誰も知らない
キーク・キャラダインは最近、ガロード宅に入り浸っている。
ルルシーにさんざん嫌みを言われながらも、リビングでくつろいだり、勝手に台所を使ったり……。
要は、人の家を自分のセカンドハウスとして使っていたのだ。
だが、その日はいつもと様子が違った。
「本当か?! フォックスとやれるのか?」
「ああ。よくわからんが、向こうからの指名らしい。どうする、ガロ?」
「やるに決まってるだろうが!」
いつものようにガロード宅にサボりにやって来たキーク……のはずだったが、その日は神妙な顔をしていた。入ってくるなり突然、ガロードとフォックスの闘いが決まった、と言ったのだ。
なんでも、昨日ドラゴという大物ギャングのかなり強引な申し出があり、プロモーターも嫌とは言えなかったのだという。
「ドラゴって男は、最近エメラルドシティに来た一匹狼のギャングだが、オトワ屋と手を組み、あっという間に大物になりやがった。そいつが、お前とフォックスの試合をどうしても見たいと言い出してな」
キークはそう言っていたが、ガロードにとって、そんな細かい事情はどうでもよかった。
フォックスを殺す。バトルリングで闘う理由の半分はそれだったからだ。
「キークさん……他の方々は、フォックスの正体を知っているのですか?」
ルルシーが尋ねる。
「ゴドーの親父は知っている。他の連中も知ってると思うぜ。暗黙の了解ってヤツだよ。リング上で正体を現さない限りは、何も言わないだろうよ」
その頃、クリスタル・ボーイとジュドーは、開店前のバー『ボディプレス』に来ていた。
開店前のバーは暗く、もの悲しい雰囲気が漂っている。『ボディプレス』は広いがゆえに、よりいっそう寂しさを増している。
そんな中、ママのアンドレはカウンター席に座り、タバコを吸っていた。
「ちょっと〜、来てくれたのは嬉しいけど、何でこんな時間に……どうせ来るなら、営業時間中に来なさいよね」
アンドレは、迷惑そうでありながらも、どこか嬉しさも見える表情で二人を迎えた。
「アンドレ〜、久しぶり……ところで、あんたに聞きたいことがあるんだ」
ジュドーは人懐こい笑みを浮かべて、アンドレに言う。
「どうせ、そんなことだろうと思った……で、アンタは何を知りたいの?」
「マークが殺され、そしてジョニーが殺された……アンドレ、あんたは何か聞いてないか?」
「聞いてない……聞いてないけど、ヤバいことになってるわね」
そう言った後、巨大な顔をしかめるアンドレ。
ジュドーは黙ったまま、アンドレの言葉を待っている。
「アンタ、本当に憎たらしいわ……タイガー姐さんも今、部下をどうにかなだめてるとこ。それに……死神とギャリソンさんもいるから、かろうじて押さえてられるけど、この二人が消えたら本当にヤバい」
「ヤバいってことは……ゴメスん所と一触即発ってことだな。じゃあ、どうにかしないとな……」
ジュドーは誰にともなく呟いた。
ボーイは少し離れた位置で、黙ったまま二人のやりとりを見ている。
「で、アンタたちは何なの……できの良くない探偵さんてワケ?」
タバコの煙を吐き出しながら、尋ねるアンドレ。
「まあ、そんな所だよ。何かわかったら、店の方に連絡してくれ」
「ガロード、遊ぼうぜ」
「遊ぼうぜ」
ガロードの手を引っ張る愚兄弟。
今日もまた、仕事があるとかで、ボーイはガロードに愚兄弟を預けていったのだ。
楽しそうにガロードにまとわりつく愚兄弟ではあったが――
「あなたたち! 今日はおとなしくするのです! ガロードは明日、大事な試合があるのです!」
ルルシーが怒鳴りつけると、愚兄弟はビクッとして手を引っ込める。
「ごめん」
「ごめん」
ルルシーとガロードに謝る愚兄弟。
しかし――
「いや、いいよ。ジョーガン、バリンボー、外で遊ぼうか」
ガロードはそう言って、にっこり笑った。
「ガロード! 何を言ってるのです――」
「大丈夫だよ。むしろ、この二人と遊んでる方がストレス解消になる」
ガロードはルルシーにそう言った後、愚兄弟の方を向いた。
「さあ、遊ぼう。ただし、今日はプロレスはやらないからな。外で散歩してから、ジュドーの店でご飯食べるか?」
「おお! 散歩か!」
「ご飯か!」
愚兄弟は楽しそうに跳びはねようとするが――
「あなたたち! 跳びはねてはダメなのです!」
ルルシーの一声で、愚兄弟はジャンプする寸前、動きを止める。
一方のジュドーとボーイはあちこち歩き、そして様々な人間から話を聞いた。
その結果、わかったことが一つ。
「何なんだ、これは……マークを殺したのは、キークの野郎なのか? 何やってんだ……」
ボーイは誰にともなく呟いた。
「ああ……死体を発見したのは奴だし、首についてたワイヤーの痕ってのがな……ただ、証拠がない。仕方ねえ、とっ捕まえて吐かせるか」
ジュドーが、その呟きに応える。
しかし――
「それは簡単にはいかねえぞ。キークの野郎は手強いぜ。それに、キークに手を出したら、ガキ……いやガロードも黙ってないだろうな。ガロードはキークになついてやがる。こいつは面倒だぜ、ジュドー」
「……」
黙ったまま、うなずくジュドー。
「なあジュドー、この件はオレに任せてくれないか。今キークがいなくなると、こっちの仕事に差し支えるんだ。それに……奴には借りがある」
「借り?」
「ああ借りだ。ジュドー、頼む。しばらく、オレに預けてくれ」
ボーイは、すがるような表情でジュドーを見た。
「ボーイ……お前、変わったな。奴らと関わってから、お前変わったよ……」
ジュドーは目をつぶり、首を横に振る。
だが次の瞬間、ため息をつき、ボーイを見る。
「わかった。オレもお前に借りがある。しばらく、お前に預ける……ちょっと待て、あれ見ろよ……」
突然、ジュドーが立ち上がる。
つられてボーイも立ち上がり、ジュドーの視線を追うと――
ガロードと愚兄弟が、連れ立って歩いていた。
愚兄弟はその巨体を揺るがし、嬉しそうにピョンピョン跳びはねている。
「ガロード! 何食べるんだ!」
「何食べるんだ!」
愚兄弟の今のテンションは、異常に高い。筋肉質の体と相まって、普通の人間なら、確実に引いてしまうだろう。事実、悪党を見慣れているはずのここの住人でさえ、遠巻きにして見ているのだ。
「何やってんだよ、あのバカ共は……」
ボーイは唖然とした表情で呟いた。
その頃、ガロード宅では――
「いつまでいるのです、キークさん」
リビングでくつろぐキークに、不快そうな表情でとげとげしい言葉を放つルルシー。
「そんなに嫌わないでくれよ……招かれざる客は帰るとしますか」
そう言うと、キークは立ち上がる。
「待つのです。フォックスを殺したら、残るはギリヤークだけなのです。ギリヤークを殺したら……あなたはガロードの前から消えてくれるのですよね?」
「さあ、どうだろうね……たぶん消えると思うよ」
キークはルルシーの方を見ようともせず、玄関に向かう。
「止まるのです! まだ話は終わってないのです!」
ルルシーは素早く動き、キークの腕をつかむ。
「あなたは……何を考えているのです? 何をする気――」
「離してくれよ。明日の試合の打ち合わせしなきゃならん。今オレが死んだら、面倒なことになるぞ」
ルルシーを見ようともせず、淡々と語るキーク。
ルルシーはキークの態度に異様なものを感じ、彼の顔をじっと見つめる。
疲れきって、そして何かを諦めてしまった顔をした男が、虚ろな目でルルシーを見返してきた。
「オレは……お前らとは違うんだ。いろいろ忙しいんだよ」
そして――
「おいガキ……オレはお前に、こんなことしてくれ、って頼んだか?」
「何が悪いんだ?! ジョーガンとバリンボーを連れて散歩しちゃいけないって言うのか?!」
路上で怒鳴りあうボーイとガロード。
愚兄弟はその横で、困った顔をしている。
仕方なく、ジュドーが止めに入った。
「お前ら、そのへんにしとけ。ここまで来たんだ。ウチで何か食ってけ」
ジュドーがそう言った途端――
「ボス、腹減りました」
「腹減りました」
愚兄弟は、言い争っているガロードとボーイの間に割って入る。
「……仕方ねえ、メシ食うぞ」
ボーイはそう言うと、ガロードから視線を逸らし、さっさと歩き出した。
「ガロード、メシ行こ」
「メシ行こ」
愚兄弟は嬉しそうに、ガロードの腕を引っ張る。
その後ろから、ジュドーがついて行く。
歩きながら、ジュドーは考えた。
キーク・キャラダイン……何者だ?
不思議な奴だよ。ガロードはともかく、いつの間にか、ボーイまで手なずけてやがる。
だが……
もし、奴がオレの考えたような、最悪の事態を招く男ならば……
ガロードやボーイを敵に回しても、オレが殺す。
そのキークは今、地下道を歩いていた。
暗く、そして異臭の漂う地下道をまっすぐに歩いていく。
左手に持った懐中電灯のわずかな明かりだけが頼りだ。
やがて、キークは歩く速度を落とした。
地下道の先に、巨大な何者かがいる。ずっと地面にしゃがみこんでいたが、キークとの距離が近づくのを見て、ゆっくりと立ち上がった。
形は人間そっくりであるが、肌は灰色をしていた。大きさは三メートルほど。髪の毛があるであろう部分には、灰色の地肌がそのまま見えている。口は耳元まで裂け、のぞいている歯は鋭い。腕は異常に長く、指には鉤爪が生えている。一応、衣服らしき物を身にまとってはいるが、異常に発達した筋肉を隠しきれていなかった。
それだけでも異様だが――
その怪物は、背中に奇妙な小人を背負っている。
身長一メートルあるかないかのその小人は、怪物の背中の上でキークをじっと見つめていた。
キークはその、得体の知れない二人に向け、ため息をついて見せる。
そして口を開いた。
「そろそろ出番だ。フルパワーで暴れてもらうからな……」




