52話 王都へ
「ひどい目にあった。」
夜明けが迫る頃馬を駆けさせる俺はつい声を漏らす。今頃奴らは俺を追ってきている頃だろう。軍の進行速度などたかが知れているが。
しかし、失敬してきた馬はかなり大きいだけあり速い。よく言うことも聞き助かる。王都に着いたら特別に俺が直々に燃やしてやろうと思える程だ。
「しかし、不味いな。王族に挑むには少し魔力が少ない。」
雑多な兵士ならかなりの量がいるだろうが、あの公爵なら奴隷兵士なら使い潰し、私兵なら狙われているだろう。騎士団はあまり相手にしたくない。公爵の兵とは違い、個々では弱くとも完成された連携がとれており厄介だ。
今の俺自身の魔力は半分をアラストールに持っていかれている。自覚はないがあの公爵の言うとおりなら多少人格も混ざって変化したはずだ。あの美しい炎と、だ!なんと素晴らしい幸運か!あの少年にアラストールを削られ、俺自身の魔力も八割になった時は殺してやろうと誓ったが、今ではこの感動を教えてやりたいくらいだ。俺の心は広いな。
「む?あれは...くくく、天は俺の味方か!」
当然だ。俺の炎は至高の逸品だからな。眼前に広がる雑多な贄と、守りの薄まった至高の贄を見つけて俺は歓喜した。
「あれから三日たったか。」
反乱軍の包囲をカプラーネの雇った傭兵が広げた反乱初日、あの日から三日間たった今もにらみ合いが続く。数と戦力で押す反乱軍に対して、連携と数々のトラップや建造物で一歩も引かない騎士団とそこかしこで乱戦を起こしては撤退する傭兵が応戦する図式だ。夕闇の迫るなか、遂に動くことにしようと決める。
「姉上、いって参ります。」
「もう?私、まだ魔力が回復しきっていませんわよ?」
「行くのは私だけですよ、姉上。」
確実に叔父上の乗ってくる策はこれしかない。この剣、いや魔剣もこのために作ったといっても過言ではない。あれだけの兵をこんな戦で全て失う訳にもいかないからな。強情な叔父上に降参して貰うにはこれしかない。
「...もしかして一騎討ちでも申し込むというのですか?」
「叔父上が負けたなら誰も文句を言えんでしょう。」
このままだと援軍の余地がある僕らが勝つ。しかし、それでは不味い。此度の王が、元々は戦友であった敵方の兵を傷つけ戦を終わらせるのに、援軍だよりだった等では第二第三の反乱の火種となる。王都の戦力で勝たねばなるまい。
「お兄様、お兄様にもしもの事があればこの国はどうなるのですか?」
「スティアーラ、この兄を信じていなさい。それに今ここで死ぬなんて、怖くて出来ないよ。」
「...アス兄、なんで私を見るの?」
「まぁ、こんなに優しい心配性なだけのルーネを怖いなどと。ですから貴方はこの年で婚約者の一人もいらっしゃらないのですよ?」
「姉上、自虐的になるのはお止めにっ!?」
飛んできた石を「瞬間移動」の複合魔術で交わして部屋を出る。姉上をこの話でからかうのはダメだったか。年々酷くなっているのは気のせいでは無いだろう。
廊下を歩きながら、伝令係を見つけ声をかける。
「さて、危険な伝令を頼んでいいかな?今夜、アレーシグ公爵と一騎討ちでもと、向こうに伝えてくれ。」
「はっ?一騎討ちですか?ですが、このままなら援軍も...。」
「それだと鎮圧したあとにすぐにでも発起するのに五人位心当たりがある。王都だけで収めないといけない。幸い火の魔法使いはいない。予定通りだ。」
「...分かりました。しかし、確実に勝利を。」
「当たり前だ。」
出ていく伝令を見送り、城を登る。最も大きな部屋に入り、中で眠る人の隣に腰かける。しかし、目覚めることはない。
「...アレーシグ様は私に武術を教えてくれました。テオリューシア王国の王族たるもの全て完璧でいろと。頭ばかりではいけないと。厳しいけれど僕の上達を最も喜んでくれました。テオリューシア王国を栄えさせるのだといつも意気込んでおりました。
...父上、僕は今日そんな貴方の弟を自分の手にかけます。」
もう何日も目の覚めない父上にすがる僕は滑稽だろうか。いや、聞くまでもないか。
「父上、僕はどうすれば良かったのでしょうか。建国の王が夢見た「誰もが怯えることの無い国」という絵空事を、王として画家として、仕上げて見たかっただけなのに。今、王都には敵に怯える兵しかいない。父上ならどうしました?」
返ってこない返事は「それだけはお前の答えを見つけろ」と言われているようだった。多くの事を優しく教えてくれた父上が、一つだけ教えてくれなかった事。国を導く標。
「...そうですね。例え叔父上と違う道でも、これが私の道で私が王だ。この国は私が私の思う風景を描きあげるべきですね。...失礼します、父上。」
部屋を出て、城を下り、大扉から出る。城の正面、アレーシグ公爵の屋敷跡が見え、その側にしかれた本陣が包囲に抗う騎士団と睨み合っている。
月明かりと魔術の明かりが照らす城の正面広場でこの戦の4日目を告げる鐘の音と共に、包囲を分けてアレーシグ公爵が進み出る。久しぶりに見る叔父上は昔の面影はなく、野心に満ちて見えるから人とは不思議だ。顔立ちなど変わったわけでもないと言うのに。
「...一騎討ち、受けてたとう。アレーシグ・テオリューシア、国のためお前を討ち取ろう。」
「...アロシアス・テオリューシア、建国の王が見た絵空事を仕上げるため、私の道を行くため、剣と成ろう。」




