた一匹狼……いや、正確には三匹狼なのであるが。


 そして彼は、巨大な塀に囲まれた建築物の前を歩いていた。コンクリート製の塀は灰色で、古びてはいるがまだまだ役目を果たせるだけの頑丈さは維持していそうだ。鉄の扉は赤茶けており、錆び付いていることが一目でわかる。しかし、こちらもまだ頑丈そうで、壊すのは難しいのではないかと思われる。

 その扉の前に、鋭い鋲付きの黒い革ジャンを着た娘がいる。

 美しく輝く銀髪……しかし、切れ味の悪いハサミででたらめに切られたようなショートカット、透き通るような白い肌とよく動く大きな瞳、整った顔立ち……と、顔だけ見れば可愛らしい娘ではあるが……。

「誰かいないであるか! ここを開けるである!」

 娘は一人でわめきちらしている。さらに、地団駄を踏んでいる。しまいには、塀を蹴飛ばし始めた。

 ギースは苦笑いする。

「お嬢ちゃん……何か用かい?」

 声をかけると……娘はこちらを向き、警戒心を露にした顔で睨みつける。

「お前は誰であるか?! 何者であるか?!」

 怒鳴りつけ、身構える娘だが――

「お前……もしかして、ジュドーの所の……マリアじゃないのか?」

 ギースの言葉に、娘の表情が和らぐ。

「そ、そうであるが……お前は誰であるか?」

「ギース・ムーンって名の……ここの管理人みたいなものだ。ここは昔、刑務所だったが、今は死者の眠る場所だぜ。お前こそ何しに来たんだよ?」

「ううう……きょ、きょうでえの……お墓を見に来たのである」

「きょうでえ? 誰だそれは?」

「でっかい双子である。マリアの友だちであるが……マリアは皿洗いの仕事が忙しくなって、しばらく遊べなかったのである。そうしたら……死んで……しまったのである」

 マリアの表情が一気に暗くなる。

 ギースはその言葉を聞くと、黙ったまま扉に向かった。そしてポケットからゴツい鍵を出して、扉の鍵穴に差し込む。

 ガチャリという音。

 ギースは扉を開け、そしてマリアの方を向く。

「マリア、こっちだ……入っていいよ」


 塀の中は妙に広い上、金網があちこちに張り巡らされていた。コンクリート製の小さな宿舎に似た建物があちこちに点在しており、それを高い塀が囲んでいる形だ。舗装された道はまっすぐ伸び、点在している各建物に通じていた。

 そして……塀で囲まれた場所の中心とおぼしき場所には、奇妙な一角がある。そこには点々と、大小さまざまな石碑が設置されていた。石碑の数は、二十は下らないだろう。石碑の周りには、色とりどりの花が植えられ、綺麗に咲き乱れている。石碑には『ビリー・ジョーンズ』『ヒロム・カンジェルマン』などといった名前が刻まれていた。

 そう、この一角は墓地であり、ギースと仲間たちは墓守の役目を担っているのである。


「ここだよ、マリア。愚兄弟の墓はな……一番大きい、あの黒い綺麗な石のところだ」

 ギースはそう言いながら、墓地の中心にある、ひときわ大きな墓石を指差す。

 マリアは無言のまま歩いて行き、墓石の前で立ち止まった。さっきまでの態度が嘘のように神妙な面持ちである。

 黒い墓石は二つ並んでおり、さまざまな色の花に囲まれている。また、墓石は良く手入れされており、綺麗に磨かれ、コケはもちろん汚れも見当たらない。墓石は二つ並んでいるが、その二つを繋げるかのような石板が付いており、文字が刻まれている。

 マリアは持っていたカバンの中から、ゴリラのぬいぐるみを二つ取り出し、墓石の前に供える。

 そして、ギースの方を向いた。

「ここには、何て書いてあるのであるか? マリアは字が読めないである。読んで欲しいのである」

 そう言いながら、石板を指差す。

 ギースはマリアの隣に立ち、刻まれた文字を、ゆっくりと声に出して読み始めた。

「ジョーガンとバリンボー、ここに眠る。彼らは魔神のような強い肉体と、天使のような美しい心を持ち、出会った全ての人間を幸せにした。彼らは友人たちが危機に陥った時、自らの命を差し出して友人たちを助けた。彼らこそが真の勇者であり、ヒーローなのだ。我々は語り継がねばならない、彼らの勇気を。そして、彼らの海よりも深い愛を――」

 ギースは嗚咽の声を聞き、音読を止める。

 マリアは、その場で泣き崩れていた。

「きょ……きょう……でえ……きょう……でえ……もっと……遊びたかった……もっと……なのに……遊べなかった……ごめん……ごめんである……」

 嗚咽交じりの声はあまりにも痛々しく、ギースは思わず目を逸らした。




 ルルシーは地下室で目を覚ました。

 一時間前後の短い眠り……彼女の数多い弱点の一つである。人間は自分を化け物というが、こんなに弱点の多い者のどこが化け物なのだろう、などと考えながら、地下室を歩く。

 ルルシーが今いるのは、刑務所の跡地――ギースとマリアのいる――の地下である。地下に作られた貯蔵庫で、彼女は休むことにしていた。

 そして、隣の部屋にはガロードがいる。ガロードは隣の部屋で椅子に座り、血液の注がれたコップに口をつけていたが、ルルシーの気配を感じて振り返った。

「ルルシー、起きたのか」

 微笑むガロード。だが、その口の周りには赤いものがこびりついていた。

 ふと、ルルシーは思い出す。

 あの日のことを。


「絶対にダメなのです! あなたを吸血鬼に変えるなど、絶対にダメなのです! 復讐など考えてはいけないのです!」

 ルルシーは凄まじい形相で怒鳴りつける。

 普段のガロードなら、確実に引いていたはずだ。しかし――

「ルルシー頼む。奴らを皆殺しに……兄弟の仇を討ちたいんだ。このまま生き延びても、オレは一生後悔したまま……日陰を生きることになる。しかし……人間のままでは、ギャング共を皆殺しにできない。だから……オレを吸血鬼に変えてくれ。頼む……オレにジョーガンとバリンボーの仇を討たせてくれ!」

 ガロードは傷だらけの体でひざまずき、ルルシーに懇願していた。

 しかし、ルルシーは拒絶する。

「あなたにはわからないのです……化け物にされた心の痛みが……人間に忌み嫌われる哀しみが……そんな痛みや哀しみを抱えたまま生き続けることがどんなものなのか、あなたにはわからないのです……」

「もういい! お前には頼まない! オレは人間のままでも行くぞ! ジョーガンとバリンボーの仇も討てず、ただ生き長らえるだけの人生……そんなものはいらない!」

 ガロードは全身を襲う激痛に耐えて立ち上がり、扉に歩き出すが――

 左足を襲う、ひときわ大きな痛み。

 たまらず崩れ落ちるが、それでも凄まじい形相で、ほふく前進を始める。

 すると、ルルシーが音もなく近寄って来て――

 次の瞬間、ガロードの首筋にチクっとする痛み。

「あなたは、本当に世話の焼ける子なのです」

 ルルシーの声。

 そして――


 あの時は、ガロードに負けた……そう思っていた。 放っておけば、ガロードは一人でも行くだろう……むざむざガロードを死にに行かせるわけにはいかないのだ。ならば……たとえ吸血鬼に変わったとしても、ガロードには生きていて欲しい……その思いからガロードを吸血鬼に変えた、はずだった。

 しかし――

 本当にそうなのか?

 ガロードが吸血鬼になれば……自分と同じ化け物になれば、自分から離れていかない……そんな考えがあったのではないか?

 私は……。


「ルルシー、どうしたんだよ?寝ぼけてんのか?」

 ルルシーの心の葛藤など全く気づかず、ガロードは微笑む。

「……ガロード、口の周りを拭くのです。そろそろ、キークさんが来るのです」

「ルルシー……あいつの今の名前はギースだよ。キークなんて呼んだら怒られるぜ」




 ギースは、泣いているマリアにハンカチを差し出した。

「ジュドーも……あいぽんも……めんちんも……みんな忙しいって……だから……お墓には行けないって……どうしてみんな忙しいのであるか……きょうでえの事を忘れたのであるか? きょうでえが……可哀想である……きょうでえ……」

 マリアは嗚咽を洩らしながら、声を絞り出す。

 あいぽんとめんちん? ギースは何の事かわからず、一瞬困惑した。だが、すぐに理解する。目の前の娘は人に勝手なアダ名を付けて呼ぶ癖があるのだ、と……恐らくはジュドーの部下である、アイザックとカルメンのことであろう。

「マリア……忘れたわけじゃないんだ。ただ、ジュドーもアイザックもカルメンも、今は組織の一員なんだ……でっかい組織のな。組織ってヤツに関わると……個人の意思なんざ、どうでもよくなる。だから――」

「ソシキ……何であるかそれは! そんなの知らないである! みんな冷たいである! ひどいである!」

 マリアの声が、激しさを増す。

「だからオレは組織ってヤツを辞めたんだ。あそこにあるのが、組織にいた頃のオレの墓だ……って、そんな事お前には関係なかったな。なあマリア、ちょっと来てくれよ」

「何で……何であるか」

 マリアは依然、泣き続けている。

「ほらほら、いつまでも泣いていると、兄弟に笑われるぞ……なあ、お前に友だちになってもらいたい奴らがいるんだ」

「だ、誰であるか……」

 マリアは鼻をすすり上げ、嗚咽をもらしながらも立ち上がる。

「ガロードとルルシーっていう名で……オレの友だちであり、兄弟の親友だった奴らだ。ここで……墓守をしている。たまに来て、話し相手になってやってくれ。お前なら、きっといい友だちになれる」

 いつの間にか、ギースの不快感が消えていた。

「おっと、その前に……その隣にあるのが、ベリーニの墓だ。ベリーニは覚えてるな?」

「おお……べりりんであるか……覚えているである……おまわりさんである……べりりんのサンドイッチ……おいじがっだ……」

 マリアは、また大粒の涙をこぼし始めた。ひっきりなしに嗚咽を洩らしながら、言葉を続ける。

「ううう……がなじいである……なんでごんなにがなじい……」

「人が死ねば……悲しいもんだよ。誰かが死ねば、涙を流す奴がいる……それが生きた証だ。お前の悲しみの大きさは、兄弟の……そしてベリーニの……生きた証の大きさだよ。当然のことさ……ベリーニの墓にも何か供えてあげな」

「わがっだである……」

 マリアは泣きながらカバンを開け、中からカエルのぬいぐるみを出し、墓石の前に置いた。

「べりりん……ぎょうでえ……もう嫌である……誰もじんではいげないである……ごれ以上……じんだらゆるざないである……」

 途切れ途切れの言葉を発しながら、墓石の前で泣き続けるマリア。

 ギースはふと、たまらない切なさを感じた。

 もし自分が死んだら……こんな風に泣いてくれる奴はいるのだろうか。

 いるわけねえよな……。

「マリア……行こうぜ。二人が待ってる。ガロードとルルシーの……友だちになってやってくれ」






 すみません。話を追加するのは、これで最後にします。いずれ続編も書きますが、その場合は違うタイトルで違う作品として出します。完結後にも関わらず、素敵なレビューを書いてくださったパン×クロックスさん、大槌小太郎さん、ぐうたらさん、立花黒さん、本当にありがとうございました。最後まで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。楽しんでいただけましたら幸いです。






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