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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第六鐘 煩悩の果実
112/209

プロローグ、っていうか今回の煩悩 Doubt or XXXXXXXX

 ――煩悩。


 性欲、怒り、迷い、無知……ありとあらゆる心の穢れ。

 十九歳の健全男子である俺、ネオン街の華武吹町(かぶぶきちょう)、そして五十年前の災厄とは切っても切り離せない概念……だった。


 煩悩大迷災で贄とされた優月。

 全てを隠蔽し、彼女から華武吹町を奪った曼荼羅条約。

 失踪したアキラ・アイゼン。入れ替わるように現れた厭戦的(えんせんてき)な怪仏アーリヤ。

 残る正体不明な怪仏は、如意輪観音チンターマニチャクラ。


 六観音の名の通り怪仏が六体ならば、アーリヤから話を聞き出し、最後の観音を探して倒すのみ。とうとうリーチ状態だ。


 南無爺、双樹沙羅社長、ジャスティス・なんとか……協力者も得て、着実に怪仏を追い詰めている。

 即身明王という立場からすれば、十二分な成果をあげているといって良いだろう。


 ……だが。

 そんなことは、どうだっていい。

 どうだっていいんだ!


 ヒーローとか、怪仏よりも、いまの俺にとって大事なのは――金だ!


 決意を新たにしたところ、かぽーん……と桶の音が湯煙に響いた。

 現実から逃避しようともがいていた思考が引き戻される。


 広々とした銭湯。

 もちろん男湯。

 全裸のジジイ、子供、ヤの字が入り混じる珍妙空間のはしっこで、俺はブリーチで傷んだ髪を泡立てていた。


 華武吹祭りが終わり、俺が自分の無知に悔やんだ、その日のことである。

 とうとう大家が乗り込んで、俺は家賃未払いの罪で望粋荘を追い出されたのだ。


「あのババア、まさか戻ってきた上に居付くとは……」


 ババア常駐により望粋荘には寄りつけず、俺は南無爺に「家貸してください」と頼み込む始末だった。

 当然、困惑された。

 めちゃくちゃ渋い顔された。


 そうして一週間ほど経過、Together目前の優月と話すどころか顔も見合わせておらず、だ。

 何にせよ優月の部屋からあのババアを追い出すには、家賃を払わねばならない。


 目標設定。

 家賃と生活費の入手。

 となれば、ここはやっぱり下っ端のヤクザ竹中ちゃんから金を巻き上げるのが手っ取り早いだろう。


 ……とまあそんな理屈で、身支度を整えているところだった。


「あっれ~、シャンプー、からだぁ」


 隣で声が聞こえて、目の前に据え置かれたシャンプーボトルをひょいとずらす。


 しかし、聞いたことある声だな……。

 そんな感じで泡を落としながら隣を見ると、爽やかな童顔――外科医、白澤光太郎が「お、不良学生じゃん!」と軽薄な調子で笑っていた。

 さらに白澤先生の隣に座った十歳に満たない少年二人――兄弟が「不良だ!」「金髪猿だ!」と次々に俺を指す。


「んだとぉ? 年功序列ってモンを知らねぇのか?」


 声を低くしたが、もちろん子供相手に怒っているわけではない。

 大人の対応だ。


 だが、兄のほうが俺をスルーした挙句、「白澤、こいつ誰だ?」などと失礼な態度を炸裂させる。

 そして、能天気な白澤先生が年功序列など意に介すはずもなかった。


「ん~、僕の弟みたいな人だよ~」


「そんなわけない。白澤、このイモ臭いヤンキーにイジメられてんだ」


 どこまでも失礼なガキなんだ!

 いや、俺は大人の対応ができる……!

 大人だから!

 ぐっとこらえる。


「彼は確かにファッションヤンキーだけど、イジメられてはいないよ」


「ヤンキーにも成り切れない亜種かよ。雑魚の皮かぶった雑魚じゃん。クソ雑魚じゃん」


 …………。

 鳴滝禅、十九歳。

 日本の法律上、未成年。

 童貞。

 つまり、子供である。


「てっめーッ! 黙って聞いてりゃあ、オトナの毛も生え揃ってないクセに、言いたい放題じゃねえかぁ! 人を見た目で判断してんじゃねぇ!」


「子供相手だと思って偉そうにするなよ! 二重雑魚!」


「んだとぉ! おうおう、そこまで口先が立派なら容赦はしねえぞ!」


「バーカ! くらえ!」


 だが卑劣なことにクソガキ (兄)はシャワーを向け冷水を放射。

 股間に直撃した凍てつく衝撃に、俺は絶叫して飛び上がり、ついでにクソガキ (弟)が仕掛けた石鹸トラップにひっかかって見事にすっ転げる。

 結果、全裸かつ盛大なⅤ字開脚を披露してしまうハメに。


「オトナ()がねぇのはお前だろ! 雑魚チン!」


「……こんの、クソガキゃ~ッ!」


「やーい!  イライラしろ!」


 続いて、ガキんちょ兄弟から陰湿な石鹸投げ、冷水・熱湯攻撃、パンチとキックがあったものの、俺はベルトパワーもあって被弾ゼロ。

 敵は悔しさ余ってか、あっちもこっちも走り回って、罵倒とモノを投げつける。

 当然、俺はイライラしたので報復措置にでる。


 大人げは死んだ。

 そんなもの最初から無かった。


「禅く~ん、君たちも、お風呂場でそんなに走ると転ぶよ~」


 そんな騒ぎを聞きつけてとうとう銭湯の店主が怒鳴り込み。

 四人揃って脱衣所で説教を受けたのですっかり湯冷めしてしまい……ってのがオチだった。


「僕、小さい頃から怒られたことなんてほとんど無かったから、なんだか新鮮だったなあ~!」


 厳重も厳重な注意の末に解放された俺たちだが、なんと白澤光太郎はこの無反省な態度だった。

 さすがは名医。

 メンタルが強い。

 いや、もうここまでくると、言っちゃ悪いがポジティブサイコパスだ。


 今回は強制退出を命じられ、俺たちは揃って服に袖を通す。

 そんな折なので、思わず愚痴も出る。


「せっかくの大浴場だからゆっくりしようと思ってたのに……あんなクソガキどもの相手なんて二度としねぇっつの!」


「まあまあ」


 白澤先生はちらりと横目で兄弟との距離感を意識しつつ、小声で話した。


「彼らの身体にあった痣もずいぶん綺麗になったけど、お兄ちゃんのほうは警戒心が強くてね」


 その一言で、概ねの事情を察した俺はTシャツに頭を通しながら視線をやる。

 甲斐甲斐しく弟の面倒を見ていた兄の目が鋭く俺に突き刺さり、いまも敵意むき出しだ。


 ネオン街華武吹町。

 望まれない子供も多い町。

 虐待とか、育児放棄とか、捨て子とか、そういうのは珍しくない話だ。

 しかし、()()()()()()()ができたことで、彼らの状況は少しだけ好転したのだろう。


「ところで、禅くんはなんでまた銭湯に? 学生の夏休みなんだから、もっと浮かれた場所に行くべきなんじゃない?」


「えっと、それがかくかくしかじかで……」


「えぇ……」


 家賃を払えず追い出されたと話したところ、さすがの白澤光太郎もドン引き。

 チビ兄弟にくわえて、俺にもコーヒー牛乳をご馳走してくれた上に「いくらなんだい、よほど大きな額じゃなかったら……」と声を潜ませた。


 それがよほど大きい額で、原因は変身ヒーローになったせいなのだ。

 ヒーロー厨かつ本当に工面しそうな白澤先生に説明ができるわけがない。

 俺は涙を呑んで、表情筋に鞭打ち誤魔化した。


「若い男子高校生っすよ、俺! 体ひとつでバリバリ稼げますって!」


「……禅くん、そんなド下手くそな作り笑いするほど辛いんだね。でももっと自分を大事にしなきゃダメだよ。性感染症というのはコンドームを使おうと、その境目は完全ではなくて――」


「ちょっと待って、俺の言い方が悪かった」


 俺は白澤先生に「とにかく大丈夫っす!」と言葉を重ねた。

 上手くいけば、これから竹中から家賃三か月分くらいむしり取れるかもしれないのだ。


「そう……強がり言えるうちはまだ元気ってことでいいのかな。本当に困ってるのなら遠慮しないこと。いいね」


「白澤先生……でも、忙しいのに世話になるわけには……」


「ははは、あれだけの大手術させておいて今更なに言ってんの。近くで誰かが困っていたら自分も幸せになれないでしょ。救えるときに救わないと後悔するよ」


 そう言って、白澤先生は人好きのする笑顔を浮かべる。


「おい、白澤。いつまでヤンキーと話してんだよ。早くしろよ」


「お、ごめんごめん。じゃ、僕たち先に出るから、またね~」


 肩越しに手を振ると、白澤先生は兄弟たちを引き連れて銭湯を後にした。


 近くで誰かが困っていたら自分も幸せになれない、救えるときに救わないと後悔する……か。

 彼らしいセリフである。

 あれほど警戒心丸出しの子供が心を開くのだから、白澤先生を"本物の正義のヒーロー"だと思っているのは俺だけじゃないはずだ。


 一方、建前上ヒーローの俺は街の平和ほったらかし、ヤクザから金をふんだくるのが先。

 オトナの階段が最優先だ。

 目標はかわらない。

 世知辛い世の中が悪い。


「あとは、どうやって竹中ちゃんと遭遇(エンカウント)するかだなぁ……」


 考えながら身支度を整えていると、ふいに携帯電話が鳴る。

 液晶には双樹沙羅と珍しい名前が。


「もしもし、沙羅……? いま、銭湯だからあとで――」


『禅ちゃん、ヒマでしょ!』


 俺の状況などお構いなし。

 沙羅は強引に話題を押し付けてきた。


『海いこーっ! 伊豆だ、露天風呂だ!』


「はい? え、え? 風呂は入ったばっかりだし、これから竹中ちゃんとふんだくって家賃の階段を――」


『パパが別荘貸してくれたんだよね! すぐ迎えにいくから水着買おう!』


「――はい?」


『みんなでバカンスだ!』


「みんなって、誰」


 ……ということで。

 これまでネチネチと考えていた打倒竹中作戦は、沙羅のわがままによって全て御破算になったのである。


 さようなら、オトナの階段。

 こんにちは、女難てんこもりのバカンス。


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