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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第五鐘 お祭り煩悩
105/209

14. Power of ForXXXude-(2)

 一刻も早く、真言を止め、状況を打破しなくてはならない。


 どうする……!

 どうする……!!


 そうだ、何か音を!

 真言を妨害できるような大きな声を!


 きりきりと空気が張り詰める。

 俺の両腕も軋み始める。

 その最中。


 ――ピボーッ!


 境内の隅に立てられたスピーカーから、マイクのハウリングが響き鼓膜を振るわせた。


『んでぃやああぁぁぁぁぁぁあああッッッ!』


 続いて巨大鳥類の鳴き声――ではなく、ステージ上の陽子がマイク二つに向かって咆えていた。

 なるほど! これで真言の合唱を掻き消すことが――!


「無駄よッ!」


 チュンディーの口角がV字に釣り上がる。


「真言は音にして音にあらずッ! 意思的エネルギーの波紋! 心からの絶望は、騒音なんかで乱せないわ!」


 真言の合唱が渦巻く中で、『そんな……』と力無い陽子の声が落ちた。

 畜生、俺もいい手だと思っていただけに……!


 では、どうする!


「ドゥン! そろそろトドメを刺しちゃって~!」


「そうねっ! さっきのお返しよお~!」


 打破できなければ入院費など生易しい展開ではい。

 すなわち絶望、すなわち――。


「――ッ!」


 パァン、と。

 嫌な結末が脳裏に過ぎる寸前だった。


 視界の端に入った鮮やかな色合いが、ターゲットを俺に移して目を輝かせていたドゥンの横っ面を直撃し、はじけた。


「きゃいいんっ! 水はだめっ! おメイクがっ!」


 驚き飛び退くドゥン。

 さらにまた別の模様――水風船のヨーヨーが次々に投げ込まれてあっという間にドゥンを水浸しにした。


「不本意ながら、一蓮托生だ」


 人垣を見てみれば先頭列、浴衣の裾を大胆に捲り上げた優月。


 その横には陰鬱な顔をしながら、水風船を両手に抱え、その他にも綿飴、お面、光って回るオモチャと完全に子供相手に遊んであげたパパの有様になっている氷川さん。

 何かと思えば、優月は困惑気味な氷川さんの腕から"弾"を奪うと、豪快な投擲フォームで次々と水爆弾をドゥンに投げつけていた。


 投擲のたびに白い内腿がこぼれ出るものだから、先ほどまで賢明に真言を唱えていた男たちの口は半開き。

 真言は「おお」と下心に塗れた歓声に入れ替わる。


「ドゥンをイジメた上に、色仕掛けで男どもに煩悩を植えつけている……ですってッ!? 考えたものね!」


 恐らくは不可抗力だが、真言の半分をもがれ俺からすれば、形勢逆転!


「きゃんっ! おメイクはげちゃうっ!」


 肩から入り、足を振り上げる優月の投球はドゥンを襲い、真言に惑わされた男たちは下卑た煩悩に目を覚ます。

 いいぞ、このまま――!


「ドゥン、しっかりするのよ! お毛毛ワッサワサでおメイクなんてしてないでしょ、それは素体の記憶! 惑わされちゃダメよぉ!」


「そ、そうだったわ! いっけな~い! てへぺろりんこ!」


 チュンディーの言葉に我を取り戻すドゥン。


「そこのお姉さんも、おパンティ丸出しは淑女としていけないわ」


「えっ!? パン……はッ」


 超穏便かつ超親切な忠告を受け、優月は浴衣の裾を直す。


 一拍置き。

 男たちの真言がクレームもかくや、野太く響き渡る。


「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカーッ!」

「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカーーーッ!!」


「おい、反動大きすぎんだろッ!! パンツ見れなくなったくらいで、どんだけ絶望してんだよ!」


「無駄よ! 人の心は脆い! 意欲、欲求、希望……そんな簡単に壊れるものにすがっては裏切られる。反動なら一入(ひとしお)! 煩悩に振り回される現世は一切皆苦、諸行無常!」


「俺は他人様(ひとさま)の心を振り回すよかぁ、自分の欲望を歌って踊って振り回されたほうが性に合ってんだ……ッ!」


「まあ、なんと可哀想な強がりの如意。アナタもその執着を捨て、一緒に真言を唱えなさい! 無心こそ救い! 諦めこそ極楽!」


 より分厚さを増した合唱が頭の中に響く。

 陽子、優月の助力も空しく、状況は完全にリセットされてしまった……!

 どうする、どうする!


 ジャスティス・ウイング、氷川さんまで真言を噛み殺し頭を抱え始めた。


 諦め……。

 そうかもしれない、裏切られるのは怖いし辛い。

 怒ったり、固執したり、感情を燃やすのが面倒くさいって思ったことはある……!

 救われたいって思ったこと、俺だってある!

 ――ダメだ、このままじゃ飲まれる……!


 オン・シャレイ・シュレイ――!


 焦りと思案と諦めが混濁し始めた意識の中で、小さな声が貫通した。


 ――私のヒーロー!


 騒音では掻き消せない、意思的エネルギーの波紋……ってヤツだろうか。


 いつか聞いたベルトの言葉のように、優月の声が胸元に刺さり頭に響いた。

 そしてそれは、俺の中で渦巻くチュンディーの真言を吹き飛ばすのに、十分な風圧を伴っていた。


 なんとか視線を向ける。

 優月は祈るように指を組んでいた。

 これが以心伝心、感応道交(かんのうどうこう)か、ハッと顔をあげ、うなづく。


「真言を! 煩悩を手放した先に、涅槃はあるのよ! 《邪悪な進化》を――煩悩を、諦めなさい!」


 そうだ俺は、優月(おまえ)のヒーローだ。

 そして俺は、諦められない!


 クリアになった意識の中でめいっぱい吼える。


「――っだぁらあぁッ! しゃらくせえ! 何度も言わせんな! 俺は諦めねぇ、この煩悩だけは諦められねぇッ!」


「あ、アンタァ! 本当にしつこい男ねぇッ! 女の子に呆れられちゃうのよぉッ!」


「ンな事ァ、日常茶飯事過ぎて今更なに言われても痛くも痒くもねぇなッ!」


「っくぉの、クズ男~~~ッ!!」


 チュンディーの顔面の血管が浮き出て鼻息が荒くなると同時に、斧が重みを増した。

 俺の足下の石畳も、板チョコみたいに割れ、足が沈む。


 この怪力鬼女相手に、俺の腕もそろそろ限界だ……!

 口だけ返しても状況が変わらない!


 この絶望祭りの真言を止めるには。

 もっと広範囲で煩悩を沸かすには。


 陽子の声は効果は無かったが範囲は十分届くはずだ。

 優月が脱いだところで、オッサンどもにしか効果が無い。


 これをどうにかいいとこ取りで合わせるなら……。

 欲望を……絶望を掻き消す気力、生きる気力を湧き立たせる手段。


「……っ!」


 ひらめきがはじけ、頭から体中に興奮が駆け回り、目の前が明るくなった。


 答えは実に簡単だった。


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