00. プロローグ、っていうか今回の煩悩 Cling or XXXXXXXXX
みなさん。
こんばんは。
童貞最終回を迎えようとしている、鳴滝禅です。
ただいまの時刻は深夜二時ごろですが、ぼくは今、自室ではなくその隣のお姉さんの部屋で横になっている次第です。
…………。
とかなんとか、面白おかしく一人語りしてしまうくらいの大ピンチなのである。
とりあえず状況を説明すると、だ。
夏本番となったこの季節、クソボロアパート望粋荘の住人室にはエアコン、クーラー、扇風機など存在しない。網戸すら。
その上、あらゆる地球上の生物の中で俺が最も恐れている――蝉。
やつらの侵入経路、窓を開放するなど断じてありえない……。
熱帯夜と寝不足に苦しんだ俺は、エアコンが設置されているお隣さんに両手を合わせ、額を床に貼り付け、誠心誠意を込めてお願い申し上げたのである。
すると優月は黒ずんだガム跡でも見るような目で「熱中症か……死体が出ても困るしな……」とはちゃめちゃに物騒な結論に行き着いて、なんと設定温度二十八度のお部屋に入れてくれたのだ。
やったー!
快適な密室で、お姉さんと二人きりだー!
そこまでは良かった。
…………。
……俺は愚かだった。
そんな状況で、絶賛童貞中の俺がスヤスヤと寝られるわけがないのだ。
YESかNOかの確認も無く、流れるように持ち込んだ布団に横になってしまった為、優月の本意などわかるはずもなく。
ただ単に俺を哀れんだ可能性だって十分にある。
行くべきか行かざるべきか……。
究極問題の答えが出ず、目も下半身もギンギンのまま、この時間になってしまった……というわけである。
一体、俺に……どうしろと!
俺はッ、この状況でッ、どうすればいいッ!
優月、何かサインを!
何かGOのサインをくれ!
出来れば俺に責任問題が発生しないように、臥所 を共にして良い系のことを具体的に言ってくれ!
「ん……んぅ」
狭い和室、並ぶ布団。
執念が届いたかのような布ズレの音に首を向ければ、こざっぱりした半そで短パンのルームウェアにかかる長い黒髪と、掛け布団に抱きつくように寝返りを打った優月の背中が見えていた。
「禅……」
はぁい……!
「もう……待て、ない……」
な、な……なにを?
「……ち、ん……いれ……て……」
ち、ん!?
「早く……」
ちんを、早く、入れる……。
――。
勝利。
完全勝利。
高々拳を掲げ、五分ほどかけて人類としての冷静さを取り戻した後、這いずるようにして薄闇に白く浮かぶ背中に近づく。
跨ぐように両手両足をついて、これであの時……出会った晩にラブホテルで逃したシーンに追いついた。
「ん……早く……もう待てない、入れて」
そうだよな。
優月だって待ってるんだから、男の俺が頑張らないとだよな……!
前髪が彼女の眉に触れたあたり。
吐息も、言葉も明瞭に聞こえた。
柔らかく清純な髪の匂い、闇に浮かぶ白い肌。唇が蠢く。
「禅……っ」
「優月さん……いや、優月っ!」
「禅……やちん」
や……ちん?
「早く……家賃っ」
「…………」
彼女が抱えた掛け布団が綿素材とは思えないほど、ぎちぎちと苦しげな唸りを上げる。
とてつもない悪夢でも見ているかのように眉間にシワを刻んで、優月は仰向けに身を転がした。
歯軋りをしながら「家賃、家賃」とうわ言を続ける。
なあんだ、そういうことかー。
まあそうだろうなーとわかってましたけどねー。
半年近くも滞納してるからねー。
はい、解散!
と、その前に。
奇跡的に巡ってきたこの状況。
……ちょっと……ちゅっとでも味見出来ないか?
バレても、熱中症……ねっ、ちゅう、しよう……? とかで誤魔化せばいいだろ!
――鳴滝禅、行きますッ!
ちゅ、ちゅーっと……。
カッと目を開く優月。
絹を裂くような悲鳴。
駆けつける望粋荘住人フルメンバー。
すまきにされた俺はこの蒸し暑い中、裏庭の木に蓑虫状態で吊るされる。
一仕事終えてあくびをしながら踵を返す面々。
「だからいつも言ってるじゃないっすか、禅くんはいつかやるって!」
「ったく、ブス目当てでやかましくしやがって。寝苦しいったらねえな」
「それじゃあ、みんなおやすみ~」
そして放置ときたもんだ。
「待って! 顔にッ蝉がッ! 助けて、助けてッ! 死んじゃう!」
「近所迷惑だから静かにするっすよ」
「次やったら口の中に蝉入れるからな、性欲猿」
「漢字似てるんだから仲良くしなよ」
「何で蝉の性交渉騒音が許されて、俺の性交渉騒音が許されないんだよッ! 俺だって十代最後の夏なんだよッ! 優月さん、このままじゃ俺死んじゃうよ、本当にいいの!?」
立ちすくんだ優月に天道さんが「ほれみろ」という顔。
「優月ちゃん、ああいう男なんだよ。慈悲を見せると付け上がる性質を持つ動物の雄とか、性欲が服を着てるようなものだと思ってもっと警戒しないと」
「しかし、あいつがしょうがないヤツなのは今に始まったことでは……」
「家賃契約を守らない男が過去にも将来にも責任持てるはずないでしょ。いくよ」
後ろ髪引かれ振り返りつつも優月は、天道さんの小さな手に引かれて望粋荘の影へ去ってしまった。
このまま放置とは連中、容赦が無ぇ……。
待て待て、男を部屋に上げるってのは、つまりそういうことだろ。共にTogetherってことだろ。
それを暢気にグースカ寝入った上に紛らわしい寝言言っておいて、あまつさえ叫んで……悪いのは優月で、俺はその罠にハマったってだけなのに。
汗と共に文句も吹き出る中、再びひょこひょこと影が一つもどってきた――かと思うと優月は水平ミノムシ状態の俺の前にしゃがんで視線を合わせた。
何を思ったかパリッと音を立てて四つ折のチラシを広げる。
目に付いたのは《華武吹町納涼祭り》という赤文字だった。
華武吹町納涼祭り――通称華武吹祭り。
毎年、夏休み最初の土日に、この季節に梵能寺で行われている華武吹町の地元夏祭りだ。
やや早い開催時期は、観光客が押し寄せる前に地元祭りは終わらせてしまおうって大人の都合。
俺も小さな頃はお袋に連れてこられたっけ。
中学くらいで家庭の経済事情ってやつも把握しはじめていたから、それ以降は前を通り過ぎたり、音を聞くだけだったり。
そういや、俺は沙羅と付き合ってた頃に誘ったけれど断られたな……。十四股している誰かと鉢合わせするのを恐れてたのだろう。
貧乏。
沙羅。
そのダブルパンチで俺自身はあまり良い思い出はないが、華武吹町の皆は楽しみにしている街の行事だ。
何度もチラシを折りたたみしたのか、十字に刻まれたシワから、表情の動かない優月がどれだけ浮かれているのかは明白だった。
この状況で、一体何の御用かなどと問い返せるほど野暮でもない。
「あの……ご案内するので、助けてもらえないでしょうか……」
「よかろう」
こういう形ではあるけれど、俺は運よく体よく、優月と夏祭りの約束を取り付けるという実に青春らしいイベントをこなしたのだ。
……と、このフリである。
察していただきたい。





