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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第六鐘 煩悩の果実
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03. 桃色淫獣エクストリーム-(2)


 ムレムレのゾウさんは、俺の目の高さに正方形二つ(つづ)りの()()を掲げた。


 何故、よりにもよって俺に?

 俺が童貞だからか?

 それとも二股だからか?


 様々な憶測が頭を駆け巡る中、ゾウさんは俺の手をとりソレを置く。

 ここで「使う予定ありません」などと言うのも悲しくて、俺は何食わぬ顔で受け取った。


 一応、手に収まったものを確かめると、連なった正方形には――『今回の説法テーマは"疑念"!』と。

 コッテコテの創英角ポップ体で。


「…………おい」


 書かれていた。


 俺が顔を上げた頃には、ゾウさんは着ぐるみにしては不自然なほどキレの良いバックステップで距離をとっており、そして顔の目の前で前髪をはらうような仕草をしたかと思うと、白い砂を散らしながら方向転換。走りだす。


「……ッてめぇ!」


 俺にはその中身が見えた気がして。

 加えて「そうだ、禅! もっと僕を疑うのだッ!」と、暑苦しい声さえ聞こえた気がして。


 だから頭が真っ白にもかかわらず、俺は順番が目前に迫った行列を抜けてゾウさんを追った。


 家族連れのレジャーシートの上、見つめ合うカップルの間、お構いなしに走りぬけるゾウさん。

 俺の脚力をもってしても、その差が縮まらない。

 カゴからはボロボロと配布物(アレ)が零れ、悲鳴や怒鳴り声が沸き立っていた。


「ちょっとパシり! 何やってんの!」


 遠く前方、一際(ひときわ)派手なパラソルの下から沙羅の叫喚。

 続いて陽子がキラキラした笑顔でタオルをふり回す。


「禅兄! がんばれ! 追いぬけ!」


 違う!

 そうじゃない!

 電光石火で駆け抜けているゾウさんを、止めてほしいんだ!


 そうこうしているうちに、ゾウさんは彼女たちの前を通ってしまう。


 だが、それに続いて白いパーカーがパラソルの下から飛び出し、近くでビーチバレーを楽しんでいた男女のグループの中に入った。

 トスを受けた色鮮やかなボールは、高く高く打ちあがっていたのだ。


 優月の黒髪が尾を引いた。

 トスを上げた男の肩を踏み台にしてボールに追いつく優月。

 しならせた身体から、お得意の平手パンチによるアタックが炸裂する。

 ボールは刺さるような角度で一直線にゾウさんの背中に向かい――上下真っ二つとなった。


「なッ!?」


 上下半分となったボールの向こう、砂塵の中に四角いパッケージを指に挟んだゾウさん。

 足は止まったもののゾウさんから放たれる鋭い圧――薄い氷上に立たされているような感覚を押し付けられ、俺は脚がすくんだ。


 背中を向けた状態から優月のアタックを察知して、かつ振り返りざまにアレのパッケージでボールを両断するなんて……。

 やっぱり、あの中身は只者じゃない。


 確信する目の前で、ゾウさんは踵を返し、今度は悠長なツーステップで去っていく。

 だが、俺は今度こそ追いつけてとっ捕まえられる気がせずに、そのまま見送ることとなった。


 *


 突如、勃発した旅行の宿泊施設は、伊豆のリゾート地近い、沙羅パパの持ち別荘。

 別荘なんて縁のない俺からしてみれば、避暑地にたたずむ木のおうちってイメージ止まりだったが、それはまさしく白亜の豪邸だった。


 シチリアだとか地中海だとか、しゃれおつワールドを思わせる外装。

 敷地はかなり広いようだが、海に望むテラスは片手に収まる数で、ひと部屋の贅沢ぶり(うかが)えた。

 海に隣接した山の斜面という立地もあり、近くに建造物の色はない。

 俗世から離れたオトナの隠れ家――そんな場所だ。


 海から戻れば、沙羅お付の老執事(セバスチャン)が食事の手配まで行い、俺たちは本場海の幸を堪能。

 セレブな沙羅と赤羽根・味覚障害(ケチャップジャンキー)・正義以外はほっぺたやら、目からウロコやらが落ちたりと忙しく、感性がショート寸前だった。


 その後、女子三人は強引な沙羅によって八人用のスイートルームで、シャンパンや高級チョコレートやホラー映画で、お肌に悪の限りを尽くすらしい。

 俺もそっちに混ざりたかったが、女子会を強調されて大人しく一人部屋へ。


 といっても、俺に割り当てられた部屋もダブルベッドで、スケールの大きさに戸惑うばかりだ。

 こんな生活が当たり前となっている沙羅からしてみれば、そりゃ望粋荘は馬小屋にも見えるだろう。


 使い慣れないカードキー、デカいテレビ、広いバルコニー、柔らかな暖色の光、用意された真新しいジーンズにTシャツの換え。

 それから、高そうなシャワーヘッドから流れる繊細なお湯に感動しながら、パンツ一枚で柔らかく大きなベッドに沈む。

 先日までの公園生活に慣れた身体が疲れを叫びはじめて、俺はそのまま目を閉じた。


 結局。

 卑猥なゾウさんの正体を確かめぬまま逃がしてしまった。

 どう考えても、あれはアキラだ。

 しかし赤羽根に言ってみろ、どうせ「何故引き止めなかった」と青筋を浮かべて理不尽な暴力をふるうに決まってる。


 アキラだとして。

 どうして俺たちから隠れる必要がある……?

 何か後ろ暗いことがあるのか?

 お前は、何者なんだ。


 俺はそのまま眠りに落ちた。

 何故か、浜辺で産卵を強要され、棒で痛めつけられる夢を見た。


 まさか、予知夢だったとは……。


 *


 次第に意識が戻ってきて、自分の暖かい身体の主導権が帰ってくる。

 俺は……そうだ、ウミガメじゃないんだ。

 産卵場所に悩まなくていいんだ。


 一安心、冷静になったところでまた別の疑問がわきあがってきた。


 昨晩眠ったベッドは、こんな感触だっただろうか。

 しっとりと暖かく、複雑で華やかな良い匂いに包まれて、肌色で……。


「ん~……くかぁ……」


 視線を上げれば亜麻色の髪が見えた。


「えぇ……」


 じゃあ俺が埋まっている肌色の柔らか素材は……。


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