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交戦開始

 時間が過ぎ、午後十一時。

 先日の一戦で遊具が壊れてしまった公園には立ち入り禁止のテープが貼られていた。

 しかしそんな公園の壊れた遊具の上に、天叢雲は人間の姿で座っていた。

 手慰みに小石を握り、握力で握り潰す。

 潰された石は粉末となり、サラサラと天叢雲の手からこぼれ落ちていく。


(ふぅむ……ここはやはりいいですね。彼の母親と戦った場所だからか)


 先日の龍臥との戦いも天叢雲には心地よかった。二代に渡って戦うことは本来ならばありえないことだからだろう、と人間のような感想が浮かぶ。

 前回は邪魔が入ったせいで食べることは叶わなかったが、龍臥は近いうちに来るであろうという確信もあった。

 母を殺された恨み、という怒りを持っている人間というのは、負の感情を好物とする妖魔にとっては最高のスパイスで、人間でいうA5ランクの高級肉と一緒である。

 濃厚で、甘美に、そして口に広がる旨みは想像するだけで涎が出るほどに美味そうだった。

 まだそれほどの味を口に入れたことのない天叢雲だが、香りだけでもそれほどのものがあった。


「彼を食べれば、私はもっと……もっと強くなれる」


 強い人間は栄養価が高い、というのが天叢雲の中での真実だった。

 今までも天叢雲は幾多の刺客に襲われ、その中には龍臥や炎のように鋼鉄兵器を持っている者もいた。

 だが幾度も返り討ちにし、その死体を食してきた。

 その時の共通点が、弱い人間よりも戦う人間の方が美味いという結論だった。


(あの忍者の女性もきっと美味でしょうが……彼に比べれば味は前菜となるでしょうか)

「ああ……夜にしか動けないこの身が、あまりにも憎い」


 もっと明るい時間にでも動けるのならば、探し出すことも容易いはずなのにとため息を吐く。

 その姿は何も知らない人が見れば、愛しい人を待つ美少女のそれだったであろう。

 実態は、人々の生活を脅かす人外の存在。

 だからこそ……その脅威を知っているものは最善を尽くすのだ。


「!?」


 天叢雲の頭に衝撃が走る。

 ダメージこそ入っていないが、不意に撃たれた一撃に反応ができなかった。

 常人をはるかに凌駕している妖魔の視力で周囲を見渡すも、なにも公園近くの建物以外は見当たらない。

 そして反対側からまたも衝撃。痛覚はないが、当たって地面に落ちたものを拾い上げた。


「これは人間の武器の弾、ですか。この間の警察官の物よりはいささかマシですがこんなもので私を殺せるとでも……」

『少しでも気を逸らせたらよかったんだよ!』

「ぬぁっ!?」


 女性の声と同時に頭上からの衝撃。

 反応が遅れ天叢雲の肩にクナイが突き刺さった。

 すぐに襲撃者を振り払い、眼前には蟒蛇を装着していた炎が立っていた。


「あなたですか。怪我が良くなっているようで」

「ふふ、無理をしているだけさ」

「それは残念。そんな負傷者の動きを察知できなかった私もまだまだですね」

「卑怯とは言うまいね?」

「もちろん。なりふり構わず殺しにくるのは、私とあなたの立場なら当たり前のことでしょう」


 今まで返り討ちにしてきたものにもそういう人物たちはいた。

 殺し合いに手段を選ぶべきではないし、そうするほどに妖魔と人間に戦力差はあるのだ。

 むしろ真正面から天叢雲と殴り合いをしていた怜奈と龍臥の方が異常なだけだ。

 しかしだからこそ、腑に落ちないこともある。

 わざわざ声を出してから攻撃する必要はないだろう。あれがなければもう少し深手を負わせることが可能だった、と思う。

 それほど自身の速さに自信があったのだろうか? という考えもなくはないが、無理をしているという炎の言葉に嘘は感じなかった。


(では、なんのために?)


 そう考えたと同時に、背後から殺気を感じ取った。

 この殺気を放っているのは、他の誰でもない……天叢雲が待ち望んでいた人物のものだった。

 無意識に妖魔としてのパーツを出し、振り返って鋏で殺気の源の蹴りを受け止めた。


「ああ……待ちわびていたよ……」

「チッ、止めてきやがったか!」

「よくぞ、よくぞきてくれた! 君と彼女、最高のご馳走だ!」

「食われてたまるかよ、殺してやる」

「彼に同意、だ!」


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