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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第八鐘 壊れかけの煩悩
157/209

04. 今週のYAMABA-(1)


 楽しい入院生活、五日目。

 ベルトちゃんのお力で、早くも右足の痛みは消え去っていた。


 この速度で治るのであれば、退院時にレントゲンを撮られて不審がられるのは覚悟しておくべきだろう。

 いっそ、白澤先生には包み隠さず話して、ついでに三瀬川院長についても聞いてしまうのが早いんじゃないだろうか。

 ……なんて幾度となく考えたが、俺の病室に来ては愚痴と甲高い異音を漏らし、空元気を捻りだしては退場する白澤先生に、ややこしい話を切り出せなかった。


 中に入ってみて肌身に感じたとおり、三瀬川病院は長らくパンク状態。

 ひそやかに煩悩大迷災の再来が囁かれている。

 いま、特撮ヒーロー話に巻き込んでみろ……。

 良くも悪くも白澤先生はブッ壊れてしまう。


 そんなのっぴきならない事情もあり、俺は楽ちんショートカットコースを使わずコツコツと聞き込み調査に精を出していた。


 言われた通りに。

 愚直に、真面目に。


 赤羽根に頼まれたとはいえ、怪仏を倒して一件落着すれば優月も俺も晴れて自分の人生を謳歌できる。

 つまり、エブリデイエブリタイム、エロのことだけを考えても良いというわけだ。

 三瀬川のガサ入れは、ヒーローとして、ボンノウガーとして、優月を救うために必然といえよう。


 よって、その道に横たわる苦難や難関も必然である。


「禅くんは~、カノジョとかいるのォ~?」


「えへへ……うぅん、どうかなぁ? どうなんだろう~?」


 必然である。


「そんな質問、困っちゃいますよねェ? カノジョがいてもいなくても、私たちには関係が無いですからぁ、()()してくださいねェ~」


「なっ、なんのことかわからないけど安心だなぁ! なんのことかわからないけど!」


 必然。


 個人病室で過ごす午後四時。

 カーテンの向こうから涼やかな秋の風が入り込んで、耳をすませば子どものはしゃぎ声が聞こえる。

 穏やかで平和な日常がすぐそばで流れる中で、心なしかはだけた感じのナースのお姉さん二人がベッドの左右から腰かけ身を乗り出しホンモノのナースプレイの火蓋がいま切って落とされようと――そんなインモラルな苦難に陥っていた。


 待ってくださいこれは不可抗力だ。


 先に述べたように、病院内はパンク寸前。

 イライラとギスギスの雰囲気はナースの間にも流れていた。


 そこに俺みたいなファッションヤンキーボーイが「最近どう?」とか「面白いことない?」とかあっちへこっちへ暇そうに聞いて回るのだから、若さを持て余していると思われるわけだし、それならば面白いことにしてやろうって親切心が働くのも納得だ。

 実際、若さは持て余しまくってるワケだし。


 そして、両脇の親切な天使様の視線はチラチラッと、俺の下半身……もといシーツのシワの頂に向かっていた。

 言うまでもないが、これも男子的不可抗力である。男子的天変地異ともいう。いわゆる男子的運命(ディスティニー)だ。


 以前の俺ならこの運命に「どうか共に、この荒ぶる御霊を鎮めてはくださらぬか」と両手を合わせていたシーンだろう。


 だが、今は違う。

 俺は成長した。

 よそ見は危険、事故のもと。

 敵か味方かわからないナースより、一蓮托生の優月とともに荒ぶる御霊を鎮めるべきだ。

 至極当然、はっきりと、俺はお断りを述べた。


「……あの、ま、まだ明るい時間だし、お姉さんたちは仕事中で忙しいんじゃないかな~……なんて……思うわけですが……」


「…………ですが?」


「…………」


「あのねェ、本当は夜に来たいんだけどォ~……」


 俺の言葉に割って入りながら、顔を見合わせ卑屈な笑みを浮かべ合うナースたち。

 予感した通り、オフレコ風味の悪口がはじまる。


「ここの院長ってさ、デブでハゲで青白い顔にイボイボできたジジイなんだけどォ……あのジジイ、悪い病気にかかっているみたいで変な匂いとかもしてェ」


「それだけじゃなくて、経営周りは双樹コーポレーションの言いなり、手術のことは白澤先生に押し付け、院内トラブルはほったらかしで、勤務スケジュールもメチャクチャ。いるだけ厄介な方なんですよォ」


「そんな嫌われモノのジジイが夜中に"若さ"とか"命"とか言いながら徘徊してて、超不気味なのォ! ほんと気持ち悪~いィ!」


「だからぁ、私たち……午後の見回りついでにお気に入りの患者さんに()()のお手伝いしてあげることにしてるんですゥ、ンふ」


 図らずとも計算通り、三瀬川院長の名前が出た。


 病院案内の写真では恰幅のよい優しそうなお医者先生って感じだったが、遠目から見たかぎりでは彼女たちの言う通り、不気味な印象だった。

 目は落ちくぼんで、足取りは重く、丸い体を引きずるようにして歩いていた姿は、妖怪イボガエル人間とあだ名されてもおかしくない。

 そのような風体の男がぶつぶつと独り言を唱えながら、緑色の非常灯に照らされた廊下を歩いているのは……確かに怖いな。


 俺は聞き返す。


「その話、もう少し詳しく――」


「詳しくゥ? どんな風に処理されるかは、お楽しみにィ~」


「ホラ、動かないでくださいねェ」


「いや、ちょっちょっ……待った! しょ、処理は、自分でやります……!」


「健康に悪いよォ」


「じゃあ、終わったら質問タイムにしてあげますねェ」


「くっ……」


 夜中に徘徊する三瀬川院長。

 この情報をつかまねば俺は赤羽根にバイオレンス処理されてしまう。

 だったらナースにセクシャル処理されたほうが何百倍もマシだ。

 性義(せいぎ)には犠性(ぎせい)が必要ってジャスティス・ウイングも言ってた。


 双方から伸びてくる手から己の頂を庇いつつ、俺は祈るように目を閉じる。


 これは本物のしょうがない案件!

 しょうがない!

 しょうがないがたわわに実り、しょうがないが甘い芳香を放つ、しょうがないの酒池肉林だ!


 頭の中で言い訳が駆け巡る中、シーツの上から庇う俺の手の上にとうとう華奢な指先が触れる。

 そして、そのまま――格闘ゲームの最終奥義技コマンドが如く複雑にレバー入力されていた。


「ん"ッ」


 声が、出ず。


 まず、俺のパジャマと同じ柔軟剤の香りが鼻をよぎった。その瞬間に体は一足早く()()を悟ったのか総毛立っていた。

 見開いた目から飛び込んできたのは――あー、やっぱり。

 絹のような黒髪が揺れ、その髪の隙間から覗いたのは――自宅前に吐かれたゲロでも見るかのような、我らが管理人様の黒い瞳だった。


「最低」


「ゆぢゅぎ……」


 ふっ。

 さっそく俺の言い訳バリアが鉄壁の防御を見せるときがきたようだぜッ!!


 なお、このフリである。

 察っ


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