21. 変身ヒーローは今日も深い穴を掘る
「それで、今日は何に轢かれたの?」
三瀬川病院、略。
個別診察室、略。
清潔感のある略。
同じく白澤先生。
診察室に入って目を泳がせながら着座した俺を、指差して笑った白澤先生は満足するなりデスクの足元の引き出しから四角く膨らんだトートバッグを取り出した。
俺はすぐに、そいつが何かわかって顔をしかめたが、白澤スイッチはすでに入っており「限定版ディスクゥ! 四十話、一気見いぇーい!」とえらいハイテンションで押し付けられたのである。
ボックスってヤツだろう。ディスク十枚は入っていそうだ。
関係ないが、トートバッグには「LOVE&LIVE」とプリントされていた。確か優月も同じシリーズの持ってたな。ダセェ。
いつもの如くナースがそのテンションに釘を刺し、白澤先生はキリリと眉をつりあげてイケメン医師の顔に戻ったと思うと、先のド失礼な質問をしてきたのだ。
「バイク」
「禅くん」
「バイク!」
「禅くん、無理があるよ!」
「バイクッ!」
「ごり押しかい……マジウケる」
ヒーロースーツの力あれど、さすがにあちこち転げまわりすぎた。
不自然な切り傷、擦り傷だらけになった俺の治療に懐疑の目を向けつつ白澤先生は手を動かしてくれる。
そしてカルテを書き、それをデスクに置く。
「……最近、怪獣とか怪人とか、ヒーロースーツの人たちとか聞くから、物騒なんじゃない?」
ぎくぎくり。
「ソレに限らず、危ないことにはあんまり関わらないようにね。せっかく僕が助けたんだからさ。あー、あのとき警察がらみだったから大変だったなあー!」
「……はい」
「そいじゃ、お大事に。限定版ディスクゥーッ、忘れないでね」
若干スイッチの入りかけた白澤先生から逃げるようにして俺は立ち上がる。
限定版ディスクゥーッの入ったトートバッグを忘れたフリ、などはさせてくれなかった。
後ほど、ふとした拍子に気が付くのだが、このときの白澤先生はスイッチが入っていなかったのだ。
自らヒーロースーツの存在を口にしていたにもかかわらず。
*
「ったく余計な荷物増やしやがって……」
しかもダサい。
病院を出てから、ちょっといい店に服でも買い物に行こうとしていた俺にとっては重大な枷だ。
そう、俺はさすがに一張羅を卒業しようとしていたのだ。
沙羅から預かって、夜の華武吹町に景気よくバラ撒いた万札。
でもこの俺が百万全部手放すわけも無く、三十万ほどちゃっかりくすねていたのだ。
方々に借金返済しても十万は残る。
服を買って、しばらくは豪遊、そしてラブホテル代も出せる見通しが立ったわけだ……!
なんやかんやで俺だって巻き込まれて活躍したんだ。
双樹社長からこのくらい恵んでもらっても罰は当たらないだろう。
……と、病院前で思っている矢先、そっけない着信音が響いた。
着信音設定していない相手の名前は――双樹沙羅だ。
「俺は何を聞いても動揺しない」
言霊を唱えて応答ボタンを押し、耳にあてる。
『一応、朗報よん』
俺の返事など聞きもせず、沙羅は間延びした調子で続けた。
『優月様はそのまま預けるわ。ジャスティス・ウイングだっけ? アレがあまりにも暴れてくれたものだから、沙羅の優月様奪還作戦もボンノウガーくんにけちょんけちょんにされたって嘘報告、大伯父様は鵜呑みにしたみたい。沙羅はやっぱ大嘘の天才』
と、言っていた沙羅だがこの後、彼女が嬉々として動いていたアパレルプロジェクトは経費削減で頓挫。どうやらこの失敗を受けて一時的に干されたらしい。
つまりこの時点で俺にまで嘘をついていたわけだ。自己申告どおり、大嘘の天才である。
「沙羅は大丈夫なのか?」
俺は体調のことを訊いたつもりだったが、戻ってきたのは少々ピントのズレた返事だった。
『沙羅が作戦に失敗したこと、最初は物凄くご立腹だったけど、変身ヒーローの話をした途端に真っ赤な顔色が真っ青になっちゃってね。優月様を眠らせようとした施設のことも、沙羅には口を割ってくれないし。かなりキナの臭いがプンプンしはじめちゃったのよ。ということで沙羅は寝返ることにしたの! 大伯父様には悪いけど、沙羅は名実共にCEOのブランドが欲しくなっちゃった。そもそもただの傀儡社長で終わらせようなんて思ってなかったしね』
なんちゅう軽いテンションで裏切り宣言するんだ、この女。
ここまで野心家だと、逆に魂胆がわかりやすい。
「キナ臭ぇってのは、よくわかんねえけど……剣咲組も相変わらずで、双樹コーポレーションも優月を狙ってるってことか」
優月が華武吹曼荼羅そのものだってわかっただけで、俺たちがヤクザや黒服に追われていたあの夜から、状況は何も変わってないのだ。
『そゆこと。条約反故派、条約維持派……あっちもこっちも敵だらけで大変だけど、優月様の身に何かあるってことだけはないようにね。沙羅も動いてあげるから』
「助けてくれんのか……?」
『利害が一致している間はね。本音言えば……戦力的に、ジャスティス・ウイングがこっちについてくれれば大伯父様と睨みあいが出来るんだけど……』
確かにジャスティス・ウイングは強い。
黒服――双樹のエージェントをあっさり圧して優月を取り返したくらいだ。
でもなんつうか、あいつは気に食わないんだよな……。
『今はなんとか持ちこたえておいて。超信頼できる沙羅お姉さんが力を貸してあげるから』
「信頼ねえ……公園で見た地下施設のことが気になって好奇心が溢れかえってるようにしか思えないんだけどなあ~」
『ま、それもあるんだけどお~』
あるんかい。
沙羅が言葉を濁したので、改めて体調のほうを訊く。
「そんで、お前自身の身体は大丈夫なのか? チンターマニインプラントっつうモンが埋め込まれてたせいで怪仏化は起こるんだ」
「ああ、体は大丈夫。だけど気分はグロッキー……かな。なんてゆか、サハスラブジャは"性"どころか、"生"自体が穢らわしいって感じてた。あいつにとっての救済って、希望とか欲求とか生きる気力を空っぽにして……絶望させる……そういうことことだったのかな……とか、そんな哲学考えちゃうくらいにはグロッキー!」
そもそも怪仏観音連中の言葉……とくに救済は、俺たちが知っている言葉の意味と違うってことはなんとなくわかっていた。
救済――生の否定。
絶望。
心の死。
ならばいくつか、連中の言葉に思い当たることもある。
「んで、そのチンタマってのがなあに?」
俺が沈黙したことで神妙な空気になった会話、沙羅が声のトーンを明るくして案の定で案の定な返しをブチかました。俺はそれを華麗にスルー。
「お前はどこかで観音連中に接触していてそれを埋め込まれたんだ。医療機関に世話になったとか無いか?」
『病院とかには行ってないし、沙羅まだロシアにいることになってるから日本の保険きかないはず。もし世話になってたら一発でわかるよ』
なら病院関係ではない……か。
そうほっとした矢先だった。
『あ……でも、医者にならお世話になったかも?』
「医者……?」
『伯父さんの伝手とか面目もあってさ、イケメン医師ってやつ? それとデートしたけど超オタクでさ、擬音ばっかりで話きいてて頭痛くなったから途中で帰ったのよね。向こうも人付き合いで借り出されてたっぽいし』
……白澤光太郎。
俺が思い浮かぶのは――沙羅のおっぱいを目の前にして一方的にオタクトークをブチかまし擬音で頭痛くなってくる医者なんて、華武吹町には一人しか思い当たらなかった。
『でもご飯食べて話しただけだから。そのチンタマを身体に入れられ――』
「沙羅、それ以上はいかん! ストップだ!」
『とにかく特別何かあったわけじゃないし、そういうの無いから。世話になったって程でもないかなあ』
それでも白澤光太郎と沙羅には接点があった。
――絶対に助けるからな! 絶対に救ってみせるからな!
力ずくの救済。
強制救済。
……いや、やめよう。
俺だって、誰かを助けたいとか、救いたいって思ったことはある。
『――でさ、禅ちゃん。本題なんだけど』
妙に人を食ったニュアンスの沙羅に我にかえった。
あれ、優月のことと沙羅の無事を確認する連絡じゃないの……?
『優月様をこっちに預けるって話なくなったわけだから……前金の百万、返してね』
「…………んふ?」
『何笑ってんのよ。金返せって言ってんの』
「いや、それは……資金といいますか、あー……使っ」
『え?』
「双樹社長、あの……これはですね――」
『まぁ、協力してあげるわけだから待ってあげてもいいけど。返してくれた後に、あの変態野郎が禅ちゃんの部屋のわかりにくいところに設置した盗撮カメラ、撤去してあげるね』
「……え?」
カメラ、まだあるのか?
あれ、俺昨日、あの後さらに優月を言葉でイジメ倒した挙句、多少盛り上がっちゃって一人で……。
『あいつもエグい手腕よねえ、まさかあんなところに……じゃ、よろしくう!』
「待って!? どこ!? ヒントだけでも! 沙羅社長! 双樹社長!」
今回のオチとしては。
俺は一層ピンクタイムがしにくくなった。
あと、莫大な借金を抱えることになった。
墓穴が深い。





