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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第七鐘 Shout at the Bonnow
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04. 可能性少女ソラ


 フロアは気まずく静まり返る。

 そうしてようやく満足げに口角を上げると、吉原は自らを主張するように枯れ枝のような両手を広げた。


「ようこそ、華武吹町一の極楽浄土、花魁クラブへ!」


 しわがれているのに妙にねっとりとした声はインパクト抜群だ。 


「今夜はたんと飲んで食べて騒いでくださいね。もしかしたら、スペシャルゲストが飛び入り参加してくれるかもしれませんわ! おほほほ!」


 スペシャルゲスト。


 曼荼羅条約、吉原菊代が考えることなど……なるほどねぇ。

 お蝶さんにゃ悪いが、こりゃあ俺たちへの挑戦状かもなあ。


 さあて、どうすっかなあ……!


「そいじゃ、豪ちゃん。おれはこの辺で」


 厭な雰囲気を察したのだろう、番台の爺さんは寿司の山が成る皿を大事そうにかかえてエレベーターへ。

 扉は余韻無く、むしろそそくさと閉じた。

 ずいぶんと勘良くボケているものだ。

 そんなキャラクターで色々と許されているのだろう。

 俺も老後はあんなポジションでいたいモンだ。あやかれあやかれ。


「鳴滝、ここは相手の出方を見るしかない。お蝶に危害が無いのなら俺たちの出番は――」


 そんじゃまあ、俺もとりあえずローストビーフを食って……。


「……鳴滝」


「ん?」


「お前はそこで大人しくしていろ。できるな。大人しく、していろ」


 そんな子供相手みたいな言い方しなくてもいいだろうよ、と思っても俺の口は今度、ローストビーフで塞がっていた。


 これがまたなんだかよくわからないが、うまい。

 なんだかよくわからない薄切りの赤身肉からしっとりとした脂が溶け出して舌の上に踊る一方で、なんだかよくわからない芳醇なハーブの香りが後を追いこちらは鼻腔へ抜けていく。

 優月にも食わせたいな。一人で食べちゃってなんか悪い気もする。うまい。あいつもやしばっかり食ってるし。しかしうまいな、これ。

 嚥下。

 うまい……かった。


「ジャスくんも食べたほうがいい」


「あとでな」


 なんだよ、大人の対応しやがって!

 完全に見下してんな!


 そうこうしているうちに、吉原のスピーチが終了。

 それはそれは割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。


 結局、吉原の口からお蝶さんの名前は一切出ぬまま。

 とぼけた表情でお蝶さんは俺たちに視線を送ってきたので、俺も心情察して肩をすくめるしかない。


 当然、彼女が愚痴を言いに来る間もなく再び列形成がはじまり、しかし忖度(そんたく)あってか吉原のほうにさらなる人だかりができていた。


 それを見てか赤羽根は人が流れ始めたフロアを突っ切り、お蝶さんを正面に捉える壁際につく。目立たずにフロア全体が見渡せる位置だ。

 俺はビュッフェエリアへ往復、開かないエレベーターの扉と一階、二階を示すランプを眺めながら蟹チャーハンで腹を満たす。うまい。


 とはいえ俺たちが大人しくして、はい終了ってことにはならないだろう。

 何事も起こらないわけがない。

 吉原は何かを起こすつもりだ。


 もちろん、客に危害は与えられない、でなければターゲットはお蝶さんになるだろう。

 俺たちは出て行かざるを得ないし、お蝶さんを見捨てて撤退するわけにもいかない。


 和やかを装いながら緊張が張り詰める。

 俺の腹もそこそこに膨れて、次は五往復目なのでそろそろデザートにしようかな、もう一ターン寿司いけるかな、と思っていた……その時だった。


 チン、とエレベーターの到着音が再び差し込む。

 扉が開いた瞬間に、聞き覚えのある品の無い「がはは」なダミ声が耳に入って、俺は咄嗟に背中を向けた。


「さすが竹中の兄ぃ! 超一流のお蝶さんにお呼ばれするなんて、さすが超一流っすね!」


「だろぉ? まあ、俺くらいの有名人ともなれば当然だぁ、がはははは!」


「かっこいい! 惚れるゥ! 超一流無頼漢!」


 相変わらず仲良しだな、竹中一味!


「おっ! 食い放題じゃねえか!」


「兄ィ、お偉いさんに挨拶は?」


「いいんだよ、どーせ向こうは俺たちのことなんざ、覚えてねぇんだからよ! ほら、食え食え!」


 案の定、竹中一味はビュッフェ前に陣取り、品の無い振る舞いで係員を苦笑いさせていた。

 格好もゴールドのサテンシャツに潰れた革靴、舎弟たちなんていつものスウェットだ。

 俺でさえ顔をしかめる。


 一方、竹中たちが悪目立ちするそんな様子を、お蝶さんは遠目からほがらかに笑っていた。

 これが意外なのだが、お蝶さんは竹中一味を存外気に入っている。

 遊技場の大部屋を貸し出したり、豪勢な出前をとったり、ちょっとした特別扱いをしているようだった。


 実のところ、お蝶さんもなかなかに豪快かつ曲がらない性格なので、お客の前で(しな)を作るよりも竹中一味とゲラゲラやっているほうが性にあっているのかもしれない。

 いずれにせよ、彼女からしたら面白いペット扱いなのだけど。


 そんな竹中一味は、お互いの皿をつつきあって今日も仲良しこよしだ。

 幸いにも俺には気がついていないようなので、胸をなでおろし、安堵の溜め息を――


「アーリヤを取り逃がしたのね。聖観音さえ倒せていれば、戦いは終わったかもしれないのに」


「ブッフ――ッ!」


 アーリヤ!?

 飛び出した名前に目を白黒させるさなか、俺の目に映ったのは――黒いワンピースの女の子だった。


 長い黒髪を綺麗に切りそろえた、日本人形のような子。

 可愛らしい容貌は、とげとげしい物言いで台無しだ。

 辛気臭いワンピースも、ドレスコード的には間違いではない……けれど、女の子が一人で花魁クラブにいるのは違和感がある。

 それどころか、竹中のせいで前方注意していた俺の真横に突然沸いて出たのだ。

 まるで、はじめからその場にいたかのように。

 ……違和感だらけだ。


 早鐘を打つ胸を押さえ、息を呑み、深呼吸。

 ……よし、落ち着いてきた。


「き、きみ……」


「この世界線も、もうおしまいかしら」


 出たぁ。

 オカルトとか、パラレル系のイタイ設定。

 俺、そういうの苦手なんだよな。

 いやしかし、どうしてこの子がアーリヤのことを……?


「きみ、何者なんだ。もしかして怪仏……とか? 如意輪観音チンターマ――」


「あんな粗悪なモノと一緒にしないで。私はソラ」


 ソラ。

 名前の響きを聞いて、なんとなしに天井のガラス窓を見上げた。

 今日もどんよりした低い雲にネオンが映し出されている。

 月は見えない。

 いつもの華武吹町だ。


「ソラって、太陽とか月が光ってるお空の……ソラちゃんかな!」


「違うわ。空虚の(ソラ)。サンスクリット語ではシューニャ。ゼロを表す言葉よ」


「あ、ああ……そうですか」


 お年頃の設定なんて、俺にはもう難しい。

 内心、降参ポーズだ。


「きみ、お父さんかお母さんは?」


 ソラは十歳そこそこの見た目に似合わぬ、嫌悪感丸出しの顔で言う。


「案外、近くにいるわよ。度を超えた最低の父親が」


 うわあ、ずいぶんと嫌われてるんだなあ、お父さん。

 確かに、こんなところに連れてきてるのだから、良い父親とは言えないのだろうけれど……。


 フロアの中には――それらしい姿は賑わいの中に見つけだすことができない。

 それに、お蝶さんか吉原の待機列の中なら子供も放ったらかしになってしまうのも頷ける。


 さりとて俺も、こんなディープに黒魔法とかSFに目覚めちゃった女の子なんて、どうあつかったらいいかわからない。

 早いところその無責任な父親に引き取ってもらいたいのは山々だが、問題は……。


「でもさ、ソラちゃん。怪仏絡みじゃないのなら、どうしてアーリヤのことを知ってるんだ? きみは何者なのかな」


「察しが悪いのね。似たようなモノを良く知っているでしょ。マーラも私も、名のある神々も、強い欲望や絶望の意思(チンター)が凝固した"現象"よ。私は可能性で、マーラは残影という違いはあるけれど」


「マーラ……君が、アキラと?」


「そうよ。私たちは因果そのもの。色即是空の理をもって、好きなときに現れて好きなときに消える。だから……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、そんないっぺんにオカルト説法されても頭に入んねぇんだって……!」


「あなたはいつだって愚かね。見なさい」


 黒いワンピースの女の子――ソラは人差し指を水平に差し向けた。

 フロアの人だかりの中心。

 お蝶さんへ。

 彼女はポーっと見蕩れた様子で正面に立つ男に釘付けになっている――そういう光景がそこにはあった。


 その男は。


「……ッ!」


 肩と腰に黒い布を巻いたエスニックな民族衣装なんて、目立っていたはずだ。これまで存在していたのなら。

 しかし、俺も赤羽根も認識さえできなかった。

 突然に現れた。

 ソラと同じだ。


 長い髪と褐色の肌を黄金で飾り……まるで異国の王子様のような――いいや、あれは。


「さあ、来るわよ」


 一瞬、俺はヤツの出現を、援助の類かと思い浮かべた。

 赤羽根も状況を把握するのに戸惑っている様子だった。


 しかし、迷いの刹那。

 それはお蝶さんを抱きかかえるなり、浮遊めいたワンステップで階段上へ舞い上がった。

 超常の存在に、フロアの視線が集まり、どよめきが走る。


()()()はもう、あなたたちに手加減するつもりなんてないわ」


 アキラ・アイゼン。

 いや……()()()は。


 第六天魔王マーラは、俺たちが知っているド変態お騒がせアルバイトとは到底思えないほどの、色香と不穏に満ちた目で笑っていた。



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