母の過去
7月にエヴォルダーの方はランキング入りしてた事実があまりにも嬉しいです。
「実は俺の父さんのことなんだけど……」
その一言ともに、電話越しだというのに空気が重苦しいものに変わったのがわかった。
今まであえて避けていた話題だったので、こうなることは予測できていたのだが、龍臥としても気まずさが勝る。
母である怜奈が亡くなり、遺言通りに連絡をしてすぐに来て龍臥を引き取ってくれたのが祖父だ。本来なら迷惑をかけたくないとは龍臥も思っているため、申し訳なさが内心に出ていた。
『……そうか、そのことか』
一分ほどの沈黙の後、祖父がぽつりと漏らす。
『確認したいんだが、お前の父を名乗る不審者が現れたとかで電話を?』
「そんな不審者は現れてないけど」
それ以上に怪しい存在である忍者とは仲良く暮らしている、などとは今は言えない。
千代も空いた手で自分の口を押さえて声を出さないようにしているし、おそらくまだバレていない。
祖父は「それならいい」と少し安心したように笑った声が返ってきた。
『まず、じいちゃんはお前の父親を知っている。それは事実だ』
「……どんな人だったの?」
『記憶喪失の男で、玲奈が助けてそれから付き合いがはじまったそうだ。性格はそうさな……じいちゃんがあった感じでは……空っぽだと思った』
空っぽ? と龍臥が呟いた言葉に「ああ」と返事をする。
『あの男は、空っぽだった。記憶喪失だったからと言われればそれまでなんだが、どこか雲を掴めない、そんな男だった。だが、怜奈から聞いていた限りでは腕っぷしも強かったようおだ。それで怜奈も助けられたようだしな』
「あの母さんが強かったって言うんなら、相当だったんだろうな……」
天叢雲と戦っていた怜奈は、間違いなく強かった。
そんな彼女が素直に認めるなら、それは事実なのだろう。
『だが、とある時に記憶が戻って……それが怜奈の妊娠が発覚した時だった』
「なにやってんだ父よ」
『わしもそう思う。娘を傷物にして何してくれとんだボケコラカス、と』
「え、ていうか何? 記憶戻って母さん妊娠させたのがわかったから逃げたってこと? 最低じゃん……ええ、俺も将来そんな男になる可能性あんの……? 正直嫌だ……」
『お前は大丈夫だろ。ま、それで怜奈が家に戻って妊娠報告をしてきた時に言ったんじゃが、逃げたのは怜奈の方だったんだ』
「今の話の流れでそうなることある!?」
『なっちゃったんじゃ。で、わしは……怜奈を叱った』
とても深い、ため息が漏れる。
『あの子は、お前の父親が責任を取ると言ったにも関わらず、記憶が戻った奴の思い出の女に遠慮をして逃げたんだと』
「え……」
『龍臥を身籠ったことは、まぁいい。だが、奴が責任を取ると言っていたのだしそれから逃げるのは無責任だと思ったんだ、わしは』
若い身空での妊娠というだけでも問題ではあったが、逃げるのは違うと祖父はこぼした。
『そしたら怜奈と喧嘩になってな。今までも親子喧嘩はしていたが、一番激しかった。そしてその日から、あの子は戻ってこなくなった。携帯も解約していて、連絡も取ることができなくなっていたから途方に暮れたもんだ……』
鼻を啜る音が電話口から漏れる。
祖父にとっても、あまり思い出したくないことなのだろうと龍臥は察した。
なにかしらの重い話になることは想定していたが、想像以上だった。
「あの、じいちゃん……ごめんな、辛い話思い出させちゃって」
『いや、いいんだ。いずれ聞かれるとは、思っていたからな。だから幼いお前から電話がかかってきた時は、本当にびっくりした。そして出会ったお前は……小さい頃の怜奈にそっくりだった。昔を思い出したよ……』
「じいちゃん……」
『っと、いかんいかん。話がだいぶ逸れたな……お前の父親に関しての話だったのに。記憶が戻ってからのやつには怜奈が撒いたから会ってないからわからんのだが、名前は八神朗人だったな』
「八神朗人……教えてくれてありがと、じいちゃん」
『いいんだよ。ところで……』
「ところで?」
『お前なんか変なことに巻き込まれてるんじゃなかろうな。お前と怜奈は本当に性格も似ているから巻き込まれるのも心配だし、首突っ込んでないかいつもヒヤヒヤしてて……』
(あ、やべぇ)
祖父に本当のことを言うわけにもいかない。
現在進行形で危ないことも直近で命懸けの殺し合いをしているなど言えるわけがないのだ。現在泊まっている千代と炎のことも含めて、龍臥もいつ切り出せばいいかわかっていない。
わかってはいないのだが、今ではないと言うことだけはわかる。
「あはは……ま、まぁもう少ししたら話したいことはあるからそれまで待ってもらえると助かる。かなぁなんて……」
乾いた笑いをこぼす龍臥。それを聞いた祖父は……はぁ、と本日何度目かのため息を吐いた。
『龍臥、お前の性分は怜奈譲りだから止められないのはわかっている……だから、近いうちにちゃんと顔を見せなさい。おばあちゃんもお前に会いたがっているしな』
「うん、わかった」
『そして帰ってきたら、ちゃんと『本当』のことを話せ。いいな』
暗に隠し事をしているのはわかっている、ということを祖父は言っている。
(敵わないなぁ、じいちゃんには。母さんもこういう性格をわかっていたから、最後に俺を任せたんだろうな……)
「わかった、必ず話すよ。今日はありがとね、ばあちゃんにもよろしく」
それじゃ、と通話を切った。




