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確かにあったもの

 緊張が解けたからか、龍臥は大きく息を吐いた。

 気がつけば手も汗ばんでおり、握ってもらっていた手で千代が不快に思っていないかを心配する。


「ご、ごめん千代さん。手汗気持ち悪くなかったかな……」

「大丈夫でございますよ、主人様。それよりもお疲れ様でした。握っていた手を通して緊張されていたのは伝わっておりました」

「ありがと。確かにめっちゃ緊張したけど……うん、ちゃんと聞けてよかったよ」


 もしかしたら知らなくてもよかったかもしれないことだったかもしれない。だけれど、少しだけ龍臥の気持ちは晴れやかになった。


「それじゃ炎さんにも俺の父親の名前を教えておくか。忍者の情報網ならなにかしらわかるかもしれないだろうし」

「ですね。大きな前進です! すぐに呼んでまいります」


 言うやいなや外に出ていた炎を呼び、彼女も家へと戻る。

 そして龍臥の父親の名前を聞くと「はぁっ!?」と驚愕していた。


「炎さん? その反応は何かを知ってるんですか?」

「あ、ああ。そうか……そうかぁ……知っているともさ。僕たちはとても恩恵を受けている」

「恩恵ですか? 姉様がそこまで言うのも珍しい」

「千代が知らないのは無理ないさ。僕も聞いたのは父上から頭領を任された時だったし」


 名前もさっき知ったばかりの顔を知らない父親のことを炎が知っていたことが驚きだったが、彼女の話からただものではないということを容易に察してしまう。

 一体どんな人物なのか……緊張が走った。


「教えてください炎さん。俺には、知る権利があると思うんです」

「確かに、君が八神朗人の息子ならこれ以上ない関係者だね。協力をするともしっかり約束をしているから、話させてもらう。君のお父様は……僕や君が使っている装甲兵器の開発者だ」

「は?」


 言っている意味を理解できなかった。

 それは隣にいる千代もそうで、言っている炎自身も「そりゃそうだ」と言わんばかりに苦笑している。

 炎が嘘を言っていないことは間違いない。しかし、言われたことが衝撃的すぎたのだ。


「とはいえ、僕も顔を見たことはない。さっきも言った通り父上から名前を聞いただけだからね。それに……彼は開発者ではあるんだが、今は行方不明の身だ」

「行方不明……」

「ああ。幸い装甲兵器の設計図は残してあったらしいんだが、鳳くんのその零式を見る限りとんでもない才能の持ち主であるのは事実なようだ。お母様に託されたという年代を考えたら旧式もいいところだと言うのにあれだけ戦えるんだからね」


 信じられない、という言葉は飲み込んだ。

 現に今ある零色は愛する母から受け継いだもので、それは父からプレゼントされたものだ。


「昨日の時点で冗談めいて作ったのは父君で、プレゼントしたという予想はしたけども開発者本人だとは思わないよ。相当特別なチューニングをしているものだ、よほど君のお母様を愛していたんだろう」

「……そう、ですかね」

「ああ。製造にかかるコストも昨日話したが、簡単に作れるものではないし整備にだって本来専門の機関が必要だ。そんな物をお守りとして渡し、かつ二代に渡って使えるようなものなんだ。その技術力、手間暇、開発費は僕の蟒蛇や他の装甲兵器よりもはるかにかかっているだろう」


 信じられない話だよ、と炎はいう。

 龍臥と千代も同じ感想で、スケールの大きさに気圧されてしまうばかりだった。

 改めて首にかけている零式を見る。

 整備など一度もしたことないし、やり方も龍臥にはわからない。

 だが、確かに顔も見たことのない父が母を愛していたということは感じ取れたことが、とても嬉しかった。


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