12. Power of Together!-(2)
「優月の処女は俺のモンだあああああぁぁぁぁッ!!」
――。
あの時と変わらず白い光線……どころか光の壁がベルトを起点に迸っていた。
唇の端を不気味に吊り上げたアーリヤが光に包まれる。
ヤツは、湾曲解釈しきって、俺の煩悩を否定するつもりなのだ。
こいつで否定されたら……あとが無い。
頼む、終わっていてくれ……!
目が慣れた頃、夕陽の残照すら水平線に飲み込まれ、周囲は暗闇に包まれていた。
その闇の中でも、はっきりとわかった。
俺の正面――ビームの軌道上が抉れており、浅瀬に波が入り込む。
海水を巻き上げ、身を翻したアーリヤの姿があった。
「……ッ!」
その左目――いや顔半分は煙を上げ、爛れていたのだ。
「な、ぜ……」
アーリヤは正面に立っていられず、避けた。
そして、確かにその綺麗な顔に傷を作った。
「ふ、は……ははは! 逃げ腰の上に、しっかり当たったみたいだな……! お得意の湾曲解釈はどうした!」
威勢の良い言葉が出たが、俺は膝をつく。
ああ、やっぱ……コレはすっからかんになっちゃうんだな……。
アーリヤは肩を上下させ、丹念に呼吸し……いまだに顔面から煙を上げながらも薄い笑み。
わずかな光の中で、状況に不釣合いな表情が照り返す。
「なるほど。なるほど、なるほど。これでは……」
「……あ?」
疲弊した身体がアラートを鳴らした。
心臓は早鐘を打ち、背筋は凍りつき、足が震えた。
「コレ、私一人では食べきれませんね」
普通だ。
マジか、こいつ。
そうだ。こいつには、絶望とか恐怖とか……そういうのが心底わからないんだ。
全てが救済に結びつくんだ。
それが怪仏のロジックなのだ。
恍惚に歪んだ右目が俺を、見た。
俺はその意図を、左目で、見た。
「禅ッ!」
「鳴滝!」
「禅兄!」
「禅ちゃん!」
悲鳴に近いその声が聞こえたときには、俺は文字通り餌食になっていた。
喰われていたのだ。
ヒーロースーツのバイザー、その左側を。
アーリヤが、獣のように飛びついてきて、俺のバイザーを齧っていたのだ。
ほんの一瞬だというのに、その時すでにアーリヤの左目に黒いチンターマ――俺は十一面観音エーカダシャムカのチンターマニだと直感した――が一つはまっている。
「……ゲェぷ……あ、失礼。さすが観音、喉越しが良いですね」
こいつにとって、俺から食いちぎった味方の意思さえオヤツ感覚なのか。
俺がこいつと共生するのなら、こうやって一部ずつゆっくり喰われていくっていうのか。
喰うのに時間がかかる、だからアーリヤは俺たちを言いくるめようと。ゆっくり齧ろうと。
そんな邪悪を、善意で、理由もなく、成しやがるのか!
どんな綺麗な顔、立ち居振る舞いをしてもこいつは――怪仏だ。
「退け!」
三鈷剣が翻り、アーリヤは俺を踏み台にして高く飛翔。
存分に距離をとって着地すると、深く一礼する。そして腹をさする。
「少し食べ過ぎてしまいました。あの山豚以外にも、ここに来るまで、つまみ食いもあったもので」
「な……お前」
無関係の人間を食ってきたのか……!?
「次はもっとお腹を空かせておきます。あなたの煩悩さえ、共生できるよう」
アーリヤは頭を傾け微笑んだ。
そして、バックステップをとると銀色の姿は闇に溶ける。
「ああ、それと」
黒い輪郭から声だけが残った。
「すべてを話してさしあげたらどうですか。これはあなた――"第六天魔王マーラ"と、我らが母"観音菩薩"の代理戦争なのだと」
「報復のつもりか? 捻りの無いネタばらしは感心しないな」
マーラ……?
代理戦争……?
「アキラ、それはどういう――!」
薄暗がりにゾウさんの姿を探した。それはそこに居た。
抜け殻になった頭だけ。
中身は――アキラは消えていた。
「では……疑念、とやらでしたか。それ、巡らせ合えば良いのではないですか」
その後は、潮騒だけが往復していた。
規則正しい夏の音に縋ったが、俺たちが冷静さを取り戻すのにかなりの時間を要した。
*
俺の左目になんら異常はなかった。
解除、そして変身すればバイザーは元通りだ。
しかし、十一面観音エーカダシャムカは確かに奪われたのだろう。あの精緻な感覚が失われていたのだ。
状況を深刻視していたのは、意外にも赤羽根のみ。
俺の身を案じているとうより、ベルトちゃんの心配だったけど。
沙羅は「なんだぁ」とつまらなさそうに肩を竦め、優月に至っては「わかってたけど……最低、ばか、不愉快」とありとあらゆる呪詛を吐き続けていた。
そのせいもあって、連中は「腹が減った」と今一番ナーバスになりそうな動機で先に別荘に戻っていってしまったのだ。
あれだけアーリヤにボコボコにされて喰った喰われたの話があった後に、よく食が進むものである。
何の因果か (あるいか故意か)、浜辺に残されてしまった俺と陽子は顔を見合わせて苦笑しあっていた。
周囲はすっかり暗く、車道の街灯から注ぐ人工的な光とわずかな月明かりだけが頼りだ。
先ほどの騒ぎにパトカーもかけつけたが、サイレンはすっかり鳴り止んでいる。
そして、気まずいことに夜の浜辺ともあってカップルの姿がチラホラと戻ってきていた。
もう、アレだ。
どうにでもなれだ。
俺は途切れた話の続きを無理やり掘り起こす。
「あの、さ……だから、陽子は夢を追ってくれ。俺みたいなヒーローでもない、カッコもよくない、最低なクズを追わないでくれ」
潮騒は何度往復しただろう。
陽子はそっと吐き出した。
「そっか」
「ごめん……なさい」
「うん……う~ん、そっかー……」
陽子は俺を覗き込むように首をかしげていた。
焦げ付いたような、苦い苦い笑顔だった。
吐き出しきった俺が気の利いたことを言えるはずもなく、ただ「ごめん」と繰り返した。
「そっか……がっかりしすぎて"そっか"しか言えない」
乾いた溜息。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ責めるニュアンス。
黒い夜と海に射す月光。
「でも実はちょっとだけ……わかってた。禅兄にはアタシ以外の大事なものがあるんだって。そんで焦って、ばっちゃみたいに禅兄のこと追い詰めてた」
「え……」
「だって禅兄を信じたくて――ううん、アタシ……カッコいいヒーローだって決め付けて、安心したかった。禅兄の弱い部分とか、汚い部分とか知りたくなかったんだ。湾曲解釈、だな」
「ごめん……」
我ながら情けないことに三回目だった。
「ううん! だから……お互い様ってヤツ! ちょっと怒ってるけど、そーゆーことに、してあげる!」
そう言って陽子は俺の横を通り抜け海に駆け出す。
パーカーに突っ込んでいた手を出して大きく振りかぶり、海に投げた。
弧を描き黒い波に飲まれたのは白い長方形の、名刺ではなく――二つ綴りの……。
「よ、陽子……今の何……」
「にひひ、秘密っ!」
振り返らぬ陽子の声は笑っていた。
けれど、しばらくは暗いだけの海を見つめており、俺は彼女の気が済むまでその背中を――光景を目に焼き付けていた。
恐ろしいほど清々しい決着に、俺はあとあと思い知る。
俺は街のヒーローじゃないのと同じく、陽子は子供じゃなかったんだ、と。
*
いずれにせよ、アーリヤは華武吹町に戻る。
誰も口にはしなかったがその脅威は想像がついて、自然と明日には俺たちのバカンスは終わることとなった。
赤羽根にいたっては「逃亡者じみた生活から解放されてせいせいする」「アーリヤが素直に吐くとは思えん。やはりアキラを探すことが最優先だ」と静かながら息巻いており、そもそも長く続くことを望んでいなかったのだろう。
あいつがいなくなってから何もかも停滞状態だった。
確かに、アキラの真意を探らなければならない。
華武吹曼荼羅から優月を助ける方法にしたってそうだ。
マーラが何者で、何を企んでいるのか、代理戦争ってなんだ。
聞きたいことが山積みだ。
すぐにでも華武吹町に戻るべき……と納得している一方、もちろん名残惜しい。
割り当てられた部屋のベッドに転がる。
この柔らかい寝床も本日が最終日だ。
明日はまた公園の遊具の中で、朝もやの寒さに怯えながら眠るのだ。
バッキバキで痛む身体を抱えて。
こうして夏のアバンチュールは終了……。
であれば、早めに床についてじっくり堪能する。
そう思って転がったはいいものの、あれこれと考えているうちに深夜を回ろうとしていた。
そんな時刻に、だ。
こんこん、と扉が控えめにノックされた。
心臓が一つ跳ね上がる。
深夜に誰がウロついてるんだ。
ここに泊まっている生きた人間なら、電話なりしてくるだろう。
…………。
いや……。
携帯、持ってないんだった。
予想が確信になって、俺はドアを開く。
想像通りにそれは優月であったが、想像していなかった出で立ちだった。
上から白いパーカーをすっぽり着て、白い足を出していた。
「おい、最低。一緒に海に行くという約束はまだ果たしてもらっては――もらえる、のだろうか……デート、だから二人きりじゃないと、無効だぞ」
夏のアバンチュールには、ロスタイムがあるらしい。





