最終話 伊佐埼七緒は
ワイワイとうるさい観衆に囲まれつつミルルさんに泣かれながら右手を回復した後、僕達は漸くエントランスの端で一息つくことができた。
「やっと座れる……」
「椅子もなにもないけどねぇ」
人化したシエルが隣に座る。その顔は何だか嬉しそうだ。エレーナとミルルさんは今、グラスタ行きの馬車を探してくれている。一通り経緯を話したところ、疲れてるんだから座って待ってろと指示されたので、鋭意実行中である。
「ザルクヘイム、攻略しちゃったね!」
「ね~。あ、まさかとは思うけど満足したからって成仏とかしないよね?」
「しないしない! 大魔術師だよ? 探究に終わりはないんだから、満足なんて一生出来ないよ!」
「はは、それもそうか。安心した」
「え~? それって、私と離れたくないってこと?」
「そりゃあ……まぁ」
改めて言葉にすると妙に気恥ずかしい。僕達は別にそういう関係性ではなかったはずだ。モンスターをテイムした側と、テイムされた側。あくまでシエルはモンスターだ。でもそれは今でもそうなのだろうか。今のシエルを見て、今までのシエルを見て、今でもシエルをモンスターだと言い切れるか?
僕にはそれは、少し無理のある話だった。大体、シエルは元々人間だ。それを言えばモンスターの瘴気や魔素や、なんて話は終わりがない。だがシエルはシエルだ。
「え、へへ……ちょっと意外、かな」
「なにが?」
「いや、ナナヲ様はそういう線引き、上手だからさ」
「まぁ、ちゃんとしようって意識はしてたよ。一緒に住んでたわけだし」
「偉いよねぇ。そういうところ、好きだよ」
「ありがと」
妙に照れ臭いのは普段こういう会話をしなかったからだろうか。変に意識してしまうのは激戦の後で疲れてるからだろうか。
「そういえば……」
「ん?」
「シエルとこういう風に何気ない会話したことなかったかなって」
「今更気付いたの? めっちゃ淋しかったんだからね。私ってほら、わかると思うけど結構お喋りするの好きなんだから」
「うん、わかる」
「こういう何気ない会話も、魔法とか好きなこともいっぱいいっぱい話したいんだから。全然満足できない。成仏してる場合じゃないよ!」
確かに僕はシエルの好きな食べ物も知らない。これはちょっと意識のし過ぎで、逆に意識してなかったな。シエルだって生きてるのだ。これからはもっとちゃんとしなきゃいけないな。
「ナナヲ! 馬車拾ったわよ! てか近い! 離れろ!」
「やだね。シエルは僕の相棒なんだから」
「エレーナちゃんもこっちおいで!」
「えへへへへへへへ……」
「いや馬車行くんでしょ?」
立ち上がった僕の空いたスペースにエレーナが座り込み、シエルに愛でられて気持ち悪い笑みを浮かべている。
「ナナヲ様、行きましょう?」
「行きますか~」
2人を置いて僕とミルルさんで馬車のターミナルへと向かう。その後ろをエレーナをお姫様抱っこしたシエルがついてくる。結局グラスタに帰るまでエレーナはシエルのそばを離れることはなかった。
□ □ □ □
グラスタに戻った僕達は一旦別れることにした。流石に疲れたというのが本音だ。エレーナとミルルさんは泊っている宿へ向かい、僕とシエルは墓守協会へ顔を出す事にした。勿論僕達も疲れているので、その辺は分かりやすいように疲れた顔をしていく。
「ただいま戻りました」
「ナナヲ!」
「やぁアル君。久しぶり」
カウンターの向こうに座っていたアル君が机を乗り越えてこっちへ走ってくる。そのまま抱き着きでもするような勢いだったがそれはなく、僕の腕や足を触って怪我がないか確かめていた。
「お前なんだよその目の傷! 血は出てないみたいだけど大丈夫か? 他に怪我してないか?」
「あーうん、目は大丈夫。後は右手が粉々になったけど治してもらったから大丈夫だよ」
「粉々!?」
ちょうど触っていたのが右手の近くだった所為か、慌ててその手を引っ込めて心配そうに僕の顔と手を交互に見ている。忙しい奴だな。だがとても嬉しい。
「騒がしいな、どうしたんだ?」
「支部長、ナナヲが帰ってきました!」
「何だって!?」
アル君があんまりにも騒がしいものだから支部長が奥から出てきてしまった。しかしその騒がしい理由を知って支部長もでかい声を出している。
どうやら僕はすぐには帰れないようだ。
結局それからみっちり8時間程、支部長たちと会議を行った。最初は疲れてるだろうからと気遣ってくれていたのだが、話している内にそれも忘れてしまったのか、僕の報告を実に興奮した様子で聞いていた。その流れで後処理の話にもなった。これに関しては話している間にカテドラル及びカタコンベの放置は拙いという流れになったからだ。
シエルにはこれからザルクヘイム大迷宮郡の管理人として、墓守業務と兼務してもらうことになった。日々の業務に合わせての管理業務は大変じゃないかと訪ねたところ、もうすでにあらかた自動化したというので驚きだ。報告してる僕の横でボーっとしてるなぁと思ってたらそんなことをしていたとは……。
さて、それに関して一番の問題は、ザルクヘイムを今度どう扱っていくかだ。僕としては死人が出る可能性もあるし完全封鎖してしまいたいところだが、それでは探索者たちが食いっぱぐれてしまう。しかし迷宮なら他にも沢山あるし、探索者も自然と其方へ向かうだろう。という意見もあり、これが決まらなくて会議が長引いてしまった。途中から人を走らせて探索者協会や魔法協会の人間、聖天教の人間までも呼び込んでの大会議だ。シエルのことを探索者協会に話すのは気が引けたが、シエルの名が無茶を通させた。シエルの名を聞いた魔法協会の混乱っぷりといったら、あれは面白かった。同時に夜出歩くのは少し恐ろしくなったが。
最終的に決定したのは、神世樹、ユグドラシルの無限成長の永久停止。モンスター《天使》を植物系モンスターへの置き換え。地下の根の浸食は無限成長停止と共に無害化されるので問題なし。死者に関してはこれからもグラスタで受け入れると共に、死体は保存し、必ず仲間の元に返すこと。
入るのは自由。入らないのも自由。これが原則となった。尚、入場料を取ろうなんて言い出した馬鹿(アル君)は支部長に頭を叩かれていた。
こうして長時間に及ぶ会議が終わり、漸く解放された頃には朝日が昇り始めていた。
「うわぁ……何だか懐かしいな。日の出なんて久しぶりに見た気がする」
「確かにね~。ナナヲ様と2人で職場改善に必死だったあの頃を思い出すよ」
並んで眺める日の出は何処か神聖さを感じる。それを邪神様と見ているというのだからお笑いだ。だが街並みの影を取り払い、ゆっくりと明るく染めていく日の光は見ていて気持ちがいい。
「そういえば、《勇者戦術》って全部太陽に関する名前が付いてるよね。編み出した人もこうして日の出や日の入りを見ていたのかな」
「日の出と共に剣を振り、日の入りと共に鞘に納める。確か、勇者戦術の成り立ちだったかな……」
「なるほど……」
剣に生きた者の言葉と思うと感慨深い。そんな偉人を思い浮かべると、どうしても僕が知る勇者、フィンギーさんが思い浮かんだ。
彼に会わなかったら僕はどうなっていただろう。あっさり死んでたのかな。それともしぶとく生きていたのかな。会わなかったら、フィンギーさんは死なずに済んだのだろうか。
無性に、フィンギーさんに会いたくなる。
「なぁシエル。僕が会議で最後に支部長にお願いした件、通るかな?」
「うん、絶対通る。ていうか通す。でないと私が暴れる」
「それは本当に世界が終わっちゃうからやめてね」
僕がお願いしたのは、僕が管理する第770番墓地に勇者、フィンギー・ノルクの墓を建てることだ。差し支えなかったら、シエルのお墓の隣に。それに関する決議は勇者が所属していた国に確認を取る必要がある為、結果だけを知らせるという形になった。
「通るといいなぁ」
「うん、そうだね」
ぼんやりと今後のことを思い浮かべる。僕は向こうの世界に帰りたいのだろうか。それとも、此処で墓守を続けるのか。僕は、僕を救ってくれたフィンギーさんの墓を守りたい。けれど、あちらの世界にも未練はある。今までが激動の日々だった所為でその気持ちは少し薄れていたが、こうして全部終わってみると望郷という感情が沸々と湧きあがってくる。
「ナナヲ様の考えてることは分かるよ。私ならそれが出来ると思う。多少の時間は掛かるけどね」
「そっか。じゃあ、その時になったらお願いしようかな」
「まかせてよ! 探究は魔導士の義務なんだから!」
シエルがいてくれれば何も問題はない、か。初めて会った時からずっと助けてくれるシエルには感謝しかない。
今後は、僕も彼女を助けてあげられたらいいなと思う。そんな場面があるかどうかは分からないけれど、これは気持ちの問題だ。彼女とは対等でいたい。モンスターとか大魔導士とか邪神とか異界人とか、そんなことは関係ない。
此処にいるのは、1人の女の子なんだから。
「シエル」
「うん?」
「いつもありがとう。好きだよ」
「ふふ、私も好きだよ。ナナヲ様」
多分、伝わってない。でも、これでいい。
まだまだ、時間はたっぷりあるのだから。
これにて完結となります。
空いた期間もありましたがこれまで付き合ってくださり、ありがとうございました。
そして新作も鋭意制作中です。
今後とも、どうぞよろしくお願い致します。




