17. Power of MXXXX-(1)
「私は千手観音サハスラブジャ! 全てを受け止め、あなたに救済を与える者です……!」
暗い公園の中に燦然と輝く女体の千手観音。
公園の外には事態をわかっていない、それどころか面白がっているオーディエンスが人垣を作っている始末。
相も変わらず華武吹町。
誰の助けも期待できねえ。
昔から知っていたけれど。
目の前の敵、千手観音サハスラブジャ。
得意技は《触手》に《バリア》ってところか。
前二つの観音より気性は穏やかなようだが、このまま沙羅に篭城されるわけにいかない。
だが、俺にはすでに勝利へのヴィジョンが見えていた。
お得意の性欲エロビームでバリアをブチ破り、そのまま撃破。
双樹ビル――いや、優月の元へかっこよく駆けつけるほうが本番だ。
沙羅も優月も助けて、両手に華を実現させてやる。
今回は可能性がある! ちょっとある!
「てめぇにゃ悪いが、相性が悪かったようだな! こっちは長いこと夜のお一人様タイムまで楽しめてないんだ、煩悩ブチかましてやるぜ!」
「まあ恐ろしい、汚らわしい。そんな不浄な力を注がれてはひとたまりもありません」
俺は当然、現在進行形で「マジえっち」の件を引きずっている。
早速ベルトに手を添え――ボワッと黒い炎が《漏》れ出し、広が……あれ?
「おお、不浄な……それがお前の煩悩ですか。しかしまあずいぶんと散漫として……」
「あれ、あれ。おっかしいなあ……! ちょっとタンマ!」
俺は両手でTの手印を作る。
サハスラブジャはわらわらとなびく幾本の手でOKマークの手印を作る。
「ええ、いくらでも待ちましょう」
話のわかる観音で良かった。
サハスラブジャは本当に手を出してくる気配もなく、俺は悠長に小首をかしげていた。
ぽくぽくぽくぽくぽく。
ちーん。
――そうか……!
度重なるエロイベント……。
手ブラメロン。
百合プレイ。
マジえっちな布地。
清楚の中に包まれたエロ。
そしてまだ見ぬエロに包まれた清楚。
「マジえっち」の該当件数が多すぎて、そして拮抗していて、絞りきれていない!
俺はこの中でベスト・オブ・マジえっちを選べるだろうか否選べない選べるはず無い!
溜めなく反語表現を使うくらいに不可能だ!
しかし裏を返せば、火種はいくらでもあるということ。
塵も積もれば山となる――このまま押し切るッ!
「待たせたな! お前ご自慢の膜を突き破ってやるぜ!」
「その若い果実のような煩悩、楽しみです」
プランA「行き当たりばったり」を、プランB「出たとこ勝負」に切り替え、そのまま漏れ出す黒炎が出力を上げ――バムッ。
「おん?」
サハスラブジャの周囲を黒炎の蛇が走り去ったかと思うと、その地面はヤツを中心としてドーナツ型に凹んでいた。
俺の攻撃にあわせて。
黒炎を、弾いたように。
いや、弾いて。
「…………」
これは……。
もしかして……。
「お気づきになりました? あなたの汚らわしい煩悩を浄化し、私の如意に変えて、お返し差し上げたのですよ」
防御壁じゃなくて、反射壁……?
サァーッと背筋に駆け抜けるものがあった。
「てっめぇーッ! さっきから穏便に受け止めるとか言っておいて跳ね返す気満々だったんじゃねえかッ!」
「この素体の記憶によれば……バレちまっちゃあしょうがねえ、ですね」
上品に笑うサハスラブジャ。
その背後で腕の小波が不気味にうねる。
「馬鹿にしやがって……!」
「嘘偽りはあくまでも人の罪。なんて罪深い素体でしょうか。救済にて許しましょう」
「はぁああ? その上、人のせいかよ!」
「ふふ、怒りもまた煩悩、ですね。しかしこの守護の中の私を、檻の中の素体を、あなたの煩悩でどう染め上げましょうか?」
ハヤグリーヴァ、エーカダシャムカに比べて、多少話が通じそうだと思ったが、なんちゅう……。
なんちゅう、えげつねえことしてくれんだ、こいつ……!
俺がいきなりバリアを突き破ろうと、全力のエロビームの方を使ってたら……跳ね返されて一発で終わってたんじゃないのか!?
――騙されるかってんだよ。
……だなんて威勢よく言ったのに、その直後にはまんまと騙されていたのか……。
だから穏やかにニヤニヤと!
「さあさ、おいでなさい。入ってごらんなさい。煩悩の使徒よ」
優しく甘い言葉。
ムカっ腹が立つ性格は他観音と一緒……いや、それ以上だ!
憤りがふつふつと湧いて、燃えて、黒い炎に――バムンッ。
「ぬぉッ!」
またしても、今度は俺の足元がえぐれた。
「あら、惜しいっ! ふふ」
「…………」
怒りのチベットスナギツネ。
そこに追い討ちをかけるように「何でもお見通しですよ」と沙羅の記憶を利用したサハスラブジャの言葉が落ちる。
マジでなんなんだ、こいつ……。
絶対にブッ飛ば――。
いや、ダメだ。
このまま憤っては。
ヤツの思う壺。
目を閉じて深呼吸だ。
なんとか苛立ちと怒りをやり過ごし……。
――ギャアああルルるるるッ!!
「……な!」
突如、意図していないベルトの遠心力に驚いて、俺は咄嗟に飛び退く。
立っていた場所からは、指先を鋭利に尖らせた槍状の腕が地面を抉りながら突き出していた。
「またまた惜しい」
「…………ッ」
俺の後ろに立っていたダンボールハウスが反射した黒炎を受けて、手荒く折りたたまれる音と共に吹っ飛んだ。
いけねえいけねえ、と思う間も無くさらに足元に振動が響く。
「――!」
次から次へと足元から――頭上からも腕が伸びていた。
降り注ぐ槍手を、残念ながら華麗とはいえない動きで避け、踊るように公園のあちこちを転げ回る。
「くそ……打つ手が、ねえ!」
切羽詰った俺に、サハスラブジャはまたしても煽る。
「滑稽な踊りがお上手ですこと。私の手は余っているので手拍子でも打ちましょう」
「てっめええぇッ!」
ボッ、ボヌ。
手拍子ではなく、またしても反射した《漏》が地面を抉った。
触手、バリア……加えて煽りスキルの見事なコンボ!
俺からしてみれば相性最悪だ!
加えて状況をわかっていないオーディエンスの野次。
「くろいほう、どうして戦わないの?」
女の子の声を皮切りに。
「なんだなんだ、攻撃しろよ!」
「遊んでないで戦え!」
「腰抜けか、しっかりしろ!」
あーッ!
本当にやめてーッ!
連続した煽り声、呼応する地面が爆ぜる音。
気がつけば足元はあっという間に凹凸が刻まれ、公園周囲の植え込みは散り、ダンボールハウスは潰れていく。
「私は千手観音サハスラブジャ。千対二では苦しいでしょう……!」
その状態である。
その状況である。
俺の足元はあっけなく、自ら作った予想していない窪みはまり、文字通り地面から突き出したサハスラブジャの手に絡め取られた。
「……ッ!」
「ふふっ……捕らえた!」
頭上からは指先を尖らせた槍手が、容赦なく飛び込んでくる。
穏和な顔をやめ本性を現したか、サハスラブジャは咆哮した。
「煩悩ォオッ寂ゥ滅ウゥ――ッ!」
――ッ!
病院送りじゃ済まない。
俺は串刺しになる。
さすがに、死――。
…………。
…………。
きぃぃ……と神経を逆撫でする振動が俺のバイザーを擦った。
届いたのは、サハスラブジャの腕の一本。
中指の爪。
それもほんの先端だけ。
視線を上げれば、腕に腕が絡んでその手首を掴んでいた。
「何が千対二よ! あんたの意識は一個で、二対一ってコトを忘れてんじゃない? マジ、ウケる……!」





