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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第百〇八鐘 輪廻の中心で煩悩を叫ぶ獣
201/209

07. VS疫神アーリヤ-(2)


「ジャスくんはどうなんだよ。どんなクソ理由で立ち上がっちゃったんだよ」


「朝のゴミ捨てと一緒だ」


「朝は勃つよな」


「……まあ、似たようなものだ」


 明らかに満身創痍。

 立ちはだかるは聖観音アーリヤ。

 夜天には今まさに目覚めようとしている観音菩薩。


 そんな状況だというのに、俺たちはロクでもない下ネタをかわし、笑いながら再びファイティング・ポーズをとった。


 壊れた通常状態(ノーマルフォーム)で何ができるかなんて、俺にはサッパリわからない。

 街も人もぶっ壊れかけている。

 打開策もない。


 だがそんなもん、童貞卒業を諦める理由にならない。

 なりようがない。


「命乞いもできないのですか、あなたたちは」


 アーリヤは忌々しげに言った。

 俺たちが泣いて命乞いするのを楽しみにしていたらしい。

 本当にヒトの気持ちってやつがわからない、繋がれないヤツだ。


「できないし、おまえにはしてやらない。絶対に」


「そうですか。なら、あなたたちが絶望し、思考停止した肉塊になるまで、楽しませてもらいましょう」


 ニヤリと笑ったアーリヤ。

 観音様の威を借りて嬲るつもりだ。

 悪趣味絶好調だ。


 アーリヤは軽くビルの壁を蹴り、片翼を羽ばたかせると、猛禽類のように急降下する。

 直前にカーブをかけ、右手側から撃ち込んできた。


 こいつの攻撃は、さほど驚異ではない。

 突き放たれた錫杖を回避。

 カウンターパンチを繰り出すが――やはり、肉の破裂音が大通りに響くだけだった。

 アーリヤの嘲笑が耳元をかすめる。


 無遠慮な三鈷剣の突撃、俺を巻き込みかねない黒い雷も、取り込まれた哀れな命を捕えるだけだった。

 赤い肉片と灰色の羽が飛び散る。

 命の匂いが巻き上がる。


「さあ、存分に殺生なさい! 共生した者たちを、おまえの欲望のために! 曼荼羅条約を屠ったかのように!」


「てめぇの共生が、命を蔑んだ挙句にブッ壊してるって事実はおかまいなしってか! 湾曲解釈さまさまだなあ!」


 スカした顔面目掛けて拳を打ち付けた。

 しびれる身体に、痛みとは異なる衝撃が走る。

 厭な感触だ。


 わかっている、これがヤツの狙いだ。

 わかっていても、メンタルにくるもんはくる。


「ふふ……この勢いでは、()に間に合いませんよ?」


「……チッ」


 たしかに、月の繭は次第に明るさを取り戻しているように見えた。


 アーリヤは待っている。

 背後に控えた観音菩薩が俺たちの意思を刈り取り、一方的に(なぶ)れるその時を。

 それまでに食った命がどれだけ潰されようと構わない、なんなら俺たちに罪悪感を植え付けて一石二鳥ってわけだ。


「どこまでも胸糞悪い野郎だ!」


 感応同交、以心伝心というヤツか。

 俺、ジャスティス・ウイング、アキラの攻撃が重なる。


 アーリヤは三方向からの攻撃を飛翔でかわし、看板を足場に急降下。

 またしても右カーブから撃ち込んでくる。


 すでに見た軌道。

 考えるよりも先に俺は両腕でガード、振り払う。

 ビシャリと年末年始を賑わうショーウインドウに、血と羽の塊が塗りつけられた。


「……くっそ!」


 飛翔でのアウェイ、右からの打ち込み。

 バカにしているのか、さっきからこの繰り返しだ……!


 華武吹町には害獣なんてわんさかいるが、どれだけ食ったんだ。

 どれだけ命を奪わなければならないんだ。

 すでにもう、こんなに――こんなに……?


 暗く曇った思考回路に、電気が走るような衝撃があった。

 俺は何かひらめいた、らしい。


 待て。

 慌てない。

 口八丁の基本だ。


 ()()()()を確かめるように、三度目の攻撃で右側から突っ込んできたアーリヤに言い放った。


「おまえ、こんなに獣たちを食っておきながら、どうして左側を再生させなかった?」


 ジャスティス・ウイング、アキラ、さらにはアーリヤまで眉を(しか)める。

 だが、次の瞬間に空気が軋んだ。


 ジャスティス・ウイングとアキラは俺と同じ結論に至り、ニヤリと。

 アーリヤは余裕ヅラがひび割れたかと思うほどにぐしゃぐしゃに顔を歪め、そして一目散に距離をあける。

 肩を上下させ、丹念に呼吸し――まさしく、()()()()と同じ顔だった。


 伊豆の海。

 俺の煩悩がアーリヤの顔半分を焼いたときだ。


「なんだよ、その反応……まさかビビってんのか?」


 アーリヤは応じない。

 俺は心臓がバクバクいっているのを隠しながら、追い打ちをかける。


「当たる気がしてんだろ? あのときみたいに! だからそんなに喰ったにもかかわらず、最初から左半身を作らなかったんだろ!?」


 それでもアーリヤは応じない。

 唇をわななかせ、助けを求めるように月の繭を振り返り見る。

 月の繭はまだゆっくりと、静かに、明滅していた。


「そんなはず――」


 視線を俺たちに戻し錫杖を構えたその顔を見て、俺は確信した。

 アーリヤはビビっている。


「俺は生き物、詳しいんだ。おまえは知らないかもしれないが、生存本能っていうんだよ、ソレ。おまえが食って共生した生き物の、生きたいって意思だ。共生してんだから、その辺おまえにも融合してて当然だよな」


 この辺は口から出まかせ理論だが、生き物を知らない、命に興味なんて無いアーリヤには、それらしい言葉が相当効いたらしい。


「黙れ……!」


 そう、声を荒げた。


「おまえの身体は生きたがってる、死ぬことにビビってる!」


「黙れ! 生などという汚らわしい概念、この私には――」


「食えば食うほど、おまえは生き物に近づいていた! ビビってるし、焦ってるし、生きたいと願ってもいる。いまこの瞬間も! 俺たちと一緒だな!」


「黙れ、黙れ黙れ、生暖かくドブ臭い汚物め! 救済のため、おぞましい肉に降りてやったのに……!」


 しゃらしゃら、と黄金錫杖をひるがえし、アーリヤが羽ばたく。


「その肉引き裂いて、クソ溜めにでも捨ててやろう! 貴様らの汚れた命には似合いだ! 来ない救いを求めながら激痛とクソにまみれて死ね!」


 正面からの急降下攻撃。

 右カーブ。


 俺たちは笑った。

 勝利のヴィジョンが見えていた。

 この構図も夏の海で見た光景だったからだ。

 アーリヤは見るからに気が動転していて、気が付いていないだろうが。


 突撃したアーリヤを、三鈷剣が受け止める。

 半壊したヒーロースーツ、ジャスティス・ウイング――赤羽根の鬼の形相に青筋が浮かぶ。

 ガチガチと不安定ながら、攻撃は拮抗していた。


 俺はその後ろでベルトに手をあて、構える。

 ギュルギュルギュルッ――とヤケクソめいた回転は、愛染明王(ベルト)の怒りそのものだろう。

 俺も忿怒の相だった。


「ああ、そうだ! 苦しみながら生きようとする意思を踏みにじった自称観音ごとき、許しちゃおけねえッ!」


 黒炎が体中から湧き上がる。

 火の粉の隙間、三鈷剣の向こう。

 アーリヤは咆哮した。


 刹那。

 三鈷剣の剣身が砕ける。

 黄金錫杖が俺の目前まで延びるも、ジャスティス・ウイングは身を割り込ませてアーリヤの進撃を止めた。

 咆哮が重なる。


「この! このぉぉおッ! 愚かな猿めがぁあッ!」


 言い終わらぬうちにアーリヤの身体がほどけ、ハトやカラス、ドブネズミがそれぞれ左右に逃げ出す。

 だが黒い雷は逃亡を許さず、その一つ一つをアスファルトに、光を失ったネオンに、車体に磔にしていった。


 散らばったアーリヤは、こう考えていたかもしれない。

 夏の海で見た直線ビームなら数匹は逃げ果せる……とでも。


「残念だったな。猿は賢いんだよ」


 次の瞬間、辺り一面を怒りの黒炎が燃え広がっていた。



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