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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た終末
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喝采


 澄んだ空気に晴れ渡る空。

 眼前に静かに並ぶ墓石と卒塔婆の列。

 ときおり北風が吹きすさぶ中、その華奢なシルエットはただ何をするでもなく佇んでいた。


 白澤恵子。

 白澤先生のお母さん。

 そして――鳴滝豪を愛した女性。


 コンビニからの買い物帰り、ビニール袋をぶら下げた俺は、いつもの如く何の気もなしにただ立ち寄っただけだった。

 一方、恵子さんは大きなボストンバッグを肩にかけ、少し大げさな厚さであろうベージュのコートを着ている。


 寂しげな横顔になんと声をかけたものかと思い立ち止まっていると、ビニール袋がさわさわと風に鳴り、そのせいか恵子さんがこちらに気が付いた。


「あら、鳴滝さん。ちょうどいいところに」


「旅行、ですか?」


 俺は自分で言いながら、はっとした。


 白澤先生が行方不明扱いになってから二か月。

 悠長に旅行など、それも女性一人で行くはずがなかった。

 その証拠に、恵子さんの目の下には化粧では隠しようのない隈が浮いており、お愛想で浮かべた笑顔もほんの一瞬で力尽きる。


「ええ……長く出ようと思っています」


 俺の拙さを、彼女は優しく肯定した。


 いつも通り献花は取り換えられたばかり。

 しかし、その花はいつもの菊ではなく、紫色の細い花びらを持つ小さな花々だった。

 なにか意味があるに違いない。

 だけど花に込められた願いを、俺が知る由もなかった。


「ですので、豪さんの面倒……お任せしてよろしいでしょうか」


 恵子さんは申し訳なさそうに言った。

 そもそもこの墓は息子の俺が管理して当たり前なのだけど、いまさら「今までありがとうございました」なんて他人行儀な挨拶は場違いな気がした。


「心配しないで、大丈夫。任せてください」


 その結果、俺が気遣いのうちから拾い上げたのは、当たり障りのない言葉の群れだった。


 逆に心配されそうで、いつものしどろもどろが発動しそうになるその直前、ふと恵子さんの表情に少しだけ赤みが戻る。

 彼女の瞳孔は開き、ゆらめく呼吸を整えながら再び鳴滝豪(オヤジ)の墓を見た。

 やはり寂しげに、しかし唇の両端をわずかに吊り上げて。


 その様は、なにか会話を交わしているようでもあった。


 恵子さんと鳴滝豪の間にどんな思い出があったのかなんて、俺は一生知ることはないだろう。

 いろんな人がいろんな尾ひれのついたウワサや誇張された伝説を話すもんだから、豪快な街の無頼漢と背中をまるめて泣いてばかりのオッサンの像はいつまでも俺の中で結びつかなかった。

 正直、いまでさえオヤジの実像など掴めていない。


 街は変身後の無頼漢、ヒーローの鳴滝豪のことしか知らなかった。

 俺は変身前の背中を丸めたオッサンのことしか知らなかった。

 両方知っているこの人は正解を抱いていて、それは恵子さん、そして白澤先生にとっての宝物のはずだ。

 だったらそれでいいじゃないか。


 だから俺は、背中を丸めたオッサンのまま鳴滝豪を受け入れることにした。

 ヒーローの鳴滝豪に興味がないといったらそれまでなんだけど、弱くて汚い部分だけを受け入れるヤツがいたっていいだろう。


 恵子さんは消え入りそうな声で呟く。


「豪さんも、光太郎も、自分勝手で……」


 話の接穂としては、あまりにも儚い呟きだった。


 その代わりに、恵子さんは俺の顔を覗き込むようにして、笑おうとして、うまくいかず、くしゃっと表情を歪める。

 白くて冷たい両手を俺の頬に添えて「どうか顔を、よく見せて」と懸命に絞り出した。


 いつか白澤先生が俺を見てそうしたように。

 今は亡き面影を一つずつ拾い上げては、大事にしまうように。

 恵子さんは潤み零す眼も、ずしりと重たそうなボストンバックもそのままに、俺の中の残滓を見つめていた。


 俺は最初、愛した男と知らない女の面影が混じる俺の顔を見つめるしかない恵子さんが可哀想で、こっちまで悲しくなって、同じような顔になってしまいそうになる。

 だけど、恵子さんにとっては大事な儀式なのだろう。

 せめて俺は、母親が長い旅に出るものだと――突然いなくなったお袋との別れをやり直すつもりで、笑顔を作ろうと思った。


 目を細めて口角を上げる。

 そのくせ、そこからぼろぼろと涙が出て、頬を通って落ちていく。


 すると、まるで鏡のように、恵子さんもまた失敗した笑みを浮かべた。

 家族に今生の別れを告げるように。


 やがて、強い空っ風が吹いたのをきっかけに、恵子さんは俺の涙を手の甲で拭って「ごめんね、冷たかったでしょう?」とうつむき加減の苦笑い。


「それでは、新幹線の時間がありますので、これにて」


 そう言って身を翻す。

 もう一度、墓石をそっと撫でると静かにヒールを鳴らした。


 曲がり角に入ろうというところで――ふと、なにか思い出したかのように振り向く。

 恵子さんは何も言わず、まるでカーテンコールを終えた役者のように、長く、深く、頭を下げていた。


 そして俺には見せないように顔をあげ、この墓地を、華武吹町を去っていった。


 *


 顔面のほとぼりが冷めるまで、とりとめもなくオヤジの墓石を眺めていた。

 紫色の小さな花がさわさわ身を寄せ合うように揺れる。


 手持無沙汰に携帯電話をいじる。

 その花は、シオンというらしい。


 花言葉は、『あなたを忘れない』



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