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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第六鐘 煩悩の果実
113/209

01. 我が亀を見よ


 翌日の正午。

 なんと俺は、伊豆の海岸にいた。


 青い海。

 白い砂浜。

 照りつける太陽。

 以下、テンプレート的な海水浴場の描写。


 絵に描いたような夏の波打ち際さておき、俺の眼前には黒い布地に支えられた立派なメロン級御御御乳が鎮座していた。

 俺のみならず、浜辺の視線はそちらに集中し――


「沙羅がマジメに話してるってのに、どぉこ見てんの?」


 パラソルの下、ビーチチェアに横になっていた沙羅はサングラスをずらす。

 俺は慌てて、柔らかメロンから涼しげなコバルトブルーの瞳に着目するも、すでにやれやれといった表情だった。

 性的な目で見てくれ、と言わんばかりのエロい水着なのに、理不尽な言い草だ。


 ちなみに俺も海岸とあって沙羅様に買っていただいたパーカーと水着なんか着用しているのだが、色形なんてどうでもいいだろう。


「つまり、沙羅がみんなを連れてきたのは、素敵な思い出付きの妙案だったってワケ」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らしながら沙羅は長話を締めくくった。


 沙羅の説明は恩着せがましくて長かったがザックリ言ってしまえば、彼女は気まぐれに俺()()を伊豆の別荘に連れて来たわけではない。

 意外にも理にかなった画策があったのだ。


 なんと本日、曼荼羅条約が大規模なローラー作戦を慣行。

 親の七光り、もとい七陰りのせいか俺なんか名指しで追いかけられているらしい。


 ギリギリになって危機を察した沙羅は、緊急回避として俺たちをごっそり拉致。

 我らが知将は、俺たちが口裏を合わせられるほど賢くなければ、仲良くないこともお見通しだ。


 俺は話を聞いて「なるほど」と手を打った。

 心底、納得した。

 まさしく妙案。


 だが、その妙案の立案者が新たな大問題を引き起こそうとしている状況に納得いっているわけではない。


「沙羅は賢くて美しくて優しいなあ~。嫉妬深いゆづきちや、はすっぱなヨコたんよりもずーっと実利益的」


「お金持ちなのに俺の借金には目を瞑ってくれない強引ワンマン女社長がなにを――」


「禅ちゃんが二股してるって喋っちゃおうかな~」


 俺は即座に熱された砂浜に両手をついた。


 この度、拉致されたのはヒーローである俺と赤羽根。

 赤羽根は「阿呆のお守りは御免だ」と、ヒーローとしても教師としても悪質な暴言を吐き、山へ竹刀をブン回しに。

 そんな鬼畜正義は、さておき。


 それから……優月と陽子。

 トラブルが起きそうな気配はないが、だからこそ沙羅は事を荒立てたくてウズウズしている。


「沙羅様、どうか! それだけはどうか!」


 俺は躊躇(ためら)いなく、熱砂に額を埋める。

 この女悪魔(デヴィル)を鎮められるなら、日本男児としてのプライドなど安い。ジンバブエ・ドルに等しい。

 だが沙羅は、そこまでしている俺に対して、猫が獲物を弄ぶようにネチネチとした語り口だった。


「沙羅、ウミガメが見てみたいんだよね~。産卵するシーンとか感動的じゃん」


「はい! 産卵直前のウミガメを持ってこいというのは残酷です!」


「モノマネでもいいんだよ?」


「ウミガメ、の……?」


 自分の言った滅茶苦茶に困惑する俺を見て、沙羅は一人サディスティックに笑っていた。


 ウミガメ。

 しかも産卵、ということは雌の亀。

 俺は亀にもなったことがなければ、雌にもなったことがない。


 ここは「俺の雄亀で我慢してください」的な古き良きセクハラでいくか?

 いや、エロフェッショナル相手では鼻で笑われるだろう。

 あと公共の場なので、すごく……その、恥ずかしいです。


 そもそもこの女、優月と陽子が女の争いをはじめないから代わりに俺をオモチャにしようって魂胆なのだ。

 俺が恥ずかしがってドギマギして、純粋で可愛い童貞力を晒した時点で負けだ。

 受けの姿勢は男として負けだ!


 ならば、そう。

 俺に残された道はただ一つ。

 その真っ向勝負、受けて立つ!


「あいわかった! やってやろうじゃねえかッ!」


 顔を上げ威勢よく宣言すると、沙羅の表情から余裕が消えた。


「何だと、ド貧乏!」


「そうだ、俺は漫画も買ってもらえなかったド貧乏だ! 絵のついた本なんて図鑑ぐらい、そのおかげで生き物には人一倍詳しいッ!」


 ウミガメは夜に上陸すると自分の体が埋まるほどの穴を堀り、その中で出産を終えて後ろ足で砂をかぶせる。

 工程はたったのそれだけだ。


 さっそくその場の砂をかきわけ広く浅い穴を掘り、身体をうずめる。

 あとは泣きながら卵を産む母亀役をやれば、さすがの沙羅様もウミガメを見たと認めるほか無い。


「ふんのぉおぉおおおぉん!」


 泣き顔で唸りながら力んで、渾身の産卵シーン。

 それから、後ろ足をバタつかせて砂をかけて……六十日後に孵化する子供たちの無事を祈るだけだ。


 一度の産卵で生まれる卵は約百個。だが大人になれるのは一握り。

 それだけ海は、自然は、世の中は常に厳しい。

 なかなか大人になれない子供たちのことを思うと、自分と重なって泣けてくる……。


「禅兄、暑くておかしくなっちまったの?」


「ふぁッ!?」


 振り向けば、沢蟹を片手に掲げた陽子、そして無表情の優月が並んでいた。


 まさか俺が産卵しているところを、見られた……ッ!?


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