《archive:RED》Blue Empress
元双樹ビル高層階の白いオフィス。
応接用の革張りソファーとデスクのみのシンプルな部屋の内装は、その主の鮮やかさを一際目立たせていた。
「アンタがいつまでこの街にいるのかも怪しいもんだからさ」
「また認識のブレ、とやらか」
「そゆこと」
双樹沙羅は他人事のように言いながら、白いソーサーからティーカップをつまみ上げる。
俺の返事よりも紅茶の香りと味のほうが大事らしい。
この状況でマイペースを貫けるのは、さすが双樹の家系だ。
双樹グループ会長の双樹正宗の暴走、そして失脚。
この女がいくら立ち回りが上手かろうと、自ら火をつけたのだ。火の粉を浴びぬわけがない。
それでも問題山積みの華武吹町に残り、高台で街を見下ろす場所に居座ろうという根性は才能といえる。
強欲?
いいや、プライドといったほうがいいだろう。
華武吹町の闇が明るみになり、誰かが修正を担うハメになった。
俺は、また生贄選びが始まったと思った。
しかしこの女は、その役目が自分に流れ着くことを覚悟し、むしろ承知で、双樹正宗が積み上げた歴史の汚濁を受け入れた。
それはどこか、俺がベルトを背負った時の感情と似ていたのかもしれない。
だが、同じ轍を踏むことはないだろう。
――一人で背負えばそれはヒーローではない、ただの生贄だ。
鳴滝の言葉が効いたのか、双樹沙羅はあちこちに支援を求めている。
俺もそのうちの一人だそうだ。
テーブルに並べられた紙の束をつまみ上げる。
ちらりと青い視線が向かい、物珍しそうにぱち、ぱち、と瞬く。
「ずいぶん素直ね」
「悪いか」
「ふ~ん、ふ~んそうなんだ~! ちょっと感化されて優しくなっちゃったんだ~?」
「うるさいぞ」
資料の上に目を走らせる。
これは双樹なりにオカルト呪術を理解しようとした、そのレポートと言って良いだろう。
彼女のもとにいきついた情報を集約しまとめられた華武吹町最終考察だった。
*
【経緯】
一九四五年
東京大空襲
一九四六年
第二次世界大戦終戦
一九五二年
華武吹町、誕生。西部新宿駅の開業により歓楽街として栄える。
このとき海外からの来訪者も多く、華武吹町の文化発展に大きな影響を及ぼした。
その波に乗って、一人のオカルト研究家が輝夜雪舟とコンタクトをとる。
同時に、華武吹町には欲望の意思力が充満していた。
一九六○年 前後
前述のオカルト研究家が、意思力実験の爆発事故にて死亡。
輝夜雪舟は手元に残ったベルトの設計図を頼りに愛染明王丹田帯、不動明王丹田帯を作成。
媒体となる明王像は梵能寺から持ち出されたものと推測される。
一九六五年
煩悩大迷災。
原因は欲望の意思力の臨界・暴走によるものだが、そこに怪仏観音も同時発生。
曼荼羅条約が、当時地主でもあった輝夜神社当主・輝夜優月を生贄にすることで、怪仏観音を鎮圧。
しかし、曼荼羅条約は怪仏観音との契約を反故、欲望の意思力も一部放出により鎮静化したが充満状態を維持。
問題を先送りにしたに過ぎなかった。
二〇十九年
魔王マーラの画策を始点とし、明王丹田帯をめぐる一連の事件が勃発する。
【要再調査】
怪仏観音発生について
現状、証拠になる資料・証言が不足している
(1)欲望の意思力に反発し、自然発生(ならば観音とは自浄作用だった?)
(2)宇宙飛来説
などが考えられる。
怪仏観音の目的
上位存在である"観音菩薩"を華武吹町に降臨させること。
その土壌として人間の精神的な空白 (ブランク)が必要となるという。
彼らの"救済"は、コンピュータにソフトウェアをインストールさせるための空き容量を増やすような、極めてシステマティックな作業であった。
観音菩薩の目的
目的不明。
精神的なパラサイトという言葉を鵜呑みにするのであれば、寄生することそのものが目的となる。
※これは個人的な考えだけど、人の精神に入ったところで自分に塗り替えてしまうのなら、"相手"がいなくなるのと同然。それって無意味に孤独が広がるだけじゃない? そんな無意味な存在に狙われていたのは、底気味悪い話ね。
涅槃症候群
肉体が発症時の状態で保持される症例群。
『命の回数券』ともいわれる酵素テロメラーゼが特殊素材に置き換わり、細胞年齢を維持。
元のテロメラーゼが消失すると同時に特殊素材も消失する。
調査の結果、この特性は一部の昆虫に見られていた。
※その特性をコピーして人間に張り付けただけなのなら、怪仏観音たちの人間に対する杜撰さがうかがえる所業ね。
明王丹田帯
設計図によれば、主成分をケイ素とし"半金属生命体"、または"ホムンクルス"との記載あり。
生成方法が欠損しているため、再現は不可能。
*
そのほかにも、俺自身含め関係者の個人的な出生などが書き込まれていた。
情報量もさることながら、よくもまあこれだけ他人のプライべートに興味が持てたものだ。
だが、俺にとってあずかり知るところでも、むしろ知って良いものでもない。
俺がその熱量につきあったのは、ものの十五分程度だろう。
すべてに目を通していられないし、目を通したところで感想など出るはずもない。
資料をテーブルに戻すと双樹は不満げだったが、軽く肩をすくめて文句は飲み込んだ様子。
ずいぶんと大人しくなったな、と思っていたところ双樹は派手なスカート裾を翻し、窓際から展望を見渡す。
「この話、いったん閉じるわ。沙羅、忙しくなっちゃって」
昼間だというのに分厚い冬雲に閉ざされて、やはり当たり一面真っ白だ。
双樹の眼下には陰鬱で冴えない街並みが広がっていることだろう。
「過去よりも未来……ってのは当然よね」
どこか自分に言い聞かせているような呟き。
派手に着飾って虚勢を張る、年相応の小娘の背中だった。
「……らしくない。おまえがやりたいことをやるんじゃないのか、傲慢」
双樹の逡巡は長かった。
肩を揺らした。
泣いているのか、笑っているのかわからなかった。
「沙羅は傲慢だからさ」
ふと、双樹の視線があがった。
白い雲をスクリーンに、なにかを映し見るかのように。
「沙羅だって、ヒーローになりたいんだもん」
支配者の間違いじゃないのか。
心におさめたはずの嫌味が聞こえたのか、双樹は振り返り、ギラついた目をよこしてきた。
「ウケるっしょ」
「いや、全然」
そんな噛み合わなさのまま、最終考察の幕は閉じられた。
そして、その後は双樹の宣言通り、オカルト勉強会は開かれることはなかった。
それからの双樹の躍進ぶりを鑑みれば……。
俺は先輩風をふかすのではなく釘を刺し――出る釘を打っておくべきだったのだと思い知らされる。
とはいえ、あの事件の後はどいつもこいつも火が付いてしまっていたのだから、仕方ない。
それだけあの男がもたらした救済劇とやらは、羨ましくて見上げてしまうほどに、華麗で、粋で、鮮烈だったのだから。
俺とて、あの救いの光を忘れることはできない。





