42話 それぞれの備え
「はっ!やっ!らあっ!」
「やぁパンテル殿。朝から元気だね。調子はどうだい?」
「あぁ、大将か。なんとかなりはすんだが慣れねぇな。」
俺の包帯は魔術で治していたこともあり、すぐにとることができた。だが、右足はともかく左腕と左目が使い物にならなくなっている。右足も左よりは弱っているのがわかる。
「片目の視力が無くなってもなんとかなるのか。獣人というのは随分とタフなようだね。」
「どのみち、腕が無くなっちまっちゃあな。バランスが酷い。」
包帯をとると腕にまだ火種が燻っていたのか、回復魔術の魔力に反応して火がついた。慌てて消そうとしたが消えるもんでもなく、左腕を切り離したのが昨晩のことだ。幸い治療は十分できる環境なのが命知らずな賭けにならなかった理由だろう。
それと、一昨日の話し合いの後に嬢ちゃんは約束通りナイアース伯爵に俺を推薦してくれたようだ。そんだけで俺を嫡男の護衛として正式に雇うあたり、ナイアース家の破天荒っぷりはすごいもんだな。大将は比較的まともだけどよ。
「しかし、大将も随分と早起きだな?まだ日も昇らないぜ?」
「そろそろ火の魔法使いがくるんじゃないかと思うと、ね。パンテル殿が知らせてくれた、命を魔力として奪い取る力があるならそろそろきてもいいはずだ。」
「犠牲が多そうだな。それと大将、俺は部下なんだからパンテルでいいって。」
「そうかい?まぁ、そろそろ用心しておこうという話だよ。という訳で、領内から出てナイアース家に合流して見回りに行こうと誘いにきたのさ。昼頃だけどね。」
「あいよ、了解大将。」
俺は右手で敬礼をかえした。
「メテウス侯爵殿、久しく。」
「トライトン卿こそ、此度の救援感謝する。」
書記官もいる中でも名前で呼び合う二人は、個人的に仲のいい事が伺える光景だ。ガッチリと握手を交わした彼らはすっと表情を戻し、本題を切り出す。
「近隣の村の様子はいかがですかな?」
「今、セメリアス家の中でも足の早い者を何人か向かわせている。直に帰るはずだ。」
「パンテル君が言うことが正しいのなら随分と不味いでしょうな。」
「うむ、規模にもよるが村一つ焼き尽くした件の魔法使いがどれ程の魔力を持つか...。」
「それに部下の命も守る理由が増えましたな。」
メテウス・セメリアスの首が重々しく頷いて答える。
「安全策を徹底させよう。戦闘中に魔力を回復されては敵わない。」
「それでですが、メテウス殿からお借りした資料から陣形を整えました。そちらの部隊と被りますかな?」
「見せてくれ。...いや、問題ないだろう。ただ、この部隊は下げてくれ。そこには魔術の罠をいくつか仕込んだのだ。」
「効果は?」
「地割れだ。土に呑まれては火も使い物にならんだろう。」
「どれ程の魔術師が...流石だな。」
その後、昼も近づいた頃にトライトン・ナイアースが部屋を出る。メテウス・セメリアスは、それを振り返って尋ねた。
「昼食位、共に食わんか?最近、顔も出さんだろう。」
「少し、手続きが立て込んでね。忙しいんだ。それと昼は巡回する予定なんだ。ケアニスと共にね。」
「ふむ、息子とは良いものだな。私は息子には恵まれんでな。」
「ふむ、エレシア嬢に伝えておこう。」
「な!?待て待て、そういう意味では!」
無情にも閉められた扉だが、二人とも笑っているからにはお互いに困った事にはならないだろう。
「カーネ!どうしたの、なんで此所に?」
「昨晩遅くに着きまして。三日間、馬の旅で魔力が底をつきそうでした。」
「もー、カーネ。無理したらダメだよ?」
「それは今絶対安静を言い渡されたお嬢様のことですか?」
「ぐぅ。それは...その...。」
あっという間に言い負かされた私はとりあえず、すごすごとベッドに戻った。まぁ、カーネが此所にいるなら無理して王都に行く用事はないし。
怒った顔を止めたカーネと向かい合って座る。ベッドの上で上体を起こしただけだけどさ。
「でも、一人で危なかったんじゃない?」
「ちゃんと護衛位いたわよ。とっておきが一人。」
「一人だけ!?」
「強行軍だったもの。でもシアが無事で良かった。」
少し涙目になって笑うカーネにつられて泣きそうになっていく。でも、今はそんな場合じゃない。
「カーネ、火の魔法使いがそろそろくるんじゃないかと思う。パンテルの話だと今まで以上に、えっと私の5倍とセメリアス家の魔術師24人分以上の魔力だと思う。どれだけ使うか分からない魔法が多いから実際はもっとかも。とにかくそれ以上に魔力を蓄えて。」
「それは...多いってレベルじゃないわね。」
「それにこっちの人が殺されたら火の魔法使いの魔力が増える。」
「それ、どうするの?」
「数と回復薬を使って籠城戦決め込むよ。魔力切れが狙い目なのは変わらない。」
「そう、なら私も回復薬の準備くらいなら出来るわね。」
張り切って薬草を探しだすカーネを横目に私は、扇にアーツを展開する練習を続ける。慣れてきたし、そろそろ5つ目にチャレンジしても...失敗か。




