63話 決戦間近
赤 朱 紅。
時折黒や黄色をちらつかせる赤。
視覚が包まれている。
業 豪 傲。
時折責め立てる様に。
聴覚に届けられる。
匂いはない。しかし、焼けた空気の匂いで僅か嗅覚も刺激されている感覚がある。
味もない。しかし、確かに極上のディナーの後のような満足感て口内も満たされる。
暖かい。私を包む暖かさがある。此処には、この美しい場所には永遠の完成された美しさがある。刹那の連続。終わらない業。
いつからだったろう。私がここにいるのは。近くて遠い過去。確か屋敷で少年を...。いや、よそう。このような場所でそんな野暮なことを思うのは。もういっそう、ずっとこのまま...。
「あぁ、炎よ。貴方は美しい。」
包まれている炎は見ていて飽きることがない。翼に包まれ、自らを抱き丸くなっているその姿はまるで胎児のようだ。慣れない力が俺を満たす。アラストールの真実の姿に満ちる、復讐の力。
しかし、その力や過去などどうでもいい。より美しく完成された美しさ。それが俺のアラストールにある。これで十分だ!
「アラストール、貴方の羽ばたく姿はいつ見られるのだろうね。」
『...今に分かる。俺の力が。』
「あぁ、楽しみだよ。その時が待ち遠しい。そうすればあのアルとか言う少年も炎で包んでやらねばな。」
『...変わっているな、貴様は。我を恐れぬ。崇拝し、あまつさえ善意で広げる。』
「何せ貴方はこんなにも美しい。俺だけで浸るには勿体無いではないか。」
『くははっ!狂っているな、人間。しかし、より復讐心を抱け。貴様の芸術を、至高の我を汚した人間を。』
「分かっているさ、アラストール。絶対に理解させてやる。それまで何度でも繰り返さねば。」
『それならば良い。』
俺の復讐は理解させること。俺の炎を否定した奴ら全てに。アレーシグとか言ったか?理解したのかと思えばただの武器扱いをして止めようとするとは。随分愚かな脳だ。
アルという少年の次はどいつから理解させてやろうと考える俺を、アラストールは面白そうに眺めるだけだ。さぁ、そろそろ時間だ。アラストールの翼がゆっくりと開き始める...。
「おい、そろそろだぞ。起きろコラ!」
「ぐえっ!」
隣でエピスが腹を押さえて転げ回る。ざまぁみろ。素直に起きないから蹴られるんだ。パンテルに容赦を求めて「後少し...。」なんて言った自分を恨むんだな!
俺はブーツが食い込んで痛む腹を押さえながら、エレシアを揺り起こす。昨日は練習と調整の後ですぐに休眠を取ったんだが、目覚めが最悪だな。けど、二時間は休めた。どうせ対悪魔特殊弾を撃ち込むと魔力切れでぶっ倒れるので十分すぎる休息だ。
「後もうちょっと...。」
「ダメだって、すぐに起きな。」
「んぅ?あっ、おはようアル君。...なにあれ?」
「あぁ、エピスは打たれ弱いからな。まだ痛むんだろ?」
エレシアが地面のダンゴムシを指差して聞くから答えてあげた。しかし、体柔らかいなあいつ。きれいにまん丸に縮こまっている。
「エピスはって...あぁ、アル君も蹴られたの。」
エレシアが俺の服の土汚れで察した。良かったな、多分俺が起こしてないとお前も蹴られてたぞ。
「おい、起きな。」
「...時間ですか?」
「...おう、寝覚め良いな。」
カプラーネさんは蹴られずにすんだようで羨ましい。まぁ、蹴られる所とか見たくないからいいけど。そしてそろそろ復帰しろエピス。
「全員だね。」
「あん?結局大将はおいてくのか?」
「あの状態の彼を動かすとでも?」
皆が首を振るあたり、やっぱり無茶だったな。ナイアース伯爵が溜息混じりに口を開く。
「あれは随分劣等感を感じてるようでして...。少しでも役に立たねばならないと感じているのでしょう。」
「けれども私達が今生きているのはケアニス様のお陰なのですよ?」
「それでも足りんと考えているのだ。...失礼、別に軽んじている訳では無いのだが。」
確かに周りの親しい貴族がナイアース伯爵、セメリアス侯爵、エレシア、王族だもんな。ばあちゃんの弟子ばっかりで魔力量も桁違い、そりゃ悩む。俺も悩む。
深く頷いているとセメリアス侯爵から注意される。
「頷いているが君とエピス君も入っているだろう。」
「えっ?そうなんですか?」
「影の魔術使いに滅炎の魔人だぞ?」
「滅炎の魔人?」
アロシアス様の方を向くと「君だ」と言われた。なんでこの人は悶えたくなるネーミングセンスなの?とうとう俺にも飛び火したよ!
「それはともかく、だ。彼の事はカプラーネに任せよう。スティアーラは知識があり、特殊魔力のルセーネもいる。万一も無いだろう。時にアル。」
「はい。」
「精度は?」
「九〇〇までなら当てます。」
「延びたな?」
そりゃあ回収と確認を影の中を高速で動ける人がやってたし。調子にのってやり過ぎた感は否めない。当てるだけなら自信がある。
「まぁ、自信があるようだし問題ないだろう。魔方陣は完成させた。この大きさでいいか?」
「大丈夫です。」
アロシアス様は蝋で固めた魔炭の木炭で作った「理の解放」の完成魔方陣を放って来た。寝不足なのか対応が雑だ。多分、今から休息に入るんだろう。でないと死にそうな顔してる。
「よし、ならば後の指揮はメテウス卿に任せる。ある程度詳細を詰めて作戦決行だ。動き出しても暫くは脆いはずだ。変化があれば退け。」
「承りました、殿下。ゆっくりとお休みください。」
「うむ、後は任せたぞ。メテウス卿。」
引っ込んだアロシアス様に代わりセメリアス侯爵が、出来ること、やろうとしていること、やって欲しいことを全員から確認してまとめる。物資と資料には困らないよう外の人達が動いてくれたみたいだ。
王都の皆がアイツの破滅を待っている。絶対に滅ぼしてやるぞ火狂い。




