13. Fight or Flight-(2)
不格好に歩いて距離を詰めた、その果ての一発は互いの顎に入った。
続けざまのアッパーも確かにボディに入った。
俺は精一杯、強がり総動員だ。
正直、めちゃくちゃ効いている。
相手の顔色なんかわかりゃしない、せめてダメージは同じ程度と思いたい。
投げ合い、蹴り合い、殴り合い。
五、六発は重みのある衝撃があって、とうとうブロックしたにもかかわらずガタがきた。
ヒーロースーツのおかげで土砂降りの雨は全く気にならないが、意識を洗い流しそうな雨音と、集中力を散漫とさせるランダムの雷鳴が、着実に神経を蝕んでいる。
「どうした、悪鬼。動きが鈍くなったな」
どうも状況は互角ではないらしい。
ジャスティス・ウイングに疲労が見えない。
「安心しろ、命はとらない。二度と余計なことが出来ないよう、スーツの上から全身の骨を砕いてやる。入院費だけは覚悟しろ」
「はン、俺はもう借金だらけなんだよ、何も怖く――ッ!」
あっという間に距離を詰めたヤツの膝が、俺の腹をベルトごと打ち上げていた。
体を貫通したかと思った。
そんな衝撃だった。
力が抜け、成す術なくぬかるみの中に伏せる。
即座、俺を泥の中に貼り付けるよう、ヤツの足が背中を押さえつけた。
「貴様のような感情に振り回される馬の骨では、人々から希望を集めることができない。即ち、即身明王には成れない。それどころか足手纏いとなる。邪魔をするな。さもなくば……」
「ぐっ、あ……偉そうなこと言いやがって……! てめぇは、誰かに刷り込まれた大儀だ、誰かの無責任な期待に、正義って名前つけられて都合よく振り回されているだけだろうがよ……!」
「下賎が知った風な口を!」
ジャスティス・ウイングの足に力が篭る。
なんだなんだ、逆鱗に触れちまったか!?
「人の望みを叶える事も人の期待を背負う事も出来ぬ、煩悩に踊らされた道化が……!」
「踊らされてる……ああそうだ! 今だって、てめぇをブッ飛ばしてぇって、それだけのために頭が冴えてんだ! 他人様の期待も大儀も知ったこっちゃねぇ……! 俺は俺の感情で、守るモンを守る、救うモンを救う! 俺は俺に踊らされてる! そんで、てめぇは誰の何に踊らされてるってンだ!」
背中の圧迫が緩んだ。
隙を見て抜け出し、再び対峙する。
ただ、もう。
俺はすっかり肩で息をする具合だ。
泥だらけだし、全身痛む。
「骨を砕くだけでは……足らんようだな」
「こっちは死に掛けた身だ、どんだけ痛んでも噛み付くぜ」
「お前の心を、その忌々しい煩悩を挫くッ!」
「上等だァッ!」
口から出た言葉ほど身体は威勢が良くなかった。
必死に足でふんばる。
俺と、ヤツの。
雄たけびの中心で再び赤と黒の炎が爆ぜ、左拳が噛み付き合う。
雷鳴にも似た衝撃音、ぬかるみが飛び散り、互いの足は地面に埋もれつつ距離が開く。
お陰さまで、左手どころか、足までガタがきちまった……。
そんじゃあ次は……右だ!
そうだろ! 鳥野郎! そうだな!
こいつで――!
「お待ちなさいいぃィィィッ!」
野太い雷鼓の果て、俺が放った右ストレートはするりと鉛色の空に打ちあがっていた。
「な……ッ!?」
恐らく、その巨塊の向こう側でジャスティス・ウイングの拳も同じく空を掠めているのだろう。
インパクトの中間に突如立ちはだかったのは、筋肉組織の鎧に薄紫色のカーテンを纏った熊……ではなく、シャンバラのママだった。
双方の拳の軌道を曲げた両腕は、熱した鉄で殴り上げられたように黒ずみ、血が噴出していた。
「ごめんなさい、私としたことが……」
ママは俺に言った。
そして視線を校門に向ける。
閉ざされた校門の柵を乗り越えて、校舎の内側に着地したのは――何故か釘バットを背負った優月だった。俺に何かあったときはしゃしゃり出てくる気に違いない。
「フェアじゃないでしょう……だから、渡しにきたのよ」
ママはそう言って、小さな赤いお守り袋を懐から引き出して見せた。
フェアかどうかは、俺にセコンドがついたことを言っているのだろう。
ジャスティス・ウイングは低く呟く。
「源、三……なのか……?」
「誰かのためじゃなく、あなたは自分の正義のために、自分の欲望のために戦ってちょうだい……! 外側から期待される正義じゃなくて、己の内側から溢れる気持ちで戦うのよ……!」
わずかな逡巡。
「今はお前が持っていろ、そこをどけ!」
やりとりはそれだけだった。
ママは目に涙を溜めながら後ずさり、校舎下で優月と合流する。
互いのセコンド登場でヤツは一旦クールダウンした――ように思えたがどうやら違うらしい。
右手の拳を左手の平に打ちつけたジャスティス・ウイング。
ばきばき、と指の鳴る音が威圧する。
こんな土砂降りの雨の中、こいつに限っちゃ火に油ってワケか。
「即身不動明王として……貴様を挫く!」
「この期に及んで、てめえはまだ正義も明王もヒーロースーツも、そのくだらねぇ大儀も脱げねぇのかよッ!」
右の拳。
ゆっくりと握り込む。
俺も、ヤツも。
「この俺の信念がお前ごときに折れるはずがないッ!」
「この俺の感情がてめぇごときに劣るはずがないッ!」
インパクトは右手の拳、その骨――そして左の顔半分。
俺も、ヤツも。
めッ。
りッ。
ぃッ。
ヒーロースーツのバイザーが砕け、霧散した。
クリアになる左の眼界。
裸の視線がぶつかる。
知っている顔。
心のどこかで想定していた男。
「鳴滝いぃぃぃッ!」
「赤羽根えぇぇッ!」
てめぇがッ!
「貴様がッ!」
「てめぇがッ!」
てめぇがッ!





