10. その必殺技の名は
「手向けか……そうだな。その賭けってやつ、乗った」
というか、俺にはそれしか選択肢がなかった。
一矢報いることができるなら上等だ。
でもベルトも半壊、意思力もない。
無い無い尽くしの悪足掻き中だ。
こんな笑えない状況でどうやって?
などとアレコレと質問するまでもなく、アキラは倒れた赤羽根の横に膝をつくなり、その胴体に腕を突っ込んだ。
ずぼりと。
もちろん面食らったが、物理的に干渉しているわけではないらしい。
アキラは「どうだどうだ正義、気持ちいいか?」などと、気色悪いことを言いつつ何か探っていた。
そうこうしているうちに、何かを探り当てたようだ。
「正義、悪いが僕の勝ちだ。勝ち逃げだ。宿命も使命も敵も無ければ、君は正義のヒーローでもなくなる。僕を殺せなくなる。台無しだ。せいぜい悔しがれ」
赤羽根がかすかに呻き、無意識なのだろう――それでも、アキラの腕を掴む。
だが、アキラは無慈悲に手を払いのけると赤羽根の腹からベルトを――赤銅に煌めく不動明王丹田帯を引きはがし、高々と掲げた。
もし意識があるなら、赤羽根に見えるように。
「不動明王丹田帯――」
そして俺に歩み寄ると今度は、不動明王丹田帯を掴んだ腕を俺の腹に突っ込んだ。
これまたずぼり、と無遠慮に。
「――そして愛染明王丹田帯を合体させ、一時的にベルトを再構築する。付け焼き刃の一発勝負だ」
アキラが言っている間にも、俺の腹の下の方でガチャガチャグルグルと歯車めいたものが組み合わさる感触が蠢いていた。
冗談でも気持ち良いなんていえない衝撃が走る。
そのたびに、愛染明王丹田帯の傷ついた部分に、赤銅色のコーティングが上重ねされた。
時間にして数秒だろう、散々ひっかき回された末にアキラの手がまたも無遠慮に引っこ抜かれた。
「合体は、いつだって男のロマンだな!」
ロマン……というには少々不格好である。
黒地に赤銅のブチ模様、不格好な色合いは合体というより融合だ。
力業でくっつけた、そんな無茶と無謀が見てとれるのに、ベルトの中央、サーキュレーターはよろよろと回りだす。
『Regi...stra...tion is com...pleted...!』
愛染明王が俺を初めてヒーローにしてくれたときのコードだった。
不動明王の圧が加わり、回転が勢いを増す。
いや。
でも。
「アキラ……悪いけど、俺は立つだけで精一杯なんだ。煩悩なんて空っぽ寸前なんだ」
銃はあっても銃弾がない。
例えるならそんな状況に、アキラは堂々の仁王立ち。
歯を光らせ、親指で得意げに自分を指す。
今度はお騒がせアルバイトの、俺がもっとも見慣れているソレだった。
「煩悩の塊ならここにあるだろうッ!」
「……ぁ?」
俺は、アキラの言っている意味がよく理解できていた。
こうも簡単に不動明王と愛染明王のベルトをとってつけたのだから、できるのだろう。
だからこそ、叱りつけるように聞き返したのだ。
同じくして、アキラも俺の意図を汲んで答えた。
「いまの僕もきみと同じ。一人じゃダメな煩悩なんだ」
魔性の瞳で赤羽根のほうへ振り向きかけ、はっと気が付いたように視線を宙に彷徨わせ、そして俺に向き直り、苦笑した。
魔王は振り向かなかった。
未練はない――ぎりぎりのところでそういうことになった。
耳鳴りが押し寄せる。
脳みそがぎゅうぎゅう絞られるように痛む。
『居場所がほしい、覚えておいてほしかった。永劫なんていらない。ただ、あなたと繋がっていたかった』
空高く、白装束のカゲロウが泳いでいる。
また意思を刈り取られるのだろう。
いずれにせよ、俺たちは意思すらボロボロ。
間違いなく、次が最後だ。
「禅、時間が無ければ選択肢もないぞ」
腹の立つことに、憑き物が落ちたかのような晴れやかな笑顔だった。
「あのな! 言っておくけど、絶対その技の名前言わないから」
「ふっ……最後に君から放置プレイを受けられるとは、感無量だ!」
「おまえはどこまでも前向きだな!」
「僕を何だと思っている! 前を、そして上を向くのは当然だ――てぇいっ!」
そう言いながら、アキラはそっと手を添えた。
俺の股間に。
「…………」
「…………いやいやいや」
こういうとき普通とかわかんないけど、手を添えるのはまあまあベルトじゃね?
すげえソフトな感じでタッチする必要なくね?
くそが。
笑っちまったじゃねえか。
あと数秒で輪廻がぶっ壊れるって場面なのに。
だから俺たちはいつものように言い合った。
「さあ! 僕をきみのアツい煩悩エクスプロージョンにしてくれたまえ!」
「しっつけぇんだよ!」
「そうだ! だから、また、な!」
ボッと黒く燃え上がったかと思うと、アキラの残り少ない輪郭は炎に飲まれ、その炎はベルトのサーキュレーターの中へ。
ギュルギュルと。
ガラガラと。
泥のような、怨嗟のような、執着のような力が渦巻いていく。
華武吹町に捕らわれた欲望が、しがらみが、ベルトに巻き上げられ、俺の中へと吸い込まれていく。
アキラの輪郭――黒い炎と入れ替わるように、白い光が集まってくる。
観音菩薩もかすむ、強い光が。
だけどもう、体はバラバラになりそうだ。
心はぐちゃぐちゃに潰されそうだ。
ベルトだっていまにもはじけ飛ぶ勢いで回っている。
それも、なにもかも、最後だ。
いつものエロビームで盛大にブッぱなす!
無駄だろうと、せめてデカい花火で、倒して――!
「いつもどおり気持ちよくいくぜ! 優月の処女は――!」
『こんな形の命だけれど――』
――あれ。
何かおかしい。
『せめて隣を歩く時間を、許してほしかった……』
――待て。
俺は、これを倒すつもりなのか?
――倒すって、何?
あわよくば消しとばそうってこと?
都合が悪いから、いなくなっちまえってこと?
満たされなくて絶望して、輪廻さえも彷徨っている優月たちを、ねじ伏せて、拒絶して、黙殺するってこと?
こんな形になっちゃってるけれど――こんな形になっちゃってまで優月は、受け入れてほしがっているのに。
ひとつになりたいと願っているのに。
……そんなの、悲しすぎる。
腹のあたりから、声が響いた。
『おまえの本当の欲望を、煩悩を……解って脱いで、染め上げよ』
愛染明王……。
『おまえの望みは、あの観音菩薩を退け、平和な世界を守ることか?』
――違う!
俺は悪を挫くヒーローなんかじゃない。
俺の望みは世界平和でもない。
俺の望みは、優月と一緒に生きることだ。
それがどんなに短くても。
たとえ、あと数秒だとしても。
『ならば証を示せ!』
証。
そうだ。
とっくに俺は覚悟していたんだ。
短命の負い目を感じる必要もない。
望まれるなら一緒に終わってもいい。
優月の絶望ごと、全部欲しい。
そう示すって。
『あの絶望的な絶望を救ってやれ、煩悩を愛に昇華せし者よ!』
肯定するように、さらに強く、ギュルギュルと――周囲の空気を飲み込むようにベルトが回った。
同時に、俺の意識を刈り取らんとする、観音菩薩の声が聞こえる。
『さあ、ひとつになりましょう』
ああ、ひとつになろう。
一蓮托生だ。
俺はありったけ叫び、迸らせた。
証を示すために。
これが、俺の、必殺技――!
「――愛してるぜ!!」





