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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第六鐘 煩悩の果実
122/209

10. VS聖観音アーリヤ・アヴァローキテーシュヴァラ


 そして――宙に放り出されていた。


 唐突だった。


 黒い山稜。

 薄紫の空に輝く月。

 海に溶け出した夕陽。

 眼下には、双樹の別荘の灯りが見えた。


「え」


 平行移動のエネルギーが尽き、落下がはじまる。

 その瞬間にようやく俺の身体は痛みを覚えて、頭は状況を理解した。


 そうだ。

 一気に距離を詰めたアーリヤが錫杖(しゃくじょう)をバットのようにブン回し、俺は打ち上げられていたのだ。

 カキーン、ホームラン! とか、そんな滑稽かつシンプルなノリで。


 俺は正面からくることを察知して踏ん張ったはずだし、衝撃の後に足は地面に食い込んだはずだ。

 受け止めたはずだ。


 はず、なのだ。


 それを確信する前に――そんな認識さえも間に合わぬ速度で、俺は。

 そう、宙に放り出されていた。


 ウッソだろ。

 これが、怪仏化が完了した、こいつら本来の力だってのか。

 思いたくなかったが、口から言葉が漏れていた。


「つ、よ……ッ」


 しゃらりと涼やかな(かん)の音が思いのほか近くで鳴っている。


「いえ、大したことはありません」


 社交ダンスでも踊るように、アーリヤの身体が接していた。


「――ッ!」


 俺は咄嗟にチャージしていた煩悩エロビームを放つ。

 ゼロ距離だ。

 こいつとはもう対話の余地がない、知ったことか!


 だが、光は二股どころか――放射状に拡散。

 まるで、ホースの先端を指で押さえられたかのように、アーリヤの表面を滑った。


「効いてないッ……!?」


 銀髪がさらさらとなびいて、黄金が振りかざされる。


「あなたの如意で私を貫くことは出来ません」


 真下は海。

 こいつの力で叩きつけられたら最後、海上に戻れる気がしない。


 あー。

 死んだわ、これ。


 構えることも叶わぬうちに俺の身体は――足は、()()()に掴まれて、方向転換。(さざなみ)が往復する浅瀬に叩きつけられていた。

 むしろ海水がクッションになり、俺はさほどのダメージも無く砂浜で立て直す。


「――!」


 見上げた中空。

 ジャスティス・ウイングとアーリヤの一閃が衝突、インパクトの瞬間に空気が波打った。

 しかし、力の競り合いは刹那で、赤いヒーロースーツは今しがた俺が恐れていた軌道を描き、海面に叩きつけられる。


 黒い海面上、三鈷剣(ヴァジュラソード)が赤く(ひるがえ)り、水切りのように何度かはねて――赤い影が夕陽煌く波間に消えた。


「ジャスッ!」


 視界が(かげ)る。

 しゃらりと(かん)が歌う。


「この状況でヒトの心配が出来るとは、さすがですね」


 黄金錫杖がひるがえり、俺は反射的に飛びのいた。

 そして、何故かゾッとして、さらに砂浜を蹴る。


 ボッ……と、つま先の直前で、砂の幕が打ちあがり、重い雨が降り注いでいた。


「避けましたか。お見事です」


「……ッ!」


 隕石でも落下してきたような有様に、呆然としていた海水浴客がとうとう悲鳴をあげて走り去った。


 華武吹町なら、やんやと盛り上がりそうなところ、マシな反応。殊勝(しゅしょう)なこった。

 ……いいや、こんなヤバい相手なら華武吹町でも阿鼻叫喚だろう。


「絶望する必要はありませんよ。私と一つになりましょう。それこそが究極の悟り、心の安寧ではありませんか」


 もはやクレーターのように落ち窪んだ底で、アーリヤは手印を結ぶ。

 相も変わらず、淡々と事務処理でもはじめそうな普通さで。


「……ふ、はッ! てめぇとTogetherは死んでもお断りだっつってんだよ!」


 強がりを吐いていないと足がすくみそうだ。


 状況はドン底。

 怪仏アーリヤの白兵能力は、明らかにボンノウガー(おれ)を上回っている。

 それに輪をかけてヤバいのは、エロビーム――如意が、どういうわけか効かないことだ。


 右手に浜、左手にサンセットの海。

 ジャスティス・ウイングはどうなっているかわからない。

 チャージを吐いた。

 如意が効かない。

 正面には完全体、完全にヤバい怪仏アーリヤ。


「ならばやはり、強制共生救済にて、生死(せいし)の境目を超越し、共に至りましょう――極楽浄土の喜びに」


「合意も無しに一つになって、自分だけ気持ちよくなれればいいのか! だから、てめぇは気色悪いんだよ!」


「痛いのは最初だけです」


「しかも痛いんじゃん!」


 またしてもボッと重い音を立てて目の前の砂が巻き上がる。

 先ほどより分厚くて――煙幕代わりか!


「授けましょう。煩悩(ぼんのう)寂滅為楽(じゃくめついらく)


 声は、すでに耳元からだった。

 銀髪がバイザーを撫でる。

 全身が冷たく総毛立ち、肺から空気が逃げ出す。


「ゲェッ……はッ!」


 みぞおちが痛ぇ……。

 吹っ飛ばされるどころか、俺は……体をブチ抜かれたのか!?


 懸命に目で追う。

 黄金の錫杖は貫通……ではなく、俺の横っ腹に流れていただけだった。

 先端は俺の身体に衝撃は与えたものの、つるりと横に流れたのだ。


 ヤツにとっての焦燥だったのだろう、ひゅおっとアーリヤの不規則な吐息が聞こえた。

 黄金は華麗に回転、今度は反対側が差し向けられる。

 よろめきながら、俺は()()を見た。


 アーリヤの突きが、再び俺に着弾するも、接着面はどうしてか(ぬめ)り、脇腹に流れる。

 俺のチャージビームがはじかれたのと似ていた。


 それでも――


「いっづぁ……ッ!」


 ――身体に走る衝撃に俺は片膝をつく。

 だがアーリヤはそんな隙だらけの俺をさておき、錫杖の先端を忌々しげに睨んでいた。


「まさか、すでに……」


 様子がおかしい。


 なんだなんだと引き戻された錫杖を見てみれば、その両先を黒いカバーが覆っていた。

 ベルトやチンターマニと同じく、文字の這う良く知ったデザインだが、どう見てもソレは――俺の語彙力を最大限に湾曲させて言えば――表面の滑りをよくしたゴムのカバーが(せい)なる黄金棒の先端を包んでいた。


 いや、でも。

 どうしてまたそんな卑猥な状態に……。

 アーリヤは周囲を警戒し、俺は呆然としている最中だった。


 パーッ、パパパーッ!

 クラクション、それからエンジンの唸り声と、自己主張の強い音が乱入。

 茜さす浜辺を、砂を巻き上げながら突っ込んできたのは、カーキ色の四輪駆動車だった。

 天井の無い、外国人傭兵が乗りこなしていそうなヤツ。


 荒れ狂う車体の運転席で、沙羅は亜麻色の髪を振り乱しハンドルを握る。

 後部座席では、陽子がゲッソリとした顔をしながら頭を左右に振っていた。

 砂をかき分けワイルドにドリフト停車したかと思うと、開いた天井から黒い筒が顔をのぞかせ、優月はそれを肩に構える。


「怪仏め、このRPG-18の錆にしてくれるッ!」


 俺はその手の兵器に詳しくないが、RPG-18とはロケットランチャーのようなものらしい。

 トンデモ財閥、双樹のことである。

 厳ついジープにロケランが気軽に積まれていても、全く不思議ではない。

 むしろ、そういうのがセレブの嗜みなのだろう。知らんけど。


 問題は、それを優月に任せたことである。

 俺の予想は的中、その問題はすぐさま露呈した。


「ゆづきち、それ反対じゃね? ウケんだけど」


「え」


 そのやり取りが終わる前に、優月の弾頭が射出されていた。

 後方に。


 優月は反動で頭からすっとび、フロントガラスを越えて顔面から砂浜に。

 一方、誤射されたロケランの弾頭、その白煙は幸いにも無人の海岸線を駆け抜け――なぜかUターンしてきた。


「……はあ?」


 情報量が多くていまいちピンときていなかったが、強いて言えば。


 それはまるで、サーフボードのように乗りこなされていた。

 夕映え煌く海、RPG弾頭で波の上を華麗に滑ってくるのは――桃色のゾウさん。


 物理法則を無視した有様で、どんどん近づいて。

 むしろ、狙い済ましたかのように俺とアーリヤの間に向かってきて。

 こっちに、来ていて。


「来るんじゃねぇーッ!」


 俺とアーリヤが飛びのいた、まさしくその地点に着弾。

 爆音と共にまたしても砂浜に巨大な穴が穿たれ、焼けた臭い、白煙、降り注ぐ土砂の中で淫獣が立ち上がる。


 そしておもむろに、着ぐるみに手をかけ――。


「せいしの境目は守られたかッ!」


 バリバリと音を立てジッパーを破壊しながら、胴体部分を脱ぎ放った。

 浅黒い肌に彫刻のような逞しい凹凸の浮かぶ筋肉質な体つき。

 あと既視感……というか、見覚えのあるドピンクの下着に乳首制御装置。


 ……いや、そうじゃなくて。


「頭のほうを取れよ」


「身体が露出したがっているんだッ!」




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