第五十八話 亜獣神グランギニュエル
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ニヤニヤと笑うギニュエル。失ったはずの左目には僕の目だったはずの《神眼”鑑定”》が埋め込まれ、青い光を放っていた。どうやら上手く機能しているらしい。
「ほう、魔眼ですか」
「嬉しそうだな」
「くふふふ。えぇ、まぁ。貴方の目、とても素晴らしいです」
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべているが、不思議と腹立たしいという感情が湧いてこない。
「それにしても素晴らしい。貴方、こんな素敵な世界を見ていたのですね! あぁ、何もかもが真新しく感じてしまう。この木も、葉も、私も、そして主ですら新鮮だった!」
「そんな良いもんでもないぞ」
「ふっ、貴方には分からないのでしょうね。この目の本当の素晴らしさが。産まれてからずっとこの小さな世界でだけ生きてきた私には分かる。この目は世界を支配出来る素晴らしい目だと!」
確かに知るということは支配することでもある。だからこそ僕はあの目を使い過ぎることはなかった。この目もそのつもりだ。物事の本質を見抜き、一方的に理解してしまうということはそれだけ危険なことだ。その結果が、フィンギーさんの死だった。
「あの主ですら……亜獣神ズルワーンですら私の目には敵わなかった」
「……は? お前、まさか自分の主を……」
「えぇ、殺しました」
ギニュエルはきょとんとした顔で、さも当たり前のように答えた。驚愕の色に染まる僕達とは対照的に、ギニュエルは喜色満面といった風に口角を歪める。
「くふふ、貴方の目のお陰ですよ。私は天使から神へと成った」
「ハッ、モンスター風情が偉ぶってんじゃないわよ! 神だ? ダンジョンに神はいない。此処に居るのはモンスターだけよ!」
「そうです……神とは唯一無二、神世樹だけが神です」
八百万の神が住む国から来た身としては難しいところだが、モンスターが神を名乗ることだけは間違っていると言える。この世界で人に仇なす存在は、人によって滅ぼされるべきだ。
左手を開く。その手の平の一点に集中した魔素が渦を描く様にキラキラと輝く。
「ギニュエル、お前は僕の目を奪うだけに飽き足らず、人界をも被害を広げようとしている。そんなことは到底見過ごせない。だから殺す。絶対にだ。どんな手を使ってもお前を殺す」
「くふふふ……くははははは! 我こそが《亜獣神グランギニュエル》! さぁ人間、我が世界の礎となるがいい!!」
集めた魔素を消費し、『久遠の星』を発動させる。同時並列に発動されたバフ魔法が僕を強化する。それを維持するように循環する魔素の環が二つ、頭上で光り輝いた。
流れる魔素が、魔力が、僕の右目を赤く染める。それと対照的にギニュエルの左目が青く輝き、僕を視た。
「『魔眼”解明”』……!?」
「おっと」
「なっ……!」
鑑定はさせない。魔眼の力で流す魔素にノイズを流す。鑑定妨害とでも言えるか? これも魔眼の力で生み出したものだ。
「何をした!?」
「邪魔しただけだ!」
「チィッ!」
《星天剣アグレフィエル》を引き抜き、ギニュエルに斬りかかる。憎々し気に舌打ちをしたギニュエルが《鏡冥剣ネフィリム》でそれを防ぐ。散る火花など気にもせず、連続の攻撃。ギニュエルは防戦一方だが、それも仕方ない。『久遠の星』と『魔眼”解明”』の合わせ技の所為でギニュエルは防戦をさせられているのだから。
「くぅ……神をも喰らい、進化したはずの私が……!」
「共喰いが天使の強さの秘密か」
「えぇ、まぁ……ですが私にはもう天使同士の喰い合いの制約はありませんよ……! あの悪喰の神を喰らったのですから! 喰えば喰う程に私は強くなるのです! いずれは人界をも喰らい尽くし、神をも超える神へと……」
「させる訳ないだろ!」
渾身の一撃をお見舞いしてやる。ギニュエルはそれを防ぐも後方へと吹き飛ばされる。其処へシエル、エレーナ、ミルルさんの魔法の追撃が飛来し、大爆発を起こした。
が、その爆発が一点に吸い寄せられるように吸収されていく。
「拙い!」
久遠の星で発動している防御力上昇と魔法防御力上昇の出力を上げていく。すると不思議なことに手にしていたアグレフィエルが淡く光り始めた。だがそれを気にしている余裕はない。自身を、そして後方の彼女達を守るようにアグレフィエルを盾に攻撃に備える。
「キィィィェェエエアアアアアアア!!!!」
劈くような奇声をともに放たれた極彩色の魔力の奔流が視界いっぱいに広がる。防ぎきれるか不安になったその時、輝きを纏っていたアグレフィエルがこれでもかと光り輝く。その白さに思わず片目を瞑ってしまう。だが魔眼だけはしっかりとその光の正体を解明していた。
『星の光盾 星天剣に封じられた星の光は全てを拒絶する』
それがこの光の正体だった。光は形を成し、無数の六角形へと変形し、繋がり合う。その結果、巨大な盾が姿を現した。
「星の光……そうか、星の力、『久遠の星』は、この為の……!」
全てを見通し解明する魔眼の力はこの剣のことも解明していたのかもしれない。そうとしか思えなかった。だって、この剣はフィンギーさんから受け継いだ剣だ。受け継いだだけの剣だったはずだ。それが僕の魔法で真価を発揮するなんてあまりにも偶然が過ぎる。
偶然だと思いたかった。いや、偶然でなければならなかった。だってこれが必然だったら、僕はフィンギーさんと戦う運命だったってことだ。それは避けなければならない運命のはずだ。いや、必ずしも戦う運命だったとは言い切れないが、フィンギーさんの愛剣を僕が受け継ぐシーンが想像できない。僕はただ、この世界に紛れ込んだだけの人間だ。異物だ。勇者足りえる素質も資質もない。
「それが何故、こんな……」
「こんなはずが……あってたまるかァァァァァァ!!」
吠えたギニュエルが放つ魔法の威力が上がる。だが《星の光盾》はヒビ一つ入ることなく、魔法を防ぎ続ける。
結果、ギニュエルの魔法は威力が減衰していき、最後は掻き消えた。ハニカム構造の光盾は互いに重なっていき、最後の一枚が粒子となって消える。
「はぁ、はぁ……くそ……っ」
「今のも悪喰の力か」
「えぇ……貴方には効かなかったようですが……」
「放った魔法をも喰らうとは、流石に驚かされたけどね」
実際、まったく予想はしていなかった。悪喰の神の力がどれほどのものか分からなかったし、その上で剣を合わせた結果、倒せると思っていた。それがこんな隠し玉があるとは……。魔法を喰らうのであれば、恐らく喰えないものはないだろう。此方の攻撃も考えなければならない。
「と言っても、此奴で斬るしか手はないんだけどな……!」
「くははははは! 死ぬがいい、人間!」
結局喰われないように攻撃するしかなかった。口で喰うなら口を避ければいいだけの話だ。今の僕にはそれが出来る。
ギニュエルは時折紳士的な口調と態度ながらも戦い方は以前よりも獣じみた動きが増えてきた。剣での攻撃はあるが、爪や牙といった自身の持つ武器を使うことで手数が増えた。それをいなしながら口以外の部分を攻撃する。
《久遠の星》の思考加速と《魔眼”解明”》った先読みによる避ける先への攻撃は適確にギニュエルの体力を削いでいく。神になったからか、厄介な自動回復スキルを得たらしく、なかなか決定打を入れられない。
勿論、戦ってるのは僕だけではなく、三人とも適確に魔法を入れて助けてくれている。特にミルルさんの回復魔法はとても助かっている。バフ魔法自体は無限に魔素を吸収・循環することで維持は可能だが集中力や、そもそもの怪我等といった部分はバフ魔法じゃカバーできない。そういった点をカバーしてくれるのは本当にありがたい。
かと言ってエレーナやシエルが役に立ってないなんてことはまったくなく、僕の攻撃後の隙や、回避後のギニュエルからの追撃の邪魔は僕の命を助けてくれている。ただ難しいのはギニュエルが魔法を食べることと、僕を執拗に攻撃してくる所為で大火力の魔法を放てないことにある。離れてしまえば大魔法を放てるかもしれない。けどそれを悪喰によって吸収され、攻撃に利用されてしまうと一転して此方のピンチになりかねない。
なので放てる魔法としては弾丸タイプの速度重視か、床から発動させるタイプの奇襲系しか放てなかった。
「いい加減にしろぉ!」
「はぁっ!」
「ガァッ!」
苛立ちを隠さなくなったギニュエルの攻撃を受け流し、返す刀で左の肩を切り離す。よろけた所に蹴りを加え、そのまま振り抜いた威力を殺さずに左足を軸に回転し、後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。
吹き飛ばされた所へ飛来する魔法。だが以前とは違い、大爆発は起こらない。軌道制御された変則的な動きをする弾丸が床に転がるギニュエルを撃ち抜いた。
「ぐぁああ!!」
悲鳴は聞こえるが決定打にはならない。自動回復が切れるまで痛めつけないといけないかと思うと頭が痛い。
滲む汗を手の甲で雑に拭う。次はどう仕掛けようかと思案しているとギニュエルがゆっくりと立ち上がる。
が、様子がおかしい。何かをブツブツと呟きながら手にしていた剣、《鏡冥剣ネフィリム》を見つめている。
『鏡冥剣ネフィリム 現世と冥界を繋ぐ鏡から作られた剣。刃に映した相手を冥界に引き込む』
《魔眼”解明”》が解き明かしたネフィリムの力は厄介だった。冥界ってことは死後の世界だよな。実在したのか……。今まで普通に鍔迫り合いをしていて無事だったのはギニュエルが剣の力に気付いていなかったからだろうか。それとも何か別の要因が?
しかし、今はギニュエルの《神眼”鑑定”》がネフィリムを捉えていた。
「冥界と繋ぐ……冥界の力……それがあれば……」
嫌な予感しかしない! 今すぐあの剣を手放させないと絶対厄介なことになる!
慌てて俊敏上昇の出力を上げ、更に《墓守戦術 一葬”骨喰み”》を利用して最速の一撃を入れようと接近する。
だがギニュエルはそれよりも早く、剣を飲み込んだ。




