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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第九鐘 煩悩は燃えているか
185/209

エピローグ 警鐘や月永劫に音同じ


 炊き出しの手伝いに張り切る優月に連れられて、辿り着いたは梵能寺。


 そこには昨日、一丁目大通りに並んでいた屋台とテントが移動し、またしても夏祭りのような光景が広がっていた。

 遊び場というよりも、食事の場、避難所、という用途ではあるが。


 詳しいことはわからなかったが、グループメッセージのやりとりからして、ボロッかすになった華武吹町の経済復興主導は双樹沙羅となっているらしい。

 俺たち庶民からすれば順当といえるが、沙羅は「一銭にもならない。ウケる」とまったくウケていなかった。

 それでもこうしてガス抜きや不安を鎮めるために、お祭り騒ぎをさせる金だけよこしてくれるのだから、華武吹町をよくわかっていらっしゃる。


 敷地内は家庭的なカレーの匂いに溢れていた。

 つられて俺の腹も鳴る。


「夕食は手伝ってから」


「あい」


 優月は意気揚々のやる気満々。

 なにせ自分が労働要員の頭数に数えられているのが嬉しいらしい。

 いつもの『LOVE&LIVE』と書かれたダサトートバッグの持ち手を、興奮気味に握りしめていた。


 炊き出しテントの下は、ヨボヨボのばあさん、派手派手のキャバ嬢さん、ケバケバのオカマさんたちと、ある意味よりどりみどり。

 食事用のテントの下ではすでに酒臭いじいさんたちが集会を開いており、子供たちがはしゃぎまわって怒られている。


 職を無くし、行き場を無くし、路頭に困っている顔もちらほらで、そんな人たちも含めて『華武吹町のみんなでメシを食う』のが目的らしい。

 俺たち下町貧乏なりの祝勝会だった。


「禅」


 街を救ったヒーロー、つまりこの祝勝会の主役といっていい俺に差し出されるピーラーとフリルエプロン。


「…………」


 俺としても、実は主役の禅クンにサプライズパーティーとか、ワッショーイって胴上げされたりとか、女の子にチヤホヤされて優月がまたカンカンでドーン、バーン! みたいなの、ほんのちょっと期待たんだけど……そういうのは無いらしい。

 休む間もなく与えられた次なるミッションは、山のような野菜の皮剥きだった。


「……はい」


 俺はおとなしくピーラーと、十九歳男子には可愛すぎるフリルエプロンを受け取った。


 なんのことはない作業だ。

 テントの隅っこで、うまそうなカレーの匂いを嗅ぎながら、俺たちは黙々とジャガイモの皮を剥く。それだけ。

 しゃこーしゃこーと、ジャガイモが虐待される音だけが二人の間で往復する。


 あれだけ意気込んでいたのに皮むき要員では、優月も気落ちしているんじゃないか……と思っていたが、相変わらず不器用が炸裂していた。

 作業速度も野菜の質量も俺の半分以下。

 これでも進歩したというのだから、いつぞやの内部破壊カレーは何時間もかけた超大作だったに違いない。


 俺はただ過去と未来に思いを馳せつつ、初々しさと拙さを横目に見ていた。


 そんな風景の中、穏やかに陽が落ちて夜がやってくる。

 俺の腹さえも、諦めたのか鳴くのをやめた。


 なにか気晴らしに雑談でも……と思った矢先だった。

 周囲の喧騒にまぎれるような小声で、優月からヒソヒソと会話がはじまった。


「禅、ありがとう」


「野菜の皮剥きぐらいお手の物だっつの! 俺はね! やーい、やーい!」


「……ちがう。もっと……全部。昨日のこと、全部」


「ん?」


「窓から見てた。禅が言ったことも聞こえてた。禅、会いたいって、う……ぅ、嬉し、かった」


「あ、ああ……うん」


 俺はしゃこー、しゃこーと意図的に手元を粗くして、大げさに音が湧き立たせる。


「俺さ、出ていったとき、ベルトが無いから良かったものの、気持ちはバケモノになってた。優月のそばにいる資格ないんだって思ったら、自分でショック受けて、頭ン中ぐちゃぐちゃになっちゃって……ヤケクソのクソに……いろいろ、ごめん」


「……ん」


「だけど今は、開き直っちゃった! 一人じゃ生きていけないし、誰かと隣り合わせになってたら、汚れたり汚したりしちゃうモンだよな。鳴滝禅でいることも、鳴滝豪の息子でいることも、華武吹町の住人であることも……そりゃ苦いこといっぱいだから、いきなり全部ってわけにいかないけど……少しずつ受け入れられそう。ここまでこれたの、優月がオヤジや華武吹町と繋がってくれてたおかげ。ありがとな」


「それは……私も……」


 曖昧な返事。

 また皮むき。


 なんだかいい雰囲気になってしまった。

 ……となると、この先に続くのは「今夜こそどうっすか」みたいな話なんだけど……。


 …………。

 ちら、と背後を確認する。

 おばさま方が一斉に視線を宙に漂わせた。


 俺と同様――いや、それ以上に下世話な展開に期待したオーラが溢れている。

 それどころか「私たちに任せなさい」くらいの意気込みが見て取れる。


 百万歩譲って、俺が背後に控えるおばさまたちの強烈なバックアップを受け、うまく臥所に持ち込んだとしよう。


 絶対ちらつく。

 無理。

 無し!


「ちょっと、トイレにいってこよかな……」


「わ、私も、少し休憩を……」


 それはそれはわざとらしい切り上げ方で、立ち上がる。

 おばさま方の視線が突き刺さる中、俺はそそくさと神社裏手のトイレへ逃げ込んだ。


 *


 用を足して定位置に戻ろうとしたが、おばさまの群れに囲まれた優月を見て俺はバックステップ。

 優月もまんざらではない様子なので、俺はしばしの休憩を入れることにした。


 穏やかな喧騒。

 日常に優月がいる。

 怪仏の脅威も去った。

 犠牲もあったし、街はボロボロだが……。


「ついに、やったんだよな……」


 結局、優月の寿命を引き延ばす(すべ)は見つからなかった。

 自然の摂理に反することを優月が望んでいるのか、オカルト呪術を掘り返してでも、外法に頼ってでも方法を探すべきなのか、その話はこれからだけど。


 それから、宙ぶらりんなのはもう一つ。

 観音菩薩。


 寄生虫(パラサイト)だとか、侵略者(インベーダー)なんて言葉が出てきているが、つまるところ"人知を超えた存在"だ。

 "人知を超えた存在"なら、留年高校生(おれ)程度の知が理解するなんて到底不可能だろう。


 それでもわからないなりに足が向いたのは仏殿、レプリカ華武吹曼荼羅の前だった。


 閉じられていた仏殿に忍び込むなり、楚々とした匂いが舞い込んで、だが誰もいないはずの仏殿内には小さな光が灯っており、心臓がゾクンと跳ね上がる。

 豪奢な釣り飾りが星空のようにチラチラと輝き、その下の燭台でろうそくのたった一本が小さな灯を揺らしていた。


 このパターンは案の定、いつも通り。

 立ち入りが禁止されている囲いの中、少女は華武吹曼荼羅の丁度手前――背負うように黒いワンピース姿は立っていた。


「観音菩薩は寂しがっている。ぬくもりを求めて人の心に入りたがっている」


 ソラの大きな瞳の中に、蝋燭の炎がゆらめいていた。

 どこか"呪われた日本人形"なんて思いつつ、俺は鼻で笑う。


「わかったっつの。おまえ結局、なんも役に立たなかったな」


「私はソラ。未来の――」


「あーはいはい、可能性、可能性ね! だから未来を変えるようなことを教えられなかったって言うんだろ!」


「だけど……このままでは、やっぱり……お母さんは絶望する」


 少しだけシュンとした調子で視線を下げるソラ。

 いままでこんな顔をしたことはなかった。

 まあちょっと……子ども相手に言い過ぎちゃったかもしれないので、誤魔化すように語句をやわらげる。


「六観音は倒したし、チンターマニエフェクトも無い。服も着てる。おまえはこれ以上、俺になにをせいっちゅうんだよ」


 ソラは表情を曇らせたまま、答えにならないことを告げる。


「死を恐れていなくても、永劫の命を手に入れたとしても、大事な人の心の中に自分の居場所がないと知ったら……あなた、死に切れる?」


「は……?」


「それは輪廻を彷徨うほどの、途轍(とてつ)もない絶望よ」


 そして怪談話の終わりのように、フッとろうそくが消え、辺りが黒に塗り潰される。

 仏殿外の喧騒が別世界の出来事のように、俺の周囲はすっかり静まり返っていた。


 暗闇に呑まれる。


「…………」


 喧騒は楽しそうに賑わう。

 優月も野菜剥きに励んでいるのだろう。


「それは、どういう――」


 返事はない。

 誰も答えをくれない、導きの光などない闇――無明だった。


 *


 さんざっぱら俺の空腹を挑発してくれやがった茶色のブツは、誰もが知っている市販のカレールーの、誰もが知っている家庭的な味だった。


 うまいまずいの土俵ではなく、カレーといったらこの味なのだ。

 ここからスパイスがどうだとか、隠し味が何だとか、そんな話が派生する。

 そんな基本中の基本。

 味覚の共通認識だ。


 白テント下での食事。

 俺は懐かしくて言葉をはずませアレコレを語り、二回目のおかわり。

 優月は少し酒が入ったこともあり、笑ったり、怒ったり、いろんな感情が入れ代わり立ち代わりする。

 空っぽになんて、なりそうにない。

 ソラの()()()()()に揺らいでやるものか。


 そんな安穏の時間を過ごし、腹も心もみっちみちに満たされたので、おとなしく帰路につくことに。

 オバサマたちのご助力、もとい妨害のせいで今夜のご予定をうかがうどころではなかったのだけれど。


 梵能寺を出たところ、停車している一台の白いトラックが目に付いた。

 荷台には青いブルーシートの山。

 特徴的な形状からして、新しい梵鐘だろう。


 ちょうど運転手とやりとりをし終わったのか、諦淨和尚がひとりごちながら寺へ戻っていく。


「これで心穏やかに除夜の鐘がつけるわい」


 そうか、もう正月か……。


 終わりの時が近い。







<第九鐘 煩悩は燃えているか・終> To be Continued!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 第九鐘まで拝読しました。 今回はとにかく熱かった。ひたすらに面白かったです! ベルトを失い、辛い現実に直面し、目の前のことから逃げ出した禅。今まで抱えていたマイナスが一気に全てを埋め尽く…
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