58話 王城の決戦
「とにかく此処より離脱しましょう。我々が犠牲になればクレヴォールの魔力が増える事になりますので、アロシアス様にも負担がかかります。」
「分かりました。全員が無事離脱することが最も重要なのですね。」
「...その通りだけど、なんか卑屈。」
ルセーネ様の呟きは敢えて考えずに、退路を確認する。意地でも役立とうと行動する暴走癖のあるエレシアとスティアーラ様にはこの説得が早い。カプラーネも何も言わない事からもわかる。
「外の扉はクレヴォールには気づかれていないはずですよね。通りすぎたところを、霧の中に走り込めば撒けるのでは?」
「いや、通り抜けた後ならトラップを気にせずに霧を焼き消すはずだよ。あの霧は魔力だから。」
「では、窓か天井裏でしょうか?」
エレシアはそう言って上を指差した。...なるほど、天井か。階を移動できるならそれに越した事はない。水さえあれば「大蛟」で下に飛び降りる事もできる。
「でも、どうやって移動するんだい?エレシア。」
「こうやってです。」
エレシアは扇を開き、二つの魔方陣を展開する。
天井に水球が現れ、風の刃が音もなく切り取った。切り取られた天井が水球に包まれゆっくりと地面に下ろされる。...王城の部屋なんだけどね、ここ。
「よし、上手くいきました。ここから登りましょう。今階段を出します。」
三枚目の羽が扇に現れて岩の階段を作る。...エレシア一人でも十分では?
「それでは行きましょう。私が最初に行きますので後からついてきてください。」
「じゃあ、殿は私がやろう。気をつけてね、エレシア。」
クレヴォールが上にいないとも限らないため王族よりもエレシアが先行する。扉が魔術ごと焼かれていれば、「隠蔽」も意味がないから殿も必要だけど、そこは僕が頑張るしかないだろう。
「大丈夫そうです。上がって来て下さい。」
「先に、行く。ティア、すぐに来ること。」
「分かっています、ルセーネ姉様。」
スティアーラ様が階段を中程まで登った頃。扉が炎に包まれ、消えた。
「変わった魔術だな。廊下を火の海にしなければ逃していたよ。」
「クレヴォール!」
魔方陣を取り出して、魔力を流す。しかし、「水刃」の魔術は発動する前に魔方陣ごと焼かれてしまった。
「ケアニス様!?」
「大丈夫です、魔方陣が燃やされただけです。」
立ち止まるスティアーラ様をカーネが上に連れていく。
「ケアニス様、早く!」
音を聞きつけたのか、顔を出すエレシアに首を振る。
「すぐに階段を壊せ、エレシア!セメリアス侯爵と合流するんだ!」
「しかし、それでは」
「早く!僕なら問題ない!」
水さえあれば「大蛟」も使えたろうが、それも出来ない。父上の様に、水を魔力から作れるほど使える魔力量が多ければよかったのだが。
変わりに腰に掲げた騎士剣を抜き放つ。
「ふん、人を逃がしたった一人で私に?まるで五年前の様だな。あのときのように燃やしてやろう。」
「あのときのように行くと思わないことだ。」
五年前の様に近くに防火水槽もないから、魔力で作った水では「水纏い」さえあいつ相手には危険を増すだけだ。ソフィア様や、エレシアの様に素早く防御用に魔術が使えればいいが、僕の場合魔力を一切使わずに倒すしかない。いや、足止め出来れば十分か。
少しして、階段を崩す音が聞こえる。エレシアも納得してくれた様で何よりだ。最悪、王女様二人をカーネに任せ降りてくると思っていたから良かった。もしクレヴォールが追いかけた場合、少しでも抵抗出来る人物がいなくては危ないからね。
「わざわざ待ってくれたのかい?」
「君の死を嘆く少女ならば追い詰めるのも安いだろう?いやらむしろ我が炎の贄にふさわしい。」
「ならば、私を殺してみるといい!」
少しでも時間を稼ぐ。決意を胸に僕は剣を振るった。
「くそっ!城に穴があんぞ!中にいきやがったんじゃねぇか?」
「あそこから入りましょう、ナイアース伯爵。」
「うむ、皆降りてくれ。」
穴ギリギリの大きさの「大蛟」を小さくし、ケアニスさんの父さんが先導して潜入する。早く火狂いを見つけないと残ってる人が危ないな。
「これは...?」
「黒焦げの廊下、ね。通った所が分かりやすくて良いんじゃない?」
「不味いな。城の奥に続いてる。王や悪魔の心臓にたどり着いたら...!」
焦るケアニスさんの父さんに、訂正しておこう。そういえばいってなかったからな。懐から俺には使えない魔方陣を取り出して言う。
「悪魔の心臓については大丈夫です。俺に使った後、この魔方陣で破壊しました。」
「何?国の宝だと聞いたが...。」
「アロシアス様にも思う所があったんじゃないですか?」
それよりも今は火狂いだ。四人で走っていると、向かい側から大鷲で帰った筈の三人が見える。向こうも此方に気づいたようで小走りで近づいてくる。
「状況は?」
「不味いぞ、メテウス殿。火の魔法使いが入り込んでいる。」
「やはり先程の物音はクレヴォールの物か!」
「「クレヴォール?」」
パンテルと声が重なり、思ったより響いた。会話を遮るつもりは無かったんです、許してください。そんなに睨まないでほしい。
「君の言う火狂いの事だ。この先には父上の眠る部屋がある。そこに向かう他の五人も、だ。」
「おいおい、そりゃあ無事なのか?」
「かなり不味いな。特に父上はまだ現王で、高い魔力のある人だ。もしもがあればテオリューシアは王家も国も国民も終わりだ。」
険しい顔でアロシアス様が言いきったその時、城の奥から炎が吹き出した。




