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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第八鐘 壊れかけの煩悩
162/209

09. 腐敗の王、銀の蠅-(1)

「相変わらず野蛮で、乱暴で、些末で、下品な思考回路。猿とて、もう少し行儀が良いものです」


「なら、猿山の猿相手に説法リサイタルでもひらいてろよ」


 俺は重心を低く構える。


 暗闇の中、反響する音からの位置情報を拾う他無いが、今わかることは機材いっぱいの手術室は俺にとってもアーリヤにとっても狭すぎるということだけだ。

 状況的には取っ組み合うことになりそうだが、そうなればチャージを浴びせかけてやる。


 しかし、向こうは向こうで思惑があるようで、アーリヤは余裕綽々、照らされる中で肩越しに微笑んでいた。


 チリーン、と手持ち鐘のか細い音が響く。

 あれは――チンターマニエフェクト。

 怪仏化を進行させる音色だ。

 だが、黒い珠はいまだアーリヤの手の中で――いや、おかしい。


 馬頭観音、千手観音、そして取り返した十一面観音のチンターマニは俺が持っている。

 聖観音アーリヤ、如意輪観音チンターマニチャクラが怪仏として存在するのであれば、残るは准胝観音チュンディーのみだ。

 しかし、あれはたしか半分に割れていて、バグってたって感じだった。

 連中の技術の産物なのだから直したってのもありえなくはないが、順当に考えて今、アーリヤが手にしているチンターマニは割れているはずなのだ。


 どういうことなんだ……!


「死にたくない、死にたくないぃ~! 痛いの、苦しいの、暗いの、こわいの全部嫌だ~」


 暗闇の中から、金属を押し合いへし合いしながら蠢く気配と三瀬川院長の声。


「あーあ、一撃でトドメを刺してあげないばかりに」


 アーリヤは続けてチンターマニエフェクトを歌わせた。


「死にたく――ぎぎぎ……」


 暗闇の中から、バキバキと痛々しい音、そして、激しく割れた電子音のような声が響く。

 懐中電灯を向ければ、三瀬川院長のシルエットから何本もの腕が高く延びるところだった。


 二番煎じの展開。

 二番煎じの光景。

 人がその欲望ゆえに、欲望を失うところだった。


「あらかじめ埋め込んでおいたのです。この男は金や脅しで簡単に心変わりしてしまう、弱くて醜い意志の持ち主だったので」


 アーリヤの指の中で黒い玉がくちゃりと潰れた。

 そして、その厚ぼったい唇の間に、つぶれた(ぎょく)が飲み込まれていく。

 指に残ったものを舐めとるとアーリヤの微笑みは嘲笑に歪んだ。


「ああ、これはあなたが贔屓にしている獅子屋のあんこ玉です。面白いでしょう。たまには私も冗談を言うのですよ」


「てんめぇ……クッソくだらねぇ事で、俺の獅子屋を汚すんじゃねぇ……!」


「おやおや、あなたの感性に合わせて差し上げたのに、自らくだらないとこき下ろしてしまうとは」


「……ほう。ならご希望通り、残った顔半分焼いて両目に泥団子でも詰めてやらぁッ!」


 三瀬川の声は、波長だか周波数だかが合っていないような激しい音割れがある。まだ怪仏化が完了していないということだ。

 アーリヤの持つチンターマニエフェクトを奪えば、間に合う可能性がある。


 俺は懐中電灯を投げ、光の出所を攪乱、暗闇に包まれたタイミングで、あらかじめ見定めていたアーリヤの横っ面に拳を繰り出す。

 しかし、拳は空を切っただけで、しゃんっと耳元で鳴ったと同時に俺の体は『へ』の字に曲がっていた。


「望まれた救いの邪魔立てをしようなどという、愚かな考えなどお見通しですッ」


「ッが、は」


 アーリヤの膝蹴りが入っていた。

 浮いたボディにさらに打撃が突き刺さってくる。

 フルパワーで蹴られれば俺の体は天井を突き抜けるだろう。そして逃げおおせることもできた。

 だが、俺はサッカーボールのようにリフティングされ、フルコンボから抜けることができない。


「ご安心なさい、私はあなたを救う気など毛頭無い。だから、あなたが嫌悪や憎悪を募らせようが、まったくッ――気にッ――なりませんッ!」


 フィニッシュの錫杖を食らって壁にたたきつけられ、意識が遠のき――頭の左右からの衝撃でハッとする。

 俺は地面にうつ伏せになっており、頭をアーリヤの足蹴にされていた。

 俺がたたきつけられてできあがった天井の亀裂から、パラパラとコンクリート片が落ちる音がする。意識を失っていたのはほんの一瞬だろう。


「仏の靴底ですよ、ありがたくッ受け取りなさいッ!」


「ッぐあぁぁぁああッ!」


 さらに重く踏みつけられ、頭蓋骨が軋む。


 ――くそ、クソが!

 こいつなんかに……!


 その苛立ちが燃え上がるも、まだまだ生半可な怒りの感情では、アーリヤにスルーされてしまう。

 皮肉にも俺の懐中電灯が丁度、バキバキと変形する三瀬川院長を照らし出したままだったが、文字通り手も足も出なかった。


「我が名は、三瀬川病院のぉ、院長にして~……千手観音サ、ハスラブジャあ……!」


 こいつ……!

 チンターマニとは別の……よりにもよって反射バリア持ちで、結局一人で倒すことのできなかったあの怪仏になるってのか……!


 まるで、スポットライトのように丸く切り取られた光の中で、三瀬川院長の体はぶくぶくと膨らんでいく。

 肉が何段腹も作り、その脇から手首や腕が生え、まるで不格好な襟巻のように首から腕が伸びていた。尾でさえ大きな手のひらとなり、うねりながら手印を掲げていた。


「おお、なんて素晴らしい! はじめからこうすれば良かったんダァ! 人間などやめればよかったのダァ!」


「身体が残っても人間やめたら死んだも同じなのがわかんねぇのか、三瀬川ァッ!! 煩悩を燃やせェ!」


 俺が絞り出した悪足掻きの声をかき消すように、鐘の音がのしかかる。


 チリーン、チリーン、チリーン。

 か細い音が響きわたるたびに、三瀬川の歓喜の声は明瞭になっていく。


 俺は何もできなかったし――結果的に、ソレは三瀬川院長の望み通りとなった。


「こりゃあいい気分ダア! ワシの体は若がえったゾォ! すっかり健康になっタ!」


 ……残念ながら俺にはそうは見えないが。

 誰がどう、どこから見ても千手観音など連想もしない、ゲジ、ゲテモノの不愉快な特徴を寄せて集めた巨大な肉ムカデだ。


「こぉんな清々しい気分、久々だナア!」


 三瀬側院長は己の姿が見えていないようで、それでも死の恐怖から切り離されたのは確かなようだった。

 つまり、もう……戻る意思など有りはしないだろう。


 かたや、俺の頭上から「おやおや」と無責任なアーリヤの声が落ちてくる。


「チュンディーの割れたチンターマニを使って、別の観音を下ろしてみました。どうやら不具合だらけになってしまったみたいです。失敗作です。まぁ所詮、不良品の肉体と不良品のチンターマニ……期待はしていませんでした。ふぅむ……ならばいっそ砕いてしまったほうが効率的か……」


「銀蠅、てめぇ……! 性懲りもなく、助けを求める人間を実験台にしやがったな……!」


「何を仰いますか。助けを求める人間を実験台にしたのはこの男のほうです。ご存じないのですか? 五十年前、力で抵抗できない女子供で涅槃症候群の人体実験を行い、過ちを隠し、救いを乞う者からありったけの財を巻き上げた。そのような醜く、黒く、濁りきった肉の塊から、望みのとおり死の恐怖を取り除いてさしあげました。これを慈悲と言わずして何をいいましょう」


「詭弁っつうんだよ! そうやって生まれた怪仏は無関係な人間を強制救済に――絶望に陥れる。そうなりゃお仲間も絶望も増やしたい放題だな? 悪趣味なおまえらしい、悪趣味な救済の、悪趣味なシナリオだ!」


「ずいぶんな姿勢からずいぶんなことを言いますね。ならばあなたは――無明の明王は、病に蝕まれ絶望の果てに人であることさえやめたこの男、どうやって救いましょう? 見せてください。あなたの粋な救済、粋なシナリオとやらを」


「…………ッ」


「では、この醜い廃棄物の後始末、お任せしましたよ」


 もうこれ以上の怪仏化は不必要と言わんばかりに、手鐘の音が止み、代わってしゃらりと錫杖が鳴る。

 そして、俺を押さえつけていた気配が消えた。


 すぐさま立ち上がり見回すもアーリヤはそこにおらず、咄嗟に懐中電灯の矛先を三瀬川院長――千手観音サハスラブジャに向けるもそこも、誰も……何もいなかった。


 入れ替わりに、ざわざわ……と頭上で静かにこすれあうような音がする。

 ふと天井を照らすとそこに、いた。

 張り付いて。


「アァ~、気分がいイ! こりゃあイイ! ミィんなも救ってあげなきゃあナ! オン バザラ キリク ジュンテイ ソワカ!」


 ぬぅ、とイボだらけの顔が、逆さま状態で俺の目の前に迫っていた。

 天井から上半身をそらせた姿勢で。

 不揃いで黒ずんだ歯を見せ、笑う。


 俺はその奇怪さに一瞬呆けてしまい、闇の中から迫る多数の手に(おく)れをとった。

 抵抗する間もなく、手足を掴まれ背もたれが壊れた手術台に押さえつけられる。


「どこか悪いところはありませんカ~? 病には死がよぉく効きますよ~」


「ちくしょう、ずいぶんな対処療法に行き着いたな、ヤブ医者ぁ!」


「先生を信じなさイイ! 死亡者の百パーセントが再入院をしていないというデータがありマス!」


 さらに、俺の首には一本、二本で済まないほどの腕が絡み、締め付けるどころか胴体と引き離すことを目的とした力がこもった。


 こうなったら、気は重いがやるしかない……。


 千手観音サハスラブジャ。

 以前、沙羅に寄生していた観音。

 ずいぶんとフォルムに違いがあるが、もし性能が同じであるのなら一番厄介なのは真言による反射能力だろう。


 ここでチャージした一発をブッ放せば()()()()になるのは俺の方だ。


 ならば――黒炎の出力を上げ、十八番(おはこ)の気合で耐える作戦でいく!


「のらあぁぁ! 夜の病院というエロワードを、よくもゲテモノホラーに塗り替えやがって!」


 ボッ、肉ムカデと俺の間で黒炎が爆ぜた。

 破壊音とともに手術台は砕け、俺は床へ転がり落ちる。

 反射ダメージは……無い。


「ンぎゃッ!」


 一方、サハスラブジャは浮かび上がるどころか天井を貫通。

 さらに上階廊下の天井に張り付いていた。


 一方的にダメージが通った……?

 反射バリアの能力じゃ、ない……?


「おお、乱暴な患者でかなわんわイ! オン ソワカ バザラ キリク ジュンテイ ソワカッ ソワカッ ソワカァッ!」


 ってか、サハスラブジャの真言ってそんなんだったっけ……?


「オン シャレイ バザラ ウンタラ カンタラ ソワカ! あ、あひゃあ!」


 こいつ、まさか……。


「てめぇ! バグってて真言、唱えられないのか!」


 反射能力のない怪仏サハスラブジャ……そんなモン、怪仏の中でも雑魚オブ雑魚!

 畜生、チャージしていたエロビームをブッ放しておくんだった!

 いや、今からでも!


 ベルトのあたりに手をかざす。

 少なくとももう一枚天井を抜くことになるが、いまさら被害状況なんて考えていられるか!


 ――反撃開始だ!


挿絵(By みてみん)


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