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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第七鐘 Shout at the Bonnow
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08. 迦楼羅-GARUDA


 俺はヒーロースーツのコーディングを解除されて、とりわけ凹凸激しい瓦礫の山の上に……そうだ、叩きつけられていた。

 身体の痛みはそのせいだった。


 意識が混濁して、状況を理解するのにも、かなりの時間を要していた、と思う。たぶん。


 痛い。

 赤羽根から借りたスーツはそこかしこ切れているけれど、全身は一応つながっている。

 いや、でも。

 そんなのどうでもいい。

 相手は魔王。

 恐れのあまり数多の異名を持つ、相手はそんなヤバい存在なんだ。

 無理だ。

 沈もう。

 閉ざそう。

 穿たれた快楽と渇きの奔流に、全部委ねてしまおう。


 うつぶせたまま、まぶたを閉じようとした。

 でも、()()があまりにも綺麗で、俺はむしろ目を見開いていた。


 黄金の間。

 瓦礫の山。

 大穴の、さらにその上でガラス天井さえ割れて臨む夜空。

 その中に揺れる赤い炎の翼。


 天使、などというにはあまりにも猛々しい翼人が立っていた。

 いいや、あれはヒーローだ。


「そうか……」


 その、すっげーダサい名前のヒーローは言った。


「そうだったのか……」


 慰めるような、哀れむような口調が、むずがゆくなるくらい優しかった。


「この猛烈な渇き……これがお前自身なのか」


 俺に向けられた言葉ではない。

 いまだ容赦なく、雷電を(まと)う魔王に向けられていた。


 この欲望は、快楽と渇望。

 いっそ、殺してくれ、滅ぼしてくれと願うほどの苦痛。

 生半可な意思では切り裂けない残影。

 彼の異名は――死より悪しきもの。


「だとしても、答えは変わらないだろう? 正義、君はヒーローで、僕は死より悪しき煩悩の魔王だ! 悪の存在にいきりたて! それが正義のヒーローというものだろう!」


 沈黙はそれほど長くなかった。

 覚悟が決まったのだろう。


 燃える三鈷剣を構え、ジャスティス・ウイングは肩を揺らした。


「お前が望むのなら、そのひび割れた渇望の盃、満たしてやる――アキラ」


 指一本動かせずうつぶせているだけの俺は、その中に揺れる炎を見ていた。


全解除(アンシール)、梵の(フェニックス)!」


 ジャスティス・ウイングがベルトの上に指を滑らせると、その赤は高く燃え上がる。

 痛みに唸るような雄叫び、ヒーロースーツの隙間から上がる"怒り"、その姿は不動明王そのものだった。


 俺はまぶたを閉じることが出来なかった。

 視界は薄ぼんやりしているのに、綺麗で、恐ろしくて……その光と熱が、腹いっぱい詰め込まれた黒い煩悩を溶かしていくようで。


 いや、まさしくそうだった。

 マーラの吐いた黒霧が、この輝きに浄化されていく。

 瓦礫の上で伸びていた男たちの呻き声が、明瞭なざわめきに変わって――擬似的な煩悩大迷災は祓われていた。


 これが、即身明王。

 これが、本来の丹田帯(ベルト)の力。

 五十年前、煩悩大迷災と時をあわせて存在していたら、間違いなく……救っていただろう。

 英雄(ヒーロー)だ。


 次第に霧がかった意識がクリアになって、ベルトのあたり――愛染明王丹田帯が静かに回転の圧を訴えはじめた。

 指先、手首、腕……足も、打ったり擦り切れているが、しっかり動かせる。

 頭を振りつつ身体を起こし、立ち上がることが出来た。


 ギィンッ――と頭上で金属がぶつかり合うような音が響く。

 見上げてみれば、魔王マーラとジャスティス・ウィングがぶつかり合い、鍔迫り合い、せめぎ合いが繰り広げられていた。


 衝撃波さえ凄まじく、そのたびに足元がおぼつかなくなる!

 余波だけなのに!

 ヒーローの戦いってのは、生身にはこんなに衝撃があるのか……!


 左右フラフラ揺れながらも、ちりめん模様のお蝶さんにたどり着く。

 彼女――他警備員と思わしき屈強な男たち数名――は半身を起こし、見知った場所の崩壊、そして押し迫る空気振動に呆然としていた。


「アレ、燃えてるじゃないか……!」


 ジャスティス・ウィングの煌々と燃え上がる炎を見てだろう。

 その光が充満した黒い煩悩の瘴気を消し去っている、と説明してもお蝶さんはポカンとしたままだった。


「とにかく! お蝶さん、ここからどうなるかわからないから早いとこ逃げてくれ」


 さらに十数秒たっぷり呆然とするも、お蝶さんは自分の頬を両手で叩き「あいよ!」と景気良く返事する。

 きびきびと瓦礫山をかきわけ、まずは半ボケの竹中一味に平手と蹴りをお見舞いした。


「起きんか、ボケェッ! 足腰立たないヤツぁ、引きずってやんな!」


 他の男たちも文字通り叩き起こすと、乱れ髪をさらに振り乱し、そろって玄関口に走った。

 刹那、足を止めて振り返ると、彼女はありがてぇ手印を掲げる。


「ボーナスつけて待ってるよ!」


「ったりめーだ!」


 俺も同じ手印を返してお蝶さんたちを見送り、そして見上げる。


 大穴の中央に浮かぶマーラ。

 瓦礫の上で燃え上がるジャスティス・ウィング。

 睨みあう赤と黒は、名乗り上げているとおり、悪者と正義のヒーローにしか見えない。


 ただ。

 少なくとも。

 赤羽根・ジャスティス・正義は、即身明王抜きにしてでも、そこに立つだろう。


「不動明王の意思(チンター)に燃やされてでも、僕を満たそうというのか。嬉しいな!」


 マーラはせせら笑う。

 一方、ジャスティス・ウイングは三鈷剣、そして不動明王の武器である左手の羂索(なわ)をぎちぎちと握り締めた。


「俺の身は、とうの昔に不動明王に捧げられた。そして今、ようやく火種としてここに燃えている。即身明王(ヒーロー)の宿命を成すために」


「そうだ。正義は悪を、完膚なきまでに挫かねばならない……!」


「いいや――」


 ちらりとジャスティス・ウイングは俺を見た。


「――助けを求めているヤツを救う。それが即身明王(ヒーロー)だ」


 おい。

 それは……俺のセリフだっつの。


 そのヒーローは、即身明王ではなく赤羽根・ジャスティス・正義としてそこにいる。

 そして魔王マーラではなくアキラを、悪ではなく弱者として救おうと――


「だからアキラ、お前を――殺す! 必ず、殺す……!」


「あーっはっはっはっは! 不動明王の意思(チンター)に潰されたか! ならば、ラストダンスだ――正義」


 ――前言撤回。

 俺にはちょっと理解できない流れになってきた。



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