08. ドキドキ☆深夜病棟-(2)
夜の病院。
そのワードにエロいことを期待しまくっていた俺が目の当たりにしたのは、非常灯が織りなす緑と黒の不気味な世界だった。
強請れるネタを掴むため追っていた三瀬川院長は、なんと手術室へ。
人が命をつなぐ場所でもあれば、終える場所でもある……とかなんとか考えると余計足がすくんだ。
不幸中の幸いか、追跡の途中で我に返った俺は「ってか変身しとけばよくない? ってかチャージしとけばよくない?」と気がつき、ヒーロースーツという持てる力、最大の武装で手術室前に張り付いている。
つか、最初から変身しておけよってご意見はお問い合わせフォームからお願いします。
手術室の扉をこぶし一つ分、開く。
照明はつけておらず、暗闇に懐中電灯の光がキョロキョロと動き周っていた。
円形の光の中で、棚の中身とそこに伸びては何かを掴み出す、しわがれた手が照らし出される。
どうも排気物入れから、輸血パックやら何やらを失敬しているようだった。
「若さ……命……もったいないもったいない……」
三瀬川院長は手術台に懐中電灯と獲得物を並べると、おもむろに輸血パックのチューブを口元にもっていき……いやいや、まさかまさかと思っているうちにじゅるじゅると汚い音を立てはじめた。
お、おえええ……。
俺が追っていたのは、吸血イボガエルジジイだったらしい。
コレからアレコレ聞き出すの?
俺一人で?
……マジ?
前門の吸血イボガエルジジイ、後門のジャスティス・バイオレンス。
…………。
ええい、前進あるのみ。
衝撃と陰鬱な気分をやり過ごしながら、俺は出るタイミングをうかがっていた。
現行犯をとっ捕まえれば三瀬川院長とて言い訳はしないだろう。あの体型で逃げ足が速そうにも思えないし。
そいじゃ、覚悟を決めて……と身を乗り出したところだった。
「誰かいるの?」
無警戒な方向から女の声が滑ってくるとともに、パッと目の前が明るくなる。
円形の光に囲まれていた。
「ッ、きゃああああああ! 悪霊~!」
廊下の先から俺を照らす光源は、甲高く叫ぶなりキュッキュとリノリウムの床を踏みつけて逃げ去っていった。
巡回の看護婦だったのだろう。
そりゃあ、ボンノウガーの黒いヒーロースーツはお世辞にもカッコイイ正義のヒーローとは言えない。
背中から黒い炎とか上がってるし、手足は獣じみているし。
そんなシルエットが手術室前のドアに張り付いているのだ、俺だって悲鳴を上げる。なんならもっと高い声で。
わかる。
納得。
などとしみじみ共感している場合ではない。
手術室の中、懐中電灯の光がせわしなく動き、三瀬川院長が食いかけの獲得物を両手いっぱいに抱えたところだった。
逃げるつもりか、そりゃそうだ。
そうはさせまいとドアを開け放ち、手術台を乗り越え、光を頼りに三瀬川院長の首根っこを掴む。
肥えた身体を右から左へブン回し手術台に叩きつけ、落とした懐中電灯を拾いシミだらけの顔を照らすと――三瀬川院長の反応はポカンとしたままだった。
老人故か、反応が悪ければ状況もわからんといった様子。
俺は懐中電灯を持つ手首を返し、顎から自分を照らして見せた。
「貴様、ベルトの――ッ」
すかさず三瀬川院長の口を手で塞ぐ。
くそ、美人相手だったらおいしいシチュエーションだったのに。
夜の病院という素敵なエロワードを、すっかりホラーに塗り替えた元凶だと思うと、さらにムカついてきたな。
「さすがは院長様だ、よくご存じで! さっそくで悪いがこの意地も倫理も衛生も、そろいもそろって汚ねぇつまみ食い、世間様にチクられたくなかったらちょいと大人しくしてもらおうか!」
恐怖に目を見開き、何度も頷く三瀬川院長。
そして、聞いてもいないのにつるつる言葉を滑らせた。
「ワシはただ、涅槃症候群にしてもらいたいだけなんだぁ~!」
涅槃症候群。
たしか、吉原も言ってたな。
若さだとか永遠だとか……いや、アーリヤはそれを否定した。結局、何かはわからない。
「それが目当てで怪仏側についたってのか!」
俺はかまをかけた。
相手は仮にも大病院の院長、竹中ほど頭の回転が鈍いとは思わないが、この慌てようじゃ思考力はすっかり落ちているだろう。
胸倉を掴み、額をねじりあてた。
「そ、そうだ……ワシの病も治せるはずだ……! ガンだ! それでも涅槃症候群となれば救われるはずだ! 死にたくない、長く生きたい! 誰だってそうだろう……?」
三瀬川院長の視線が一瞬、俺の背後を見た。
同時に、しゃらりと……あの、厭な音がする。
思考する間もなく嫌悪感のみで身を転がした俺は見た。
暗闇の中、照り返す黄金錫杖が三瀬川院長のハゲた頭頂部すれすれで着弾し、手術台の背もたれを吹き飛ばす様を。
「やっぱり湧きやがったな、ゴミムシ観音……!」
「笑わせますね。もはや曼荼羅条約はこちらのテリトリーなのですよ」
聖観音アーリヤ・アヴァローキテーシュヴァラ。
俺はひょいと着地したアーリヤを照らした。
銀髪に褐色の肌。小綺麗な顔立ち。
神秘的な見た目に相反して、息をするように下劣と外道をやってのける人型害悪だ。
そして、右目にも黒いブツがはめ込まれている。
吉原の時もそうだった。
こいつは曼荼羅条約と怪仏が平等だなんてこれっぽっちも思っていない。
それどころか――俺の神経を逆なでするように、懐から金色の手持ち鐘を取り出して見せた。
また三瀬川院長にチンターマニを飲ませて、怪仏化させようって魂胆だろう。
既視感に満ちた光景が繰り広げられる。
「聖観音様ぁ~! 助けてください!」
「ええ、助けましょう」
「ベルト所持者も襲ってくる、ガンもこの身を蝕んでいく……! ワシを救う方法は涅槃症候群だけ! さあ、早くワシを!」
「あなたも誤解しているのですか。あれは治療でも健康でもありません」
若さ。
健康。
俺にとっては困るほど有り余ってるモンだが、曼荼羅条約の老人どもにとっては金で買えない上に、喉から手が出るほど欲しいモンだ。
だが、実際は永遠の若さでも、治療でも健康でもない……らしい。
おおかた、若返りや健康への憧憬をアーリヤにつけこまれて、寝返ったってところか。
「ここにもっと良いものがあります」
案の定、そう言ってアーリヤは右目から黒い玉を取り出した。
「おい、院長! それ飲んだら吉原みたいなことになるぞ……! 怪仏になっちまうんだぞ!」
ぎょっとして伸ばした手を引っ込める三瀬川院長。
「病に蝕まれて苦しみながら死にますか? それとも我ら怪仏となり、苦痛と無縁な肉体を手に入れますか?」
「死にたく、ないぃ~……」
再び三瀬川院長の指先が伸び、その瞬間には俺の蹴りがその脳天に突き刺さって丸い体が手術室の奥へフッ飛んでいた。
暗闇の中でガシャガシャと機材が倒れる音がしたが、俺とて手加減したので、いくら病人で老体とはいえ死んではいないだろう。
「二番煎じな上にまどろっこしいマネしてんじゃねえぞ、銀蠅! そのジジイ伸してでも止めたるわぁッ!」
俺の脳内赤羽根が親指を立てた気がした。
「相変わらず野蛮で、乱暴で、些末で、下品な思考回路。猿とて、もう少し行儀が良いものです」
「なら、猿山の猿相手に説法リサイタルでもひらいてろよ」
俺は体を低く構える。
狭いし暗い。
取っ組み合うしかないが、そうなりゃこっちのほうが有利だ。
チャージを浴びせかけてやる。
しかし、アーリヤは余裕綽々、肩越しに微笑んでいた。
チリーン、と手持ち鐘のか細い音が響く。





