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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第九鐘 煩悩は燃えているか
182/209

11. VSデスパレートアマルガム-(2)


『今こそ――我とTogetherせよ!』


 確固たる意志の、冴えわたる黒。

 ヒーローのベルト。

 愛染明王丹田帯。

 すべてのはじまり。


『その身をもって欲と弱きを知り、煩悩を《LOVE》に昇華せし者よ!』


 これは最初の囁きだ。

 あのときの俺は、意味なんてまったく意に介さなかった。すっかり聞く気がなかった。

 結果、最も重要な言葉を聞き逃していた。


 欲望も弱さも知っているからこそ、救われたからこそ、誰かに手を伸ばせるヒーローになれる。


 俺がようやく己の中に導き出した答えを、ベルトは、最初から、ハナっから、はじめから、情緒もなく塩対応で、囁いていたのだ。

 まるっきり答えを教えてくれているのに、書き写すこともできないなんて、滑稽としか言いようがなかった。

 幸いか、運命か、ベルトはもう一度、俺に囁いている。


 だが、状況は悪い。

 双樹ビルから一丁目大通りに入ったところに聳える巨大汚濁スライム。

 優月はスライムに下半身が埋まりながらも腕を伸ばし、その腕に愛染明王丹田帯がしがみついている。

 そして、ベルトのもう一端は弦を張るように大通りに立つ俺の腰に巻き付いる。


 どうすればいいのかわからない。

 でもとにかく、俺は両手で掴みベルトを引いた。

 引いたと言うよりも、ほぼ後ろに倒れていた。

 だが、優月の身体がめり込んで、ずるずると身体がスライムに引き寄せられるばかり。


 あっという間に優月は腕一本だけが露出しただけの状態に陥っていた。


「鳴滝、どういうことなんだ!」


 混乱と焦りを顔に表しながらも赤羽根が俺の前で同じくベルトを引く。

 応えられる余裕はなかった。


 続いて陽子が荒々しい声を上げ、さらに赤羽根の前につく。


 路地裏からは大きなアタッシュケースを抱えた沙羅が血相を抱えて駆け込んでくる。

 途中落としたケースからは札束がバラバラと散らばったがお構いなしだった。


 さらに、あわあわと。

 状況に気づいた華武吹町の住人達がベルトを掴み始める。

 俺にはそこに誰がいるのかなどといちいち確認していられなかった。


 ただ一つ。

 ベルトにつながる人々の息遣いが伝わって、自然と引く手のタイミングが合っていく。

 呼応するように引き合いの中心でベルトがバリバリと稲妻を纏いながら唸る。


 かたや神仏を冒涜する汚濁のバケモノ。

 かたや町内綱引き大会。


 そんなバカバカしい光景の中で、俺たちは華武吹町を、優月をブン取り返すという気持ちで一緒だった。


 吠える。

 咆える。

 いろんな声が重なる。

 みんなの身体は四十五度に傾いていた。


 目いっぱい響き渡る雄たけびの中、ふと俺は見た。

 ベルト中央から、一本の黄金帯が螺旋状に走って俺の腕に強く絡む様を。


「――っ」


 確かに、見た。

 その瞬間、だった。


 スッと身体が傾き、古いコント漫才のように全員が背中から倒れる。

 咄嗟に立ち上がり、掲げ見た俺の手からはその黄金帯は幻のように消えていた。


「…………ッ」


 そして――指と指の間の先では、空高く投げ出された優月の姿が。


「優月!」


 一足早く俺の腰に巻き付いていたベルトが呼び掛ける。


『我とTogetherせよ!』


 ――ああ!

 してやるぜ!

 望むところだ!

 もうヒーローに()()()なんて言い訳はしない!

 これは俺自身の意思だ。

 煩悩(よくぼう)のために力が欲しい。

 そのために、いろんなものとしがらんで絡まって呪われて、いろんなものの弱さや汚れを受け入れて、正面から欲しがっていく。


 ベルトが唸る。

 俺も肺の空気をすべて咆哮にして天高く撃ち出す。

 全身の水に炭酸が入れられたかのようにシュワシュワ弾け、同時に分厚くチョコレートコーティングされているようだった。


 黒炎が体中から迸る。

 この超人的な感覚にすら懐かしさを覚えていて、俺はバイザーの中でつい笑った。


 まるで、最初のあの夜じゃないか。

 この一丁目の大通り。

 馬頭観音ハヤグリーヴァ。

 それから――。


「ぜぇぇぇえんッ!! ぁンナロぉおああぁぁぁぁぁッ!」


 ――玄関前に吐かれたゲロの犯人を見つけたかのように、鬼気迫る優月。

 具体的にはミサイルのようにすっとんでくる優月のひざ。


「ヒェッ! 堪忍してくだ――ッ」


 俺の悲鳴は、慣性の法則によって聞き入れられなかった。


 俺はすっかり、まったくもって、優月がこの胸に飛び込んできて抱き合うシーンを想定していた。

 受け止める気満々で両手を広げていた。


 しかし、無防備になった俺の視界に迫ってきていたのは優月の両膝であり、受け止めたのは、それによる頭部への衝撃だった。

 優月はバイザーに着地――いや、着弾し、見事、地に足をつける。

 おまえもブッ倒す宣言通りといえよう。


「おまえ……おまえぇ、一人で出ていくなと! わがまま券、使ったのに……! 今度ばかりは許さないからな……! 膝が痛いぞ、ばか! ヴァカタレ……!」


 言うだけ言っておきながら、優月の頬には光るものが伝っていた。

 そして、次々にポロポロ、はらはらと雫が落ちてくる。

 ぐちゃぐちゃに顔を歪めて唇を噛みしめた、夏の海で見たあの顔だった。

 それから、いつもの言葉。


「……最ッ低!!」


 自分勝手がすぎるってわかっている。

 だけど、見放さないでくれて、怒ってくれて、感情的になってくれて、俺は嬉しかった。

 だから俺は、すんなりと、甘えるようにいつもの調子、いつもの鳴滝禅を取り戻す。


「あのですね……その件は、煮るなり焼くなりしてもらって構わないといいますか……むしろ、どのようなプレイ――あ、いや、お怒りにも応じたりご奉仕する所存ではございますが……」


 心の底からそう思っている。

 許してくれるのならなんでもする。

 とはいえ、そういう話をするには、背景が少々物騒すぎた。


 バイザーを擦りながら起き上がる。


「とりあえずアレ倒さない? ああいうシリアスでおっかないの、俺たちには似合わないっしょ」


 もちろん俺の親指が指したのは汚濁スライム。

 優月は歯ぎしりし、両手で顔を拭い、みっともなく地団駄を踏んで……クールダウンがうまくいかなかったのか、半ば命じた。


「たああぁぁッ……! さっさとしろ!!」


「あ、はい。すぐやります」


 ざわつく聴衆の中から「やっぱり二号」「尻に敷かれて」などと憐れむ言葉が聞こえるが俺には反論の余地はない。

 反論する気もない。


 カッコついてないとか、ボンノウガーだとか、ダサいとかダサくないとか、そんなことは俺にとって大事じゃない。

 カッコついてなくてダサくても。

 弱くて汚れていても。

 受け入れてくれる人たちがそばにいる。

 それだけで上等だ。


 だからこそ。


「さぁて……と!」


 俺は巨大に膨れ上がった欲望と絶望の混合物(アルマガム)を仰ぎ睨んだ。


「色恋沙汰のお時間だ。つうことで、このとっちらかった地獄の沙汰は幕引きさせてもらおうか!」


 ベルトにはチンターマニが――如意輪観音のチンターマニチャクラがついている。

 制御能力。

 つまり、制御下にある。

 いける気がする。

 いや、いける。


 確信があった。

 ベルトも応じるように、雷を放ち、風を切り、吠えるように回転する。


 俺は、唱えた。


全解除(アンシール)ッ! 梵ノ(オウガ)ッ!」


 真打登場ってヤツだ。


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